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事故米不正規流用

規制緩和が広げた食への不信
ミニマム・アクセス米への疑問も噴出
荒田農産物流通システム研究所 代表 荒田盈一

 大阪の米卸業者、三笠フーズが農薬の残留基準値を超えるなど非食用に用途を限定した「事故米」であるミニマム・アクセス輸入米(MA米)を食用に転売していた問題は、善意の業者も含めて390社ほどにも流通していたことが分かっているが、いまだ全容の解明には至っていない。政府は内閣府に「事故米穀の不正規流通に関する対応検討チーム」を設置したほか、有識者会議も設置、今後、MA米の管理や米流通についても幅広く検討するとしている。一方、農水省には9月24日、事故米対策本部がようやく立ち上がった。
 この事件は食の安全問題にとどまらず、主食である米の流通やトレーサビリティシステム、輸入米への疑問などさまざまな関心を引き起こしている。問題の本質はどこにあるのか考えてみる。

不正を生んだ本質を問え
米流通の信頼回復は政府の責任

◆米業界のグレーゾーンが晒された「事故米」

 日本国が崩壊に向かって進んでいる危惧を感じる。直近で発生した事案、首相の政権放棄、米国の投資・株式モデルの破綻、大分県の教員採用・任用の不正、そして人間が生きるための基幹的物資である食糧(輸入米)の不正取引と続いた。国家の根幹を形成する政治・経済(金融)・教育・食糧部門において想定外の事案が連続して発生。2代続けて首相が政権を放り投げ、農水大臣は2年間に不祥事で4人も交代、では食糧関係者の人心が乱れて当然であり、日本の崩壊は大袈裟ではない。
 農水省は9月5日、大阪の業務用食品(加工米飯)業者が、非食用で処理すべき事故米穀を主食用に転売していたことを確認、業者に自主回収を要請したと発表した。この米の大部分がMA(ミニマム・アクセス)米であり、単純な水濡れなどの事故米だけでなく、残留農薬米も発見され、人体に影響を及ぼし健康被害を招く可能性も懸念されたことから大騒動になった。そして、この責任は誰か、何処にあるのか、犯人探しで大童である。一般的には「非食用で処理すべき事故米穀を主食用に転売していた悪意に満ちた業者」が悪いに決まっているのだが、該当する米穀が政府で直接管理するMA米であり、政府が直接売却する米穀であるため「農水省の責任」も同等に重い。
 具体的な事実関係は政府米(国産米やMA米)が在庫あるいは流通過程で水滴の付着でカビが生えたり、残留農薬が基準値を超え、食用に回せなくなった米を非食用で処理すべき事故米穀とし、工業用糊などで処理することを条件に業者へ引き渡したが、購入した業者は食用に転用した、というのが今回の事案である。 農水省は8月の情報提供に基づき立ち入り調査を実施、その結果を記者会見で明らかにした。しかし、詳細が明らかになるにつれて事案は複雑になった。
 対象業者である三笠フーズ(株)へ売り渡した事故米は平成15年から20年までの1779tだが、産地は米国・豪州・中国・タイ・ベトナムと、国産であった。その中から残留農薬基準超過のアセタミプリド・メタミドホスとアフラトキシンB1が検出され、そのほかカビ、汚損(異臭)、熱損、水濡れによるものも報告された。それでも食品衛生法基準は下回っており、「大人が1日600gのご飯を食べ続けても、影響が出るとは考えられない」と健康被害に波及しないことを説明したが、肥料メーカーや酒造メーカーに転売されただけでなく、仲介業者を介して食用の販売業者や実需者にも転売され、用途については確認できないとした。 健康被害に波及しないが「残留農薬基準超過の外国産米が行方不明」で国内を浮遊しているのでは「社会的事件」として報道機関に格好のネタを提供することになった。
 当初、事業所の所在地が大阪と福岡であり、ローカルな事件と見られたが、流通経路の複雑さ、書類の偽装と悪質さが判明、その後4ルートで主食用に転用したことが判明、販売先として関係する企業は全国的に拡大した。報道機関は視点を何処に置くかで事件の名称や報道も変わり、同じ新聞社で「事故米・汚染米・有害米・カビ米」と使い分けに迫られ、混乱している。

◆複雑に絡み合う米穀業界固有の課題

 今回の事件にあって検討に必要な項目は、(1)MA米の経緯と今後、(2)残留農薬米の取り扱い、(3)政府米の在庫管理と事故米の発生−不正規流通米、(4)農水省の役割と責任、(5)買受業者(加工業者)の実態―詐欺行為の転売、(6)仲介業者の犯罪的役割、(7)実需者の本音と低価格、(8)消費者の安全神話、(9)氏名公表の段取りと個人情報の管理、(10)今後の処置とある。
 本来、それぞれの項目は独立した「米穀業界固有」の大課題であるが、今回は複数の項目が線や面で複雑に絡み合い混乱に拍車をかけた。

