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始まった世界恐慌

世界はどこに向かうのか?
−米国発金融危機から考える新たな社会経済の姿−
岩田弘(立正大学名誉教授)

 2007年に発覚した米国のサブプライムローン(信用力の低い層向けのローン)焦げ付き問題に端を発した世界、日本の経済への影響については本紙も研究者、専門家などの協力でこれまでに解説を試みてきた。この問題は金融機関などが抱える損失が不透明なためさらに大きな影響を経済に与えそうだと予想されていたが、今年9月、大手証券会社リーマン・ブラザーズの破綻を契機に「信用収縮」が世界規模で引き起こり、世界同時株価下落など1920年代の世界恐慌の再来も懸念されている。現在起きている事態と今後の方向をどう捉えればいいのか。今回は「世界資本主義」的な観点を強調し経済研究を続けてきた岩田弘立正大学名誉教授に話を聞いた。

ハイテク・デジタル産業が秘めるネットワーク社会づくりの可能性

◆20年代の世界恐慌の背景 ―主軸産業の停滞と投機

 ――1929年の世界恐慌が取りざたされていますが、当時はどういう状況だったのでしょうか。
 アメリカの金融危機に始まる今回の世界恐慌と29年の世界恐慌とが比較されているわけですが、29年当時の景気動向を決定する主軸産業はまだ19世紀末以来の古典的な重工業、――鉄鋼、重機、鉄道関連産業、造船などでした。第1次大戦後の20、30年代にはフォードのT型車、GMのシボレーに代表される大衆乗用車が華々しく登場しましたが、まだ自動車産業は主軸産業に代わるものではなく、新興産業の地位にとどまっていました。
 ところで、この時代の花形経済学はケインズ経済学ですが、一般理論というそのお題目にもかかわらず、それが実際に対象としていたのは、この時代のアメリカ・イギリス経済でした。彼の経済学は貯蓄と投資のバランス論で、投資が貯蓄を下回るとその差額分だけ需要不足となり、物価低落と不況が発生するという主張ですが、その実際の対象は20、30年代のアメリカ、イギリス経済だったのです。投資が停滞的で恒常的に貯蓄過剰となっていたのは当時の富裕な先進国アメリカ、イギリスだけでした。
 確かにこの時代には自動車産業が新しく勃興し、20年代にはフォードのT型車、30年代にはGMのシボレーが大衆的に登場しますが、まだ景気を主導する主軸産業ではなく、新興産業にとどまっていて投資資金の吸収力はありませんでした。自動車産業が主軸産業となり、それと関連して住宅産業が巨大となるのは第二次大戦以降です。
 そしてこれには第2次世界大戦の兵器生産が大きな役割を果たしています。この戦争では航空機と軍事車両、電子機器が主力兵器となったからです。

日経平均株価

◆シリコンバレー革命の意義

 ――第二次大戦後、とくに米国経済はどう進展してきたのでしょうか。
 その特徴は、自動車・住宅産業が第2次大戦後はじめて主軸産業となり、力強く発展したことです。GM、フォード、クライスラーのビッグスリーによる大型乗用車の生産、多種多様な車種と毎年のモデルチェンジ、大量販売のための自動車ローンの発達などがそれです。また自動車の普及にともなって郊外の住宅需要も大規模になりました。大衆的な住宅産業の登場です。住宅ローンや自動車ローンなど貸付競争はこれを拡大しパワーアップする金融的手段でした。
 これは60年代中ごろには一段落し、投資の停滞による経済停滞の基調が現れてきましたが、第1次大戦後の場合とは違い、70年代初頭にはこれと並行して新産業革命の時代が新しく始まりました。サンフランシスコのシリコンバレーに始まる新情報革命、デジタル革命の大波がそれです。
 ただし、その意味を知るためには、アメリカの情報産業の歴史を大きく振り返ってみなければなりません。アメリカの情報革命と情報産業の発達は、戦時中を経て戦後まもなく始まりました。多数の端末を従えるIBMのメーンフレームや科学技術・軍事技術計算用の大型コンピュータがそれです。
 けれども国家機関や大企業の中央計算室に鎮座するこうした大型コンピュータの登場は、根底的な産業革命を引き起こさず、主として従来の産業システムや軍事システムの補充強化に役立っただけでした。この場合の作業主体は大型計算機であり、人間は多数の端末のディスプレーの前に座った情報の入出力者、付属物でしかなかったからです。
 これに対し、シリコンバレーから始まったパソコン革命とそのネットワーク革命の意義は違っていました。ここでは作業主体はディスプレーとキーボードによりパソコンを操作する人間作業者の集団であり、パソコンはこの人間の集団作業のツール、道具にすぎなかったからです。
 また多数のパソコンを多角的・多層的に結合する信号ケーブルは、パソコンを使用する多数の人間作業者の分業と協業のツールであり、主人公はこの人間集団でした。

