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米の増産政策へ歴史的転換を

立正大学名誉教授 森島 賢

 食料安全保障の確立に向けて地球全体で食料増産が重要な課題となってきたなか、本紙では日本の食料安全保障の鍵を握るともいえる水田農業と食料政策のあり方について、シリーズ「どうなるのか日本の食料・生産調整を考える」を掲載しているが、具体的な政策として本格的な取り組みが期待されているのが主食用は計画生産をし、そのうえで飼料用米や米粉など新規需要米を生産することだ。水田を最大限活用して自給率向上につなげようという方針は政府も打ち出している。今回は財源も含めそうした政策実現への課題を森島賢立正大学名誉教授に提起してもらった。シリーズ「どうなるのか日本の食料・生産調整を考える」第2回として企画した座談会(記事参照)と合わせてお読みいただきたい。

◆世論は食糧安保を求めている

立正大学名誉教授 森島 賢
立正大学名誉教授
森島 賢

 昨(07)年夏以後、国際市場での穀物価格の暴騰を原因として、世界の各地で激しい抗議行動が続発している。
 こうした事態をみて、食糧の安全保障についての、わが国の世論は急速に変化しつつある。ふだんから食糧の自給率を高めておくべきだ、という考えが広まりつつある。
 また、米価と他の穀物価格との差が小さくなった結果、米の米飯以外の用途、つまりパンやメンや飼料への用途が広がっている。これは米の需要が増え、小麦やトウモロコシの輸入が減って、自給率が上がる方向への新しい動きである。
 こうした動きは、食糧安保の世論に応えて政策的に加速すべきだろう。農業政策は過去40年間つづけてきた減反政策から、増産政策への歴史的転換をはかるべき時だろう。

◆食糧安保は自給率向上で実現

 さて、国際価格の暴騰の原因は、その多くを投機によるとされているが、しかし、投機が治まっても、再び元の水準にまで下がることはないだろう、というのが多くの専門家の見解である。だから、食糧安保についての世論も、以前に戻ることはないだろう。
 以前の多数派の考えは、食糧安保のためには自給率を高めるのではなく、食糧の輸出国とふだんから仲良くし、だいじな顧客になって大量に輸入していれば、食糧不足の非常事態になっても親身になって輸出してくれる、というものだった。
 しかし、こうした楽観的な考えは、最近の食糧問題の激発という非常事態のなかで、急速に破綻しつつある。
 多くの輸出国は、自国の国民の食糧を確保するために、食糧輸出を制限したり禁止したりしている。非常時には、政府としては当然だが、自国の国益を優先している。そのことを不当だとして非難する国はほとんどない。
 世論をみると、外国の好意にすがるという安易な考えは影を潜め、自国で自給率を高めるべきだ、という考えに変わってきた。世論は好ましい方向に向かっている。

◆自給率向上は「増産」が基本

 しかし、いくつかの問題がある。それは自給率向上のための具体的な方法である。
 以前にも自給率向上の主張は少なからずあった。だが、そのための具体的な方法の多くは、国内生産量を増大するのではなく、もっと米を沢山食べよう、とか食べ残しを少なくして輸入量を減らそう、とか旨い米を作って輸出しよう、というものだった。
 こうした考えに対して筆者は反対という訳ではないが、しかし、このような考えに基づく政策だけで自給率を上げる効果は、きわめて小さいと考えている。
 実際に、こうした政策のもとでは、自給率の低下に歯止めをかけることが出来なかった。それどころか自給率をさらに下げてしまった。そしてこの事実を多くの国民が知ってしまった。世論はいま、自給率の向上のためには、自国の食糧増産を基本に据えるべきだ、と考えるようになっている。