1.MA米

 平成5年に合意したウルグアイ・ラウンドで米の市場を開放しない代償として国内の需給状況に関係なく、毎年77万tの輸入が義務づけられた。事故米はその一部だ。MA米は国産米の供給に影響しないことを前提に焼酎・味噌・醤油などに使用される加工米(原則は新規需要)や飼料・国際援助に回されている。ただ、77万tのなかには主食用で流通されるSBS(売買同時入札、年約10万t)分もあるが、この数量分は国内産を国際援助等に回すことで主食用の需給から隔離する措置が取られている。
 輸出入業者は有資格者を名簿に登録し、品質検査は平成18年以降安全対策が強化され、出港時、入港時に農水省・厚労省の共管で実施している。17年以前の出港検査は登録された業者が代行していた。国内の買入委託契約(取扱業者)に係る競争参加者の資格要件も定められておりクリアした業者が登録される。
 今回の事件に関連した措置で今後、不適格なMA米(毎年2000t程度発生)は返品されるが「17年以前は国内の残留農薬基準が異なり、また海上運送で発生した事故米は相手国に責任はないことから返品は難しい。契約違反の米を返品してその数量分の別途購入が求められる可能性も高い」と関係者は指摘する。さらに国内に不必要な77万tは拒否すべきとの乱暴な議論も聞かれるが、今回の事件との連動性で議論されるべきではなく、国際貿易の場(WTO)で検討されるべき本質的な課題だ。

2.残留農薬米

 食品安全委員会でアセタミプリド・メタミドホスは残留基準を上回っているが濃度は低く、毎日一生涯食べ続けても健康に影響がない量である、一日の摂取許容量より、十分低いレベルなので健康に悪影響が出る心配はない、とリスク評価を公表している。2つの農薬は平成18年のポジティブリスト制度(すべての農薬に残留基準を設定する考え方)導入で暫定基準が設定されたものであり、17年までのネガティブリスト制度(残留してはならない農薬のみリスト化する考え方)では適用外(自由)であったことから国内に上陸した可能性が高い。つまり、1t1万円で保管している129万tの相当数量に残留農薬超過米が含まれている可能性がある。
 アフラトキシンB1は発ガン物質であり、食品衛生法で全食品を対象に検出されてならないとされ、再調査の結果「陰性」であった。つまり安全性は科学的に証明されたが「安心ではない」と現在の騒動が続いている。

3.在庫管理と事故米

 海上運送で発生する事故米はレアケースとされる。ただし、低温倉庫で保管すれば7年程度は品質を保持できるが、冷房による水濡れは日常的に発生する。そのうえ2で記述したように平成17年までの輸入米には残留農薬基準超過と検出される可能性が存在するが、一方でこれらの事故米は最初から工業用途としての輸入・販売は認めていた。結果として、国内の出荷段階で食用には回さず工業用など用途を限定して売却するといっても、それが裏切られた。

4.農水省の役割

 辞任に追い込まれた白須農水事務次官は「責任は一義的に食用に回した企業にある。立ち入り調査は不十分だったが現段階では農水省に責任があると考えていない」。太田前農水相は「じたばたしていない」と発言し、最終的に辞任した。白須次官の“客観的な発言”は当事者意識と危機感が喪失している。国民に不安を与えたことは食糧行政を司る監督官庁として、責任は一義的に食用に転用した企業にあるにしても、その企業の登録を解消もせず、永年に渡って売却対象者として存続させて来た責任は免れない。競争参加者の登録条件に(1)物件の品質、数量に関して不正の行為をした者(2)公正な価格を害し若しくは不正の利益を得るために連合した場合には資格取り消しに該当する、と定められており、そのまま放置していたのは農水省の不作為が問われる。
 なぜなら農水省が当該企業の不正を知らなかったとは逃げられないからだ。5年間で96回もの調査がそれを証明している。ただこの点については96回も調査に行って不正を見抜けなかったとの批判もあるがそれは違う。一般的に業者の調査は年1回程度であり、逆に不正を見抜いていたからこそ、危うさを認知して5年間で96回も訪れたのである。
 農水省は検査態勢の甘さが指摘され追及されているが、農水省の監督行政は警察的な権力を持ち合わせているわけではない。取り締まりではなく、調査に限定されているのである。調査日を事前通告したとして業者との癒着と批判されているが、事前通告なしで調査すれば不正はより自明に発見されたかもしれないが、業者はそれを回避しただろう。
 とはいえ、農水省は食品衛生法違反容疑で背信行為の三笠フーズを告発するとしたが迫力不足は否めない。関係団体に対しては「事故米を扱っていないか確認を行い、扱いがあった場合には販売の中止、自主回収に協力するよう周知徹底」を求める文書を出しただけでは済まないだろう。農水省は自らの反省を込めて、適切な指導が必要である。

