「食料自給率の向上を通じて世界の食料需給の安定化に貢献」と演説した福田首相 (写真提供:共同通信) |
6月5日、3日間にわたった「国連食糧サミット」の最終日のこの日に採択された「世界食料安全保障に関するハイレベル会合宣言・気候変動とバイオエネルギーがもたらす課題」の最後の文章をまず紹介しておこう。こうなっていた。
我々は、現在及び未来の世代のために、現在の危機によってもたらされる苦しみを和らげ、食料生産を強化するとともに農業への投資を拡大し、食料の入手のために障害になるものに対処し、地球上に与えられた資源を持続的に利用するために必要なあらゆる手段を講じることをかたく決意する。
我々は、飢餓を撲滅し、現在の、そして明日のあらゆる人の食料を確保することを約束する。
朝日新聞などは“食糧サミット不発”という刺戟的な見出しで会議の成果を評価解説していた(08・6・6朝日新聞)。が、異常な穀物価格の高騰で幾つかの途上国では食料暴動も起きている世界的な「食料危機」への対処方策討議のために、国連農業機関ハイレベル会議に首脳クラスが参加することを各国に要請、ハイレベル会議を「食糧サミット」にした潘基文国連事務総長にとっては、“食料生産を強化するとともに農業の投資を拡大”することを各国首脳に“決意”させたことで、サミットにした目的は達せられたのではないか。「宣言」の最初には、“この宣言の採択に際し、我々は、食料安全保障を恒久的な国家の政策として位置づけることを誓”うという文章もあった。わが国の福田首相、フランスのサルコジ大統領、ブラジルのルーラ大統領、エジプトのムバラク大統領など43か国の首脳を含む180の参加国の代表に“誓”わせ、“決意”させたのである。事の重大性を各国代表に充分に認識させたという意味で、成果はあったとしていいだろう。
◆輸出規制をめぐる議論の本質
今回の「食糧サミット」に提出されたFAOの政策提言書は、幾つかの国が行っている“食糧輸出規制の自粛や、穀物を原料としたバイオ燃料に関する「新たな国際協定の確立」が必要だと訴えて”いた(08・5・30日本農業新聞)。我が福田首相も、サミット初日に行った演説のなかで、“農産物の輸出規制等の措置の自粛を呼びかけ”、またバイオ燃料のために世界の食料安全保障が脅かされることがないよう、原料を食糧に求めない第二世代のバイオ燃料研究と実用化を急ぐことによって、その生産を持続可能なものとする必要があります”と主張していた。
しかし、今回の「サミット」での結論は、輸出規制問題については、96年の世界食糧サミットで採択された「ローマ宣言」の中の一項“食料が政治的、経済的圧力の手段として使われるべきでないことを改めて表明”した上でだが、“国際価格の不安定性の増大につながる制限的措置の使用を最小のものとする必要を再確認する”にとどまった。また、バイオ燃料問題に関しては“詳細な検討が必要”“国際的な対話を促進することを求める”とすることで終わっている。いうまでもなく輸出規制を行っている途上国や、大量の食料農産物をバイオ燃料生産拡大にあてている国の強硬な反対を押さえられなかったからである。“不発”といい、或いは“期待外れ”といった評が出た所以である。
会議では“米国のシェーファー農務長官が「バイオ燃料を原因とする価格上昇は2、3%だ」と自国の増産奨励策を擁護”したそうだが、そういう強弁を許さないようにするためにこそ、これから国連が中心になって“詳細な検討”“国際的な対話を促進する”ことになるのであろう。期待したいところだが、我が国としては総理が約束した“原料を食料作物に求めない第二世代のバイオ燃料の研究と実用化”に“積極的に取り組む体制”づくりを急ぐ必要があろう。
問題は輸出規制の扱いだが、“自国が食料危機にあるとき、自ら飢えてまで食料を輸出する国はない”(08・6・7日本農業新聞論説)ことからいって、“制限的な措置の使用を最小限のものとする必要性を再確認する”にとどまったのはやむを得ないとすべきだろう。この問題に関連して、鈴木宣弘教授は次のように指摘しているが、同感である。
結局、自国民に十分な食料を確保できるか心配になると、外に出さないように輸出を規制してきちんと国内の分を確保しようとするわけですよね。これはやむを得ないことであるとして、輸出国が輸出規制をするのであれば輸入国にとって貿易だけに依存しないで自国である程度の部分を確保しておく権利は非常に重要なことになる。(中略)
…輸出規制が自国民の食料を守る意味で行われることを前提にし、そうであるなら日本にもそれに対処して国内生産を常に整えておく権利があるんだと、こちらを主張する材料に使ったほうがいいのではないかという気がします”(08・5・30本紙 対談「水田を軸に食料安全保障の確立を」)。
この考えは、日本政府もかつて公にしたことのある考えでもある。古い話だがUR農業交渉の際、基礎食料の自給を何故我々が主張するかを論じた日本政府の1989年9月のステートメントを紹介しておくのは無駄ではあるまい。安定輸入論に関連してだが、こういっていた。
“一部の輸出国から食料の安定供給のコミットメントに関する言及がなされており、輸出国側においてその方向での実施がなされることは勇気づけられるものであるが、食料が危機的に不足し、輸出国においても自国民への供給に影響するような自体が生じないとも限らず、そのような場合には輸出国からの如何なるコミットメントでもその担保が確保し難くなる状況があり得るのではないか”(くわしくは拙著「国際化農政期の農業問題」家の光協会97年刊、第1章を見ていただければ幸甚)。
◆自給率向上を実現する政策転換を
福田首相は、さきのような主張にあわせて、
“食料価格高騰の問題を本質的に解決するためには、各国が自らの潜在的な資源を最大限活用して、農業生産を強化することが重要です。世界最大の食料純輸入国である我が国としても、自ら国内の農業改革を進め、食料自給率の向上を通じて、世界の食料需給の安定化に貢献できるようにあらゆる努力を払います”
と宣言されていた。そして“来月に迫った北海道洞爺湖サミットでは…食料という生命の根幹、人間の安全保障に係わる問題について、未来への安心と確信を人々に与えられるような力強いメッセージを共同で発出する決意です”と演説を締めくくられていた。立派な宣言であり、是非実現してほしい“決意”である。
が、今の農政は、“食料自給率の向上”をもたらす農政になっているだろうか。残念ながら、首相のこうした“決意”にもかかわらずそうなっているとはいえない。この点に関して農政のどこが問題かを、私は本紙「時論的随想」でほとんど毎回のように取り上げてきているので、御参照をお願いすることとして、ここではふれない。せめて洞爺湖サミットまでには、自給率引上げに資するように生産調整を拡大するとしておきながら、産地づくり交付金は据え置きのままにしていることの是正措置くらいは指示してほしいと思う。