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「事故米」問題の波紋

立正大学名誉教授 森島 賢

 いわゆる事故米、つまり農薬やカビ毒に汚染された米、が食用として流通し消費された、という問題が連日マスコミをにぎわせている。  
 そして、関係した会社の社長が自殺するという痛ましいことまでも起きた。農水省の大臣と次官は一連の責任をとって辞任した。  
 この問題の背景には何があったのか。われわれは、ここから何を学べばよいか。

◆企業の責任

 毒物で汚染された米が食品として売られたのだから、まず汚染されていることを隠して、売買した業者の責任が追及されねばならない。
 ここでは近年の米流通の、いわゆる規制緩和によって業者が乱立し、熾烈な過当競争が行われていたことを指摘しておきたい。そしてまた、近年、多くの企業にみられるモラルの低下を指摘しておきたい。企業の中に人間を物としてしか見ない、という風潮があった。これらが大きな遠因になっていたのではないか。
 関係した業者の中には汚染されていることを知らずに売買した善意の業者も巻き込まれていた。このことは米流通の制度的な欠陥である。政治の責任も重い。

◆政府の責任

 この事故米は、もともとは政府が売ったものである。しかもその大部分は政府が輸入した米である。周知のように、わが国はコメが余っていて政策として減反しているのに、その一方で政策として輸入している。いわば、やっかい者が事件を起こした、ともいえる。政治の責任は大きい。
 事故米の処理方法にも問題があった。農薬が検出されたとき、政府は直ちに返品すべきではなかったか。さらに、もしも返品しないというのであれば、直ちに廃棄すべきではなかったか。それらをせずに非食用として売ってしまったのである。非食用というレッテルを貼って売ったのだから、売り手の責任は免れる、と考えているのならば、食の安全の軽視というほかはない。
 せめてカドミウム米のように、売る前に粉砕するとか、着色するとかの処理ができなかったのだろうか。そうしておけば善意の業者が巻き込まれることはなかっただろう。

◆科学の限界

 検査に際して、行政と業者の間に癒着があったのではないか、という指摘もあるが、検査そのものにも問題があった。ことにメタミドホスの検査は一昨年以前には全く行われていなかった。一昨年から「科学的知見」に基づいて検査するようになった。つまり、それ以前はメタミドホス入りの米が普通の米として流通し消費されていた、と考えられるのである。
 ここで指摘したいことは「科学的知見」を全面的に否定することではない。しかし科学を絶対的に信頼することでもない。科学の限界を知っておくことである。
 ことに食の安全、たとえば遺伝子組換え食品やBSE問題を考えるときも、人間の生命に直接関係することだから、この視点は重要である。「科学的知見」を暴力的にふりまわすことは、知性の廃頽である。
食糧自給率を高めよ
 こんどの事故米をきっかけにして、国民の中で、食糧の国内自給率を高めるべきだ、という考えが強まってきた。事故米の大部分は輸入米だったし、今年初めに明らかになったメタミドホス汚染のギョウザにしても、最近のメラミン汚染の粉ミルクにしても、それらは輸入食品である。やはり食べるものは外国に依存するのではなく国内で生産すべきだ、という考えが国民の中に強まってきた。
 ちょうど時を同じにして、世界では食糧不足が深刻になってきた。それに対する激しい抗議行動が世界の各地で続発した。多くの国の政府は、当然のことだが、自国の国民の食糧を確保するために、食糧の輸出を制限したり禁止している。
 こうした事態をみて、わが国の国民も、食糧を海外に依存していることの危うさを痛切に感じている。食糧の安全性の確保の視点だけでなく、食の安定的な確保、つまり食糧の安全保障の視点からも、食糧の国内自給率を高めるべきだ、という考えが強くなってきた。

◆不正規流通をなくせ

 近年の世界の食糧不足による国際市場での穀物価格の暴騰は、わが国にとってパンやメンの原料である輸入小麦の価格暴騰であり、飼料である輸入トウモロコシの価格暴騰である。その一方で国産米の価格は下がり続けている。
 こうした状況のもとで、国民の自給率向上の世論に応えて、国産米でパンやメンを作り、また国産米を飼料にして輸入穀物を減らし、米の増産に向けて政策を転換すべきではないか。
 各政党ともこうした政策を公約にしているが、この政策を実施するには、米を飯米用とパンやメン用と飼料用に用途を厳格に分別しておかねばならない。それに伴なって米価も二重制、三重制になるだろう。パンやメンや飼料用の米が飯米用として不正規に流通するようになれば、この政策は根底から破綻してしまう。
 それを防ぐためには、あらかじめ粉砕するとか、着色するなどの処理をして流通させることになるだろう。
 今度の事故米の事件から学ばねばならない重要なことである。

(2008.10.01)