◆財政支援なくして増産なし

 そこで次に問題なのは、食糧増産のための具体的な政策についてであるが、この議論が活発に行われていないことである。この議論は大きく2つに分かれると思われる。
 1つは、わが国は赤字財政だから財政の支援なしで、農業者の工夫や努力だけで増産せよというものである。
 もう1つは、財政の支援なしでは食糧増産はできないとする考えである。筆者はこの考えである。農業者の努力だけでは自給率向上は不可能という認識である。
 これは主張ではなく、事実認識の問題である。だから互いに主張を述べ合って終わり、というものではなく、事実の認識の問題として、客観的かつ具体的に議論しあえるものである。この議論が不活発なことは憂慮すべきことである。

◆増産して「米粉」と「飼料」に

 筆者の考えを結論的にいうと、パンやメンの原料である小麦価格の暴騰のもとで、それに代わる(1)米粉パン、米粉メンの普及と、家畜の飼料になるトウモロコシ価格の暴騰のもとで、それに代わる(2)米の飼料化に財政支援を集中すべきだ、というものである。
 米価と輸入小麦、トウモロコシの価格との差が小さくなったので、そのための財政支出は、それほど多くなくてすむ。
 やや詳しく検討してみよう。はじめに技術問題だが、米粉をパンの原料とすることは、最近のナノテク技術の開発によって、微細な粉砕が可能になり、技術問題は全くなくなった。
 すでにコンビニのローソンは7月29日から関東地域で米粉パンを売り出した(関連記事)。米粉を100%使ったパンである。9月からは全国で売り出す予定である。とりあえず1万トンの米粉を準備している。この量は全国で昨年1年間に使った米粉の量をはるかに超える量である。こうした動きは、全国の各地にある。米粉メンも同様である。
 飼料米はすでに山形県の平田牧場など、全国の各地で実際に使われていて、本紙でも紹介している(08年1月10日号)。平田牧場では、米粉が豚の飼料穀物の中に占める割合は10%だが、今後この割合をどの程度ふやせるか、が検討課題である。また、鶏のばあい黄身が白っぽくなるという問題があるが、これは嗜好の問題であろう。
 このように、米粉も飼料米も技術問題はない、といってよい。

(株)ローソンは7月29日から国産米粉100%使用の「あんぱん」「シフォンケーキ」「蒸しパン」を関東地区で発売する 平田牧場の肥育専用「千本杉農場」。飼料用米を配合した飼料を与えている
(株)ローソンは7月29日から国産米粉100%使用の
「あんぱん」「シフォンケーキ」「蒸しパン」を
関東地区で発売
平田牧場の肥育専用「千本杉農場」。
飼料用米を配合した飼料を与えている

◆米粉と飼料米の需要価格

 次に経済問題を検討してみよう。はじめに需要側のパンやメンの業者と畜産農家だが、米粉や飼料米の価格がどの程度なら採算に合うのだろうか。
 米粉のばあい、業者は現在使っている小麦粉と同じ程度の価格なら米粉を使うだろう。現在、小麦の政府売渡価格は60kgあたり4388円である。だから米粉も、この価格で買えれば業者は採算に合うと考えて米粉を使うだろう。
 飼料米のばあい、畜産農家が現在使っている飼料穀物と同じ程度の価格なら飼料米を使うだろう。いま畜産農家はトウモロコシを60kgあたり3506円で買っている。だから、飼料米がこの価格で買えれば、飼料米を使うだろう。

◆米粉と飼料米の供給価格

 次に供給側の米農家の供給価格を考える(第1表)。生産費をみると、作付規模によって違うが、ここでは5ないし10ha規模の生産費を考える。それは60kgあたり1万1896円である。
 ここでは米粉や飼料米を作るばあい、機械の減価償却費の追加分はゼロと考える。これまで使っていた機械が、そのまま使えると考えるのである。この点は農業者に負担をかけることになる。
 このように考えると供給価格は60kgあたり1万774円になる。これが供給側からみた採算価格である。