5.買受業者(加工業者)の実態

 米穀のJAS表示違反は他の品目に比べて圧倒的に多かったのが事実であり、登録された後の企業の活動は「性善説」を前提にしていたが、通用しなくなった。農水省は「性悪説」を前提に調査しなければならないが、業務量は膨大に増加し、行政の簡素化に逆行する。かつては農政事務所が数回調査に向えば課題は是正された。しかし、競争社会が激化するにつれて利益が減少、利益確保を図るため民間企業に本質的に潜む邪悪な状況が露見した。
 そもそも主食用に転用を禁止されている事故米穀を食品加工業者や米穀販売業者に販売すること自体が疑問視され、農水省は「一般競争入札で手を挙げ、業として事故品を扱う業者であることを確認できれば参加できる」としているが結果として届出を受理し、登録業者としたのは農水省の手落ちでしかない。
 また、工業用糊の原料として売却したと弁解したが工業用糊業界から原料として米は未使用だと、食用に回っていることが暴露されたお粗末さは農水省と、一社で事故米全体(7400t)の4分の1を扱った特定企業との癒着を批判されて当然である。

6.仲介業者の役割

 農水省が公表した流通経路では食用として米を扱った経験のない業者が多数登場している。米販売の規制が許可制から登録制、04年の改正食糧法で届出制へと規制緩和され“実質自由”に移行し、安全で安定的な食糧供給とは無縁な利ざやを稼ぐ目的の企業が参入しているのも事実である。
 三笠フーズは1kg9円で購入、仲介業者(ブローカー)を転々とした結果、最終的には370円まで高騰した。米を物流させることはなく、伝票操作だけで利益を確保する錬金術を行使した。ロンダリングによって外国産を国内産で販売した結果、価格差は40倍。この詐欺的な価格差が存在する限り悪徳業者のつけ込むスキが発生し、不正流通の温床を後押しする。

7.実需者の本音

 「価格が安いこと」に尽きる。善意の被害者として登場する企業であっても、その仕入価格が公表された段階で相場価格水準を下回っているケースが散見される。関係者は「素性の不確かな業者からの仕入は低価格をメリットに成立するが、低価格での取引にはリスクが伴う」と同業者に対して冷たいが「今後は一層、取引対象者を吟味しなければならない」と本音を漏らす。
 低価格で仕入れた販売業者は商品に対する完璧な自信を持てず「安全と判断されても安心ではない」との消費者の声に対する対策の選択肢は“回収”しかない。

8.消費者の実情

 消費者は益々リスクゼロ症候群にシフトする。「安全」に全く問題がないとしても「安心」できないと過度な要求が高まる。食品にリスクゼロを求める結果、その経費は拡大し、米関係者の経営は厳しくなる。
 関係者の間で従前から医療関係や学校給食の低価格志向は周知の事実であった。低価格を求める余り、患者の命を縮める食品の提供は本末転倒ではないか。

9.氏名公表の段取り

 農水省は公表を渋ったと批判されているが違反意識の有無を無視して関係者の氏名公表が実施され、現在390社に拡大した(9月22日現在)。法曹関係者からは「個人情報の保持が担保されなくなった。公表された結果、自殺者も出ている。その責任は誰がとるか」との声もある。被害者からの訴訟の動きも指摘されているがその対象は三笠フーズ、農水省、厚労省、福田前首相の指示の下で公表を推進したとされる消費者行政を預かる内閣府、と分かれている。
 また、政府は自主回収や風評被害に対して、低利の融資を発動するが、そこまで持たない企業を救うのも農林行政の役割だ。

10.今後の処置方針

 平成18年以降で残留農薬基準超過米は輸入停止されているが、事故米の適切な売り先がなければ産業廃棄物として焼却等処分するべきだ。年間100億円を超える財政負担の軽減を目的に買い手を探し出して売却すればツケ込まれるのは必須だ。

◆規制緩和に必要なセーフティネットの整備

 時代は市場経済、規制緩和が謳歌され、自由な経済活動によって社会を活性化する改革が進められてきた。しかし、その結果で発生するセーフティネットの未整備が明らかにされた。
 喫緊の課題として輸入の実態・用途別の流通などで不透明なMA米の再検討、横流し防止を目的にした用途別米の適切な管理が求められる。ただ前者は国際問題であり、当面は在庫分の早急な処理が求められる。後者は農水省の日常常務として取り組む事項、今回の事件で「業者」の信頼は失墜、「商品」を最終段階まで管理するには多大な財政負担の覚悟を必要とするが、消費者の米に対する信頼の回復と折角の米消費拡大の気運に水を差してはならない。

(2008.10.01)