縦横の意見交換から新たな認識と共感が
ある会合で全農専務の加藤一郎さんと話したことがある。当時の農業協同組合新聞に加藤さんは定期的に分野の異なる著名な方々との対談記事を掲載されていた。私は「次の対談も期待しています」と感想と敬意をお伝えした。対談を続けることのご苦労も推察された。その対談集「帰りなんいざ田園まさに荒なんとす」が出された。
平成19年から23年までの18回を数える対談・鼎談は、農業はもとより政治・経済、教育、文化、歴史、思想さらには仕事・人生論と広範に及ぶ。縦糸と横糸に例えれば、縦糸は加藤さんの生き方なり思索の仕方であり、横糸はその都度の対談相手となった現代のリーダーたちの発言だ。各氏が職業と立場をもつ。縦横の意見交換から新たな認識と共感が生まれた。
すべてに言及できないが、例えば、ルバング島で30年闘い続けた小野田寛郎氏との国家観・戦争論、榊原英資氏との国際的視点での日本農業の展望、童門冬二氏との江戸時代の改革者に学ぶ指導者論、張富士夫氏との自動車と野菜作りに共通する「ものづくり」の話、宇沢弘文先生の社会的共通資本としての「農の営み」・「水の営み」について、中島肇弁護士の原発事故に関する風評被害の考え方など、注目のテーマが多い。
また、加藤さんは食糧増産のキーとなる肥料資源の安定確保のために若い時代を海外で活躍された。世界最大の肥料サプライヤー・PCS社のビル・ドイル会長との肥料コストの高騰と農産物価格への波及、さらには食糧需給をめぐる対談は迫力がある。会長は全農や若い職員たちに向けて「肥料価格は世界の市場が決めるが、仮に最後の1トンを出荷する事態になれば、その出荷先は全農向けとする。企業の最大の武器はそれぞれの立場を超えて『信義』である」と語る。この仕事観は大切にしたい。
さて、対談集のタイトルである「帰りなんいざ…」について。田園詩人・陶淵明の「帰去来の辞」の一節である。団塊世代の加藤さんが体験したこの40年は、日本の農村や地域社会が元気を奪われ続けた時代でもあった。そこに、東日本大震災・大津波・原発事故、さらにはTPP問題などの天災・人災が起きて、農業・農村の疲弊は数多くのコミュニティの喪失とともに極まった。
JAマン人生の終わりにこれらの事態に遭遇した加藤さんは、対談集に「帰りなんいざ…」というタイトルをつけた。それは第2の人生においても農業・農村、食糧問題について考え続けたいとの決意でもあろう。
本書の購入希望者は農協協会または(株)ジュリス キャタリスト(TEL03-5654-7121)まで。