実現すべきは世界の食料安保
今こそ、発想を転換し国民の意志結集を
◆先進国と途上国の対立
今回の閣僚会合は、農業と非農産品(NAMA)それぞれの議長案第3次改訂版をベースに各国の意見表明から始まった。
21日にはEUのマンデルソン貿易担当委員が、議長案で平均関税削減率が54%とされている点について、60%まで譲歩できると表明した。翌22日には米国のシュワブ通商代表が貿易歪曲的な国内支持の削減について、他国の市場アクセス改善を条件に150億ドル水準まで引き下げる用意があると提案した。議長案では米国の削減率は66%〜73%とされている。額に置き換えると164億〜130億ドルだ。
しかし、提案といってもこの範囲内のものであり、最近の穀物価格高騰の影響で米国の財政支出はもっと少なくなっているはずと会合前から批判していたインドをはじめ途上国は「削減幅は不十分」と受け止め、鉱工業品など非農産品の市場アクセスとのバランスなどに不満を強めたという。
しかも、これらの提案には当のEU、米国の農業団体からも強い反発が出た。JAグループの代表団と意見交換したCOPA(EU農業団体連合会)のルメテイエ会長は、マンデルソン提案はボエルEU農業担当委員に「相談もなく一方的に譲歩したもの」と批判、交渉の進め方に問題があると表明した。米国ファームビューローの会長は150億ドルという数字は「日本にとっての上限関税と同じ重み」と発言、また、綿花にのみ他の品目を超える削減が求められていることに生産者の不満が強いといい、市場アクセスでの日本の主張は支持できないとしながらも「合意を急いで前のめりになるべきではない」ことを強調したという。
一方、22日の閣僚会合では上限関税をめぐって「ブラジルが強い態度に出た」(農水省)といい、途上国も上限関税導入を主張した。それに対して日本をはじめとするG10諸国は反対を表明。これらの応酬は30か国あまりが招集されたグリーンルーム会合で行われたが、先進国と途上国の対立で議論はこう着した。そしてWTOのラミー事務局長は「成果を得るためには少数国で問題を整理する新しい進め方を考えなくてはならない」として交渉方式を切り替える提案をした。
◆日本、重要品目数など最優先事項に
ところで、日本政府は閣僚会合に先立つ16日、以下のように対応方針を決めている。
そこでは、食料需給のひっ迫や食料価格の高騰など「ドーハ・ラウンドが始まった当初とは世界の食料事情が激変し」、「G8サミットでも明らかにされたように食料安全保障の確立が極めて重要である」と強調、「今こそ発想を転換して食料の大半を海外に依存している現状から脱却し、自国の農業生産を基本として食料自給率を向上させることが必要である」との認識を明記した。
また、米のミニマム・アクセスについても、唯一、自給可能な米について4割もの生産調整を行う一方「77万トンにおよぶ米輸入が継続して課されるという理不尽な事態になっている」と指摘、具体的には(1)上限関税の断固措置、(2)重要品目数の十分な確保、(3)重要品目の自己選択原則の確立=関税割当新設の確保、(4)米の輸入拡大幅の縮減など重要品目の取り扱いの柔軟性確保、を最重要項目として臨むことにした。
また、20日にはジュネーブでG10閣僚会合が行われ、上限関税の導入阻止と重要品目数をタリフライン(関税化品目の単位数)の10〜15%などを主張することを決めた。
ただし、若林農相は交渉が始まる前に重要品目数について「10%はなかなか難しいという状況判断をしている。さりとて議長案にある4〜6%という数字ではとても持ち帰れない。どれだけ上積みできるか。8%はなんとかとっていきたい」と話した。
この判断について決裂後の29日、現地の記者会見で「10%以上、とG10諸国で決めていたからその数字は受け止めていた。しかし、G7(少数国会合)に入っているのは日本だけ。相場感が出てくると10%では相手にしてもらえないと肌で感じてきた。真剣に考えてもらえないのでは、言ってみるだけでつぶされてしまうおそれがあると考え、本当の交渉に入る前に最低8%は取りたい、と」と話している。この点についての評価は今後、議論を呼ぶだろう。
◆ラミー提案にG7の合意なし
その少数国会合(G7)は23日午後、米国、EU、ブラジル、インド、日本、豪州に加えて、初めて中国も参加して開かれた。
会合では国内支持、市場アクセス(重要品目の数と取り扱い、途上国の特別品目・特別セーフガード)と非農産品分野について実質的な議論が集中的に行われた。会合は日をまたいで午前2時すぎまで続けられ中断、その後も継続されたが、対立点は多く意見の収斂には至らなかった。
こうしたことから25日、ラミー事務局長が交渉を打開しようと提示したのが調停案である。農業と非農産品を含めて20項目ほどの主要事項について提案した。