◆クライアントサーバシステムの登場

 こうしたパソコンネットワークの戦略的な要の地位にあるものが、クライアントサーバシステムです。
 サーバの仕事は接続サービス係であり、電話回線でいえば交換手の仕事です。作業自体としては簡単ですが、その全体は大変な作業となります。多数のパソコン、ときには数千台、数万台のパソコンの同時並行的な接続作業となるからです。一般には薄型パソコン、いわゆるブックシェルフ型パソコンの超並列的な連結システム、多角的多層的な超並列システムとなります。
 こうしたパソコンネットワークによる情報処理システムや、それをコントロールシステムとする産業システムは、生物学的システムに例えることができます。
 生物体は、これを構成する各種諸器官や、この諸器官を構成する各種細胞や、さらにはこの細胞を構成する各種タンパク質分子の多角的・多層的な集合体です。そしてこれらの構成要素は、生体相互間の移植可能性が示すように、それぞれが独立生命体です。
 こうした独立生命体の多角的・多層的な集合体が生物にほかなりません。これと同じように、パソコンのクライアントサーバシステムやネットワークシステムによって共同作業をする人間集団は、大型機の場合のようなシステムの付属物ではなく、独自の意志と気分をもった人間個人の集合体だからです。
 こればかりではありません。こうしたネットワークシステムは、国境や人種を超えたグローバルな分業と協業のシステムです。
 そしてこれと関連してパソコン産業それ自体、デジタル産業それ自体のグローバル性が問題となってきます。
 振り返れば、シリコンバレー革命それ自体が最初からグローバルでした。というのは、アメリカ西海岸型のヴェンチャー起業家と並んで、中国型・華僑型ヴェンチャー起業家が最初からシリコンバレー革命に参加していたからです。
 だからこそ、シリコンバレー産業の起動はほとんど同時に台湾パソコン産業・デジタル産業の起動でした。そしてこれは同時にまた、その対岸の中国華南の、台湾デジタル産業の生産基地としての、起動でした。そしてこれを通じて、長江、黄河流域を基盤とする、中国自身の全土的なハイテク・デジタル産業が起動してきました。

◆米国産業の世界的な2極化―金融資産バブルの意味

 ――米国にとってこのグローバル産業の登場は何を意味するのですか?
 酷な言い方をすれば、アメリカのシリコンバレーで生まれたハイテク・デジタル産業が生国のアメリカを見捨てて台湾、華南、長江流域、中国全土へと移転しつつあるということです。
 これはアメリカにとっては、ハイテク・デジタル産業がもはや国内景気を盛り上げるナショナル産業ではなく、国境を超えたグローバル産業であり、国内にとどまっているのは旧産業だけだということになります。新産業と旧産業への2極化が海を超えて起きているわけです。
 さて最後に一言すれば、今回の金融危機は、循環性のクライシスではなく、構造的な恐慌ですが、しかし恐慌や不況はいずれ底を打ち反転するものです。問題はこの激動が何を媒介するかという点です。20年代の世界恐慌は、第1次大戦後の特殊な政治問題と絡み合って、最後には第2次世界大戦へと収斂したわけですが、今回はどうなるでしょうか。
 アメリカと中国という二つの巨大なデジタル産業国のグローバルな結合、これによる強大なインパクトが世界の情報革命・デジタル革命を加速するのではないか、というのが、私の個人的な希望をも交えた予測です。

いわた・ひろし
1929年三重県生まれ。52年名古屋大学経済学部卒。57年東京大学大学院社会科研究科博士課程修了。64年立正大学経済学部教授・経済学博士。2000年立正大学名誉教授。

(2008.10.31)