「人」への投資を農山村対策の視野に
農業生産維持と地域づくりを共通の課題にする
◆協定数2万8000を超す
小田切徳美氏 |
中山間地域直接支払い制度は現行の基本法(食料・農業・農村基本法)の目玉として平成12年度に導入さされた。
条件不利地域の農業を継続させるためのわが国初の直接支払い制度で、耕作放棄地の発生防止、農業の多面的機能維持のための農業生産活動支援を目的に交付金が支払われる制度だ。集落で活動内容や構成員の役割分担などを決めた集落協定を結ぶことが条件となる。
17年度からは、内容を一部見直して継続、第2期対策と呼ばれている。
見直しによって、集落の将来像を明確にした「集落マスタープラン」のもとで5年間継続して行う農業生産活動であることが協定の“基礎要件”とされ、さらに機械・農作業の共同化、高付加価値農業の実践、新規就農者の確保、集落営農の組織化など将来の農業生産活動に向けた“体制整備”への取り組みを協定に盛り込む要件も設けた。
交付金の額には差が設けられ基礎的な取り組みに加え将来の農業生産活動の体制整備まで集落協定の内容とした場合を10割(体制整備単価)とし、基礎部分だけの取り組みにはその8割(基礎単価)とされた。単価の最高額は急傾斜地の田に対しての10アール2万1000円となっている。
農水省は2月に19年度の交付金支払い見込みを発表している。
それによると協定に基づく交付金交付面積は、約66万5000haで前年度よりも2000ha増えた(図1)。全国の中山間地域の耕地面積は203万haでこのうちこの制度の対象となっている面積は80万3000ha。今年度の交付面積は対象面積の8割を超える。交付市町村数は対象市町村の92%の1040。締結されている協定数は2万8712協定(個別協定を含む)で前年度より197増えた(図2)。
協定内容では、将来の体制整備に向けた取り組みを盛り込んだ体制整備単価(10割単価)の対象となる協定が、47%を占めている。
◆高齢化が進む集落の課題
中山間地域直接支払制度は実施から第1期対策で5年、第2期対策で3年を経過した。
第2期対策では前述したように協定内容が高度になり、いわゆる交付要件のハードルが上がったといわれる。
その点で2期対策ではどれだけの集落で協定を継続するかが焦点だった。
しかし、小田切教授によると1期対策から2期対策への協定継続率は90%を超えたという。また、ハードルが高くなった体制整備単価の対象となる協定へとステップアップして協定を継続したものが、都道府県でも6割水準となっていることや、今年度の見込み数値でも協定数が増えていることから、この制度を活用して集落の農業を維持していこうという意欲は感じられるのではないか。
ただし、中山間地域の現場をフィールドワークとしている体験からは「制度実施から8年経ったということは、集落の人々の平均年齢が8歳上がったということ」と小田切教授は実感を話す。集落に暮らす人々の年齢構成はこの間に変化はなく、高齢化が一層進行したというのが実態だ。
これを中山間地域直接支払い制度との関連でみると、「高齢化の進行によって、2期対策で求めているような新たな取り組みは一層難しくなっているのが多くの実態だろう。しかし、一方では高齢化が進んだからこそ新たな対策が期待される。耕作放棄地発生を防止するという基本要件ですら、新しい取り組みがなければ地域は持ちこたえられない。この実態と期待をどうすりあわせていくか、新たな中山間地域対策が求められている」と指摘する。
◆求められる地域コミュニティづくり
写真提供:八幡浜市 双岩地区 |
中山間地域直接支払い制度は条件不利地帯の農業維持を目的にしたもので、ヨーロッパで実施されている直接支払い制度を日本でも導入。あくまでも農業生産活動の維持を支援することが主眼である。ただし、中山間地域の集落では同制度が基盤となって、今、地域福祉活動まで含めて新たなコミュニティづくりへの動きが一部では始まっているという。 新たな中山間対策が必要、と小田切教授が強調するのは直接支払い制度はあくまで維持することを前提とし、そこに上乗せする「集落が前進できる支援策」のことだ。 この点で注目すべき動きは「モノから人へ」の考え方のもと、コミュニティマネージャーともいうべき「人材」を集落に呼び込み、彼らが活躍している例が少しづつだが増えていることだという。 地域の農産物から新たな産品を開発し販売につなげたり、撤退していく商店のかわりに地域共同店舗の運営を立ち上げるなど、地域に暮らす人々のニーズを具現化していく「まさにコミュニティマネージャーと呼ぶしかない人が出現してきている」。それは今のところNPOの主宰者であったり、行政レベルの地域開発プロジェクトに関わる人であったりするが大卒、大学院卒などの若者も出てきているという。 こうした動きが出てきたのも直接支払い制度の2期対策が基本要件として集落の将来像を明確にして「マスタープラン」の作成を求めたことも足がかりになったという。 そのうえで今後の中山間地域対策には「こうしたコミュニティマネージャーを職業として支えるような対策、つまり、人への投資の視点が必要だ」と話す。
◆2010年問題を回避するために
写真提供:熊本市 河内町 |
コミュニティマネージャーの役割の一部は、これまでは市町村や農業改良普及センター、あるいはJAの職員なども担ってきたといえる。ただし、これらの組織は合併や組織再編によって集落への対応という点で機能縮小を余儀なくされているのが実態でもある。
それを補う「人」を現場にどれだけ生み出すかが次の地域課題になっているということだ。地域を支える新たな「人」づくり支援を視野に入れた政策論議が必要なりそうだ。
小田切教授がしばしば指摘するのは日本の農山村の「2010年問題」。2010年には農山村にとって関連の深い▽過疎法の失効、▽新合併特例法の失効、そして▽中山間地域直接支払い第2期対策終了といった関連制度の見直しがあることと、この時期に昭和ヒトケタ世代全体が後期高齢者の年齢に達するからである。
「ここをどう乗り越えるかは決定的に重要になる」。
中山間地域直接支払い制度めぐってはその効果について、現在、6月末に向けて集落自身の自己評価や市町村・県などの評価をまとめる中間年評価の作業が行われている。こうした評価には、次期(3期)対策の姿の芽が生まれるような作業となることも求められる。
一方、このところ大きくクローズアップされている限界的な集落対策として来年度からは、小規模で高齢化が進む集落に対して、周辺の協定締結集落が集落間で連携して水路や農道等の保全作業を出張して行うことを支援する措置も決めた。
「限界的な集落には急速にあきらめ感が広がりつつある。誇りの空洞化の究極としての諦観。これを除去する周囲や行政による目配り策が求められている」。
「小さな協同活動」が再生力…
◆小さな協同活動づくりとJA
こうした状況をふまえると農業生産活動の維持が主軸なっている現在の集落協定を基礎にして、それをステップアップしていった最後の姿は、コミュニティの再構築のための「小さな協同活動」になるのではないかという。
その点でいえば「くらしの活動強化」を課題とするJAにも期待される。集落協定をもとに生まれる小さな協同活動は、まさに農家、組合員から生まれる自主的な活動とその領域は重なる。
「全国2万8000も締結されている集落協定を、地域での小さな協同活動のための実験事業と見たい。中山間地域を抱えるJAは集落協定で何を行おうとしているか、地域の課題は何かを知ることは大切なことではないか」と小田切教授は指摘する。