(1)事実を「偽造」した農協批判
最近の農協批判に、山下一仁氏の「農協との決別なしに農業は復興しない」(WEDGE 9)がある。山下氏がここで述べているなかでとくに注目したいのは、「戦争中の統制団体を戦後転換したのがJAである」と「戦後しばらく…米価引き上げのため食管制度廃止論が与党から出されたが、食管制度の供出団体であるJAは反対した」の2点である。
戦後の農協は、1943年制定の農業団体法により設立された系統農業会に代わって発足したが、この農業会は、産業組合など5つの組織が強権的に統合された「戦争遂行団体」ともいえる組織であった。それが戦後になり農業団体法が改正されて性格も変化したが、それでも民主的組織からはほど遠いものであった。
農協はその反省の上に立ち、「非農民的勢力の支配を脱し、日本農民の経済的文化的向上に資する」(GHQ覚書)ことを目的に、GHQと日本政府との度重なる協議の上設立されたものである。これは農協法が提案された国会で平野国務大臣(当時)が、「農地改革の実施だけでは農業近代化や農村の民主化は達成できない」とし、農協の特徴として自由の原則、農民主体の原則などを強調していたことでも明らかである。そして、民主的な日本を目指し、官民あげて農協の組織化に全力をあげたのが当時の状況であった。もちろん国としては、これにより主要な農産物を確保し、戦争直後の食料危機を乗り越えようという政策意図もあった。このことは否定できないこれが歴史的事実で、山下氏がいうように農協は統制団体を引き継いだのではない。
歴史の「偽造」は食管制度廃止問題についても指摘できる。山下氏のいう「戦後しばらくの…食管制度廃止論」とは、50年3月の湯河原会談と池田蔵相(当時)の国際価格さや寄せ論だと思われる。これらの食管制度廃止と米管理の自由化が実行されなかったのは、ドッジ氏が池田蔵相宛に出した8項目の質問書簡で反対したからで、農協の反対ではなかった。むしろ当時の農協は、低価格による強権供出のよりどころである食管制度には批判的だったのである。これは50年9月、緊急食糧対策実行委員会が「食糧管理制度の廃止と新食糧管理方式の急速な確立」(注1)を政府に要請していたことからも明らかである。
いずれにしても、歴史を「偽造」して農協を批判するのは、良識ある人のとるべき態度ではない。別に特別な意図があるのでは、とすら思われる。もちろんこれは、現在の農協が本来の理念に基づいた活動をしており、批判されることがないというのではない。
(2)農業衰退の原因を高米価に転嫁する農政批判
山下氏は、また、「生産調整は米価維持のカルテル」だと述べ、これをやめれば「米価は9500円水準に低下する」とし、「国内価格が低下すればミニマム・アクセス米を輸入しなくてすむので、食料自給率は向上する」としている。さらに、高米価は農協の利益確保の構図であり、農本主義の結果であるとも述べている。
米価を下げれば食料自給率は向上するという意見は、如何に暴論かは事実を謙虚にみれば明らかである。米価が低下すれば需要は多少伸びるかもしれないが、国内生産はほとんど潰滅し、結局は輸入拡大となるからである。しかも、米の国際市場はとくに貿易量が少なく極めて“薄い市場”なので、必要なときに必要な量を確保できる保証は全くない。これは、最近の穀物価格高騰に際しての米生産国の輸出規制をみれば明らかである。
国民の80%が食料供給に不安を持っている現在、真に自給率を向上するには、米政策については生産者に生産費を償う米価を保証し、需給だけでなく安全上からも問題となっているミニマム・アクセス米の輸入を中止することである。
(3)「経済成長」と「市場開放」最優先の自給率向上批判
自給率向上による食料安定対策を批判するのは、野口悠紀雄氏の「食料問題の解決は自給率向上ではない」(週刊ダイヤモンド、6月14日)である。野口氏はここで、「小麦やトウモロコシを日本が完全自給することはそもそも無理である」とし、食料の供給安定には日本が買い負けしないよう、「(食料の)価格が高くなっても買い続けることができるよう所得水準を維持する」ことを強調する。そしてそれを可能にするのは、「日本が比較優位な産業に特化することで、それは農業でないことは明らかである」と結論づけている。
野口氏はここで、誰も主張していない「小麦やトウモロコシの完全自給」をとりあげて食料自給率向上を批判しているが、これは前述した山下氏の「偽造」と同じ論法である。
と同時に注目すべきは、特定産業特化による経済成長最優先論を展開していることである。戦後わが国はめざましい経済成長を遂げたが、それは「今後の日本経済の成長は近代化に依存する」(注2)とした基幹産業中心の経済成長で、その基本は「農業などの諸矛盾は経済発展によってのみ吸収される」(注3)とする「トリクルダウン」の理論であった。この結果、経済は成長したが食料自給率が低下し、国民の食料供給に対する不安が強まったのである。
しかも、現在、アメリカ発の金融不安が実体経済にも及んで世界に広がり、株価暴落で不況色が強まり、経済のパラダイムの転換が求められているのである。それにもかかわらず、従来型の「経済成長」理念に固執するのは、国民経済の安定的な発展にとってもマイナスである。
食料自給率問題でいま一つ軽視できないのは、神門善久氏の「“食料自給率向上は的はずれ”相互依存強化こそ本筋」(日本経済新聞、8月28日)および「『自給率を上げよ』はまやかし」(週刊新潮、10月9日)である。氏がこの両者で共通して強調しているのは、自給率向上よりEPAなどの推進・活用である。
しかし、EPAやFTAがもたらす日本の農業と経済に及ぼす具体的な影響については全く言及していない。ただ、連携や提携を一般的に述べているだけである。これは従来の「市場解放論」と同じものであり、わが国の食料自給率を低下させ、供給を不安定化させてきた意見である。
ノーベル経済学賞受賞者のポール・サミュエルソンは、「規制緩和と金融工学」の2つをモンスターとよび、アメリカ発の金融危機を深刻化させた元凶であると批判している(注4)。これにしたがえば、日本の食料供給を不安定化させたモンスターは、「経済成長」と「市場開放」を最優先した政策であるといえる。現在、その転換が強く求められているのである。
注(1)「全指連史」95ページ
(2)「56年度経済白書」39ページ
(3)同上。42ページ
(4)朝日新聞(10月25日)