調停案では、日本にとって重大な問題である重要品目の数について原則「4%」で追加も含めて6%とされた。
若林農相が言うようにG7参加国のなかで輸入国は日本だけ。「孤軍奮闘する場面もあった」(農水省)といい、調停案について「8%はどうしても必要と言ってきたがこれが受け入れらずに出た。ラミーが一方的に出してきたやつなんです。G7のコンセンサスはない」とした。ただし、「非常に不満はあるが、8%確保を条件として合意に努力する」とコメント、インドもSSM(途上国向け特別セーフガード)などの提案で態度を留保したが、たたき台として議論のベースにすることは認めた。G7以外の国からも不満や留保は表明されたが、たたき台とすることに異論は表明されなかったという。
こうした各国の態度と、非農産品分野で途上国に柔軟性が示されたと受け止められたことから「局面が大きく展開しそうになった」(農水省)。
少数国会合での協議再開は3日後の28日。その間に各国は2国間などの協議を行い、日本も豪州、ブラジルと会談を行って意見調整をしたとされる。
しかし、再開した少数国会合ではインドがSSMについて、発動基準の輸入数量や、発動時の関税引き上げ水準などで強硬に主張し議論が紛糾した。ラミー事務局長はこれに対して、SSMについての提案を事実上白紙撤回した調停案改訂版をインドに示したが、これに今度は米国が猛反発。
また、中国は、米国が綿花、砂糖、米などの個別品目の関税引き下げを要求したことに反発したともいわれている。
結局、ラミー事務局長は29日、「妥協点を見出すことは不可能」と話し、調停案の改訂版が示されることもないまま結局、交渉は決裂した。
◆途上国、新興国の動向が重要に
8月5日、自民党の農林水産物貿易調査会では交渉経過が報告された。
政府・自民党によれば、今回の会合や各国との協議で、上限関税の導入阻止は「ほぼ(合意が)とれたと受け止めている」。重要品目の数についてはラミー案では原則4%とされたが、最終協議では追加を4%とし計8%とすることを条件に議論することにしていたという。
さらに米のミニマムアクセス増加にもつながる重要品目の関税割当拡大ではラミー案の「4%」を2%に引き下げる主張を続けるなど、一部報道のラミー案受け入れに追い込まれていたわけでは決してないことが関係者に強調された。
また、米国と対立を深めたインドは会合中に内閣不信任案が提出され、ナート商工相はいったん帰国、否決された後に協議に再合流した。そのため「ナートが戻ってこなかったらどうなったか予測がつかなかったかも」との声も聞かれたが、しかし、ナート商工相は「農業を商業的利益の犠牲にはできない」と話してジュネーブを後にしたように、自国の食料生産確保を軸にした強い主張が出てきたといえる。
◆世界の農業者の連携を
7月22日、世界の農業者団体は「食料危機はWTO合意で解決されるものではない」と訴える共同宣言を採択。食料危機の原因は「貿易が不足しているためではなく、明らかに生産が不足しているため」と指摘。高まる食料需要を満すには世界の農業者が収益を上げ持続可能な方法で生産力を増強させるような「手段」と「動機づけ」が必要だとし、「自由化の度合いは軽減されなければならない」と強調、WTO交渉は「悪い合意ならしないほうが良い」と宣言した。宣言にはJA全中、全国農業会議所と韓国農協中央会、インド協同組合中央会、スリランカ独立農業者ネットワークのほか、アフリカ5か国2団体、カナダ6団体、ヨーロッパ30か国6団体が参加した。
この宣言には参加していないが、米国の砂糖関係団体はJAグループ代表団との意見交換で「現在の生産を維持するには高関税の維持が必要。上限関税の導入はわれわれも反対。関割の代償措置についても変更させるべき」と表明している。
「貿易の自由化圧力が強いことを改めて感じた」と関係者は話すが、それは日本のみならず世界の農業者にとっても同じだということがJAグループの現地での意見交換などから伺える。現在の交渉に危機感を持ち「農業」にとって「悪い合意ならしないほうがいい」が共通認識だった。
5日の自民党貿易調査会でも国内農業のいっそうの体質強化が唱えられる一方、「一度ご破算にしてやりなおすべき」(加藤紘一総合農政調査会最高顧問)との指摘や「需要がない関割拡大は食料高騰を招くだけではないか。食料危機時代の自由貿易体制のために新ラウンドを立ち上げるべきだ」との声も出た。
福田首相は6月の世界食料サミットで「食料自給率の向上を通じて、世界の食料需給の安定化に貢献できるようにあらゆる努力を払う」と演説した。その実現をめざした交渉の総括と仕切り直しこそが期待される。
ラミー事務局長案の概要 1. 農業の国内支持 |