◆価格差は財政負担で補てん

 以上のように供給側と需要側とでは採算価格に、大きな開きがある。国際市場で穀物価格が上がったとはいっても、国内での米の供給価格との差は大きいのである。
 ローソンは特別に安い価格で原料米が入手できたし、平田牧場は地元の農協の絶大な協力という特殊な事情があったのである。
 米粉や飼料米を全国的に普及させるには、こうした特殊事情に依存するのではなく、政策できちんと採算価格の開きを埋めねばならない。
  食糧安保という国策のために米粉や飼料米を普及する、というのであれば、それは農水省のある検討会がいうように「国家プロジェクト」として、国家の責任で財政負担すべきことである。

◆財政負担の金額は?

 そこで、財政負担がどれ程になるかをみてみよう。10aあたり5万円の単価で財政が負担するとしよう。そうすれば農家の手取単価は、第1表のように、米粉で1万59円、飼料米で9177円になる。供給価格より少なく、すこし赤字になるが、それは単収の多い品種を選んでコストを減らし、赤字を少なくしてもらうとしよう。
 この財政負担の単価は、現在行われている「地域水田農業活性化緊急対策」の単価と同じである。しかし、この「対策」では、予算総額が少ないので、実施者が多くなると単価は自動的に下がる仕組みになっている。この点がこの制度の致命的な欠陥である。ここを直せばよい、というのがここでの提案なのである。
 ではその結果、財政負担の総額はどの程度になるのだろうか。単価は10aあたり5万円だから、それに作付面積を掛け算すれば総額になる。

◆穀物自給率は49%になる

 2つの場合を想定して、第1表第2表をみながら考えてみよう。

 1つめの場合は、いますぐにでも出来る政策である。現在転作や休耕している水田は農水省資料によれば71万haである。そのうち野菜のような収益的な作物を作っている水田を除くと56万haになる。ここで米を作れば296万トンの米が増産できる。そのための財政負担の総額は2800億円である。これがとりあえず財政が負担すべき金額である。
 増産した米を米粉と飼料米にすれば、わが国の穀物自給率は全体で27%から35%にまで上がる。
 もう1つの場合は、政策の中期目標である。それは水田で最大限に米を作った場合である。過去に水田だったところの全てで米を作ったらどうなるか。1969年には317万haで米を作っていた。これが過去最大の作付面積である。現在の作付面積よりも148万ha多かった。ここで米粉米や飼料米をつくるには7400億円の財政負担になる。この金額が財政負担の上限である。
 このばあい、現在の単収を掛け算して783万トンの米を増産できる。これを米粉と飼料米にすれば、わが国の穀物自給率は全体で27%から49%にまで上がる。
 この中期目標でも穀物自給率は49%にすぎない。次に検討すべきは長期目標である。その内容は畑地の利用と水田の冬季利用で、自給率をさらに向上させるものだが、紙数がつきたので詳細は省略する。

◆食糧安保は国策として

 以上でみてきたように、中期目標でもその財政負担額は膨大という程のものではない。「国家プロジェクト」と考えるなら、この程度の財政負担は当然のことである。以前は減反政策のために5000億円を超えて負担したこともある。これからは、減反政策の負担は不要になり、その分を増産政策に使えばよい。
 このような支援を行えば、農業者に対して1969年以後、40年の長きに亘って強制し続けてきた減反政策から増産政策に転換できるのである。決して多い金額ではない。
 米をあまり作らないで下さい、という政策よりも、米をどんどん作って下さい、という政策のほうが良いにきまっている。農業者は力いっぱい米作りに精を出せる。

◆明るい農村へ戻ろう

 今まで農業者は、豊作になると供給過剰で米価が下がることを心配して、すなおに喜べなかったのだが、これからは豊作を国民といっしょに、心の底から喜べるようになる。国民はこれからは食糧の心配は、ほとんどなくなる。
 そうなれば、地方の農村は希望に輝く明るい社会に戻ることができるだろう。政治への信頼も回復できるに違いない。

(2008.08.04)