◆採算悪化でブームに陰りもバイオエタノール
左からCGB社のスティッツライン部長、一人おいてトウモロコシ農家のダニー・エバンスさん |
遺伝子組み換え(以下、GMと表す)大豆、トウモロコシの商業栽培が始まったのは1996年からである。170万ヘクタールからスタートしたGMの栽培面積は、07年には1億1430万ヘクタールに達した。作物別では、大豆の栽培面積が5860万ヘクタール、トウモロコシ3550万ヘクタール、次いでワタ、ナタネとなっている。形質別では、これまで「除草剤耐性」や「害虫抵抗性」が大半を占めていたが、これに2つ以上の形質を併せもった、通称「スタック」が急激に増加してきている。主要な栽培国は、米国、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、インド、中国で、このうち最も多いのが米国である。米国のトウモロコシ栽培面積のうちGMの占める割合は、96年にわずか1%だったものが、12年後の08年には80%に達している。
トウモロコシは97年と01年の害虫発生を受けて、Btコーンの作付が拡大した。Btコーンは、土壌中に生息する昆虫病原菌の一種、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)の遺伝子を導入して害虫抵抗性を持たせた遺伝子組換えトウモロコシである。茎の内部に入り込んでトウモロコシを食べてしまう「アワノメイガ」を駆除するために遺伝子組換え技術を活用してBtタンパク質を作る性質を持ったBtコーンが開発された。そして03年からは「ネクイハムシ(コーンルートワーム)」と呼ばれるトウモロコシの根の害虫耐性を持ったGMの作付が開始されている。その後、05年以降からは害虫耐性(Bt)と除草剤耐性の両方の特性を持った品種が年々増加しており、さらにヨーロピアン・コーン・ボアラー、ルートワーム、その他の害虫の耐性を持ったものなど多くのスタックが開発されている。これまで、米国コーンベルト地帯では、トウモロコシと大豆の輪作体系で栽培されてきた。しかし、今では肥沃度の高い地域ではトウモロコシの連作が行われているが、それを可能にしたのがコーンルートワーム耐性のGMコーンであった。
ところで、アメリカでは1995年に大気浄化法(RFG)計画が策定され、ガソリンに2%の酸素を含んだ改質ガソリンの使用が義務づけられ、全体の約30%がMTB(Methyl Butyl Ether=ハイオクガソリンの添加剤)含有ガソリンとなった。
トウモロコシ茎の内部に入り込んでいる 「アワノメイガ」 |
しかし、MTBが環境汚染の一因となったことから義務化が撤廃され、あらたな再生可能なエネルギー(エタノール)供給が求められ、05年の新エネルギー法案で2012年を目途にエタノールの使用量を年間75億ガロンとする最低目標が設定された。さらに06年の大統領年頭教書演説で2025年までに中東からの原油輸入量75%削減目標が示され、07年の新エネルギー法案で2022年までに年間360億ガロンのバイオ燃料を義務づけたことから、一挙にエタノール生産に注目が集まった。その結果、エタノール原料となるトウモロコシの需給構造が大きく変わり、価格高騰を招く結果となった。現在では、原料となるトウモロコシ価格の上昇、原油相場の軟調から、エタノール工場の採算性が悪化し、操業を中止する工場が出始めており、一時のブームに陰りが見えている。(早川治)
◆トウモロコシ農家は作物・品種選択で苦悩
収穫中の大型ハーベスター |
今回われわれは1988年に全農・伊藤忠グループが買収したCGB社(Consolidated Grain & Barge Enterprises)の協力を得て、イリノイ州のコーンベルト地帯を訪問する機会を得た。今回の視察では2戸のトウモロコシ農家を調査した。最初の農家はイリノイ州CGBヘネピン・リバーエレベーター近郊のジム・ラップさん60歳である。祖父がスエーデンから移住したという。農業従事者は本人のほか息子2名、季節労働者2〜4名を雇用している。経営耕地面積は2000エーカーで、うち自己所有地は700エーカー(1エーカーは約0.4ha)である。作物別作付け割合はトウモロコシ90%、大豆10%である。過去3年間で300エーカーを大豆からトウモロコシに作付転換している。トウモロコシの8割はGMコーンで2割が非遺伝子組み換え(以下、non-GMと表す)コーンである。
non-GMコーンは1ブッシェル当たり40〜50セントのプレミアムが付くそうだが、エーカー当たり収量が40〜50ブッシェルも低いため、単位面積当たりの農業粗収益は低くなる。だが、トウモロコシの作付面積すべてをGMコーンにすることは、GMコーンに耐虫性の変異が発現する恐れがあるため、USDAから作付割合の上限を80%に規制されているそうだ(環境保護庁(EPA)はnon-Btコーン種とBtコーンを作付けする農家には20%の緩衝地を義務づけている)。
昨年の単収はGMコーンが1エーカー当たり240〜250ブッシェルで、non-GMコーンが200ブッシェルだったという。ただ、燃料費が急騰し、肥料代は2年前の倍以上、種子代は昨年よりも30%上がっており、トウモロコシ価格が1ブッシェル当たり4ドル以上でないと経営は赤字になるという。出荷先は買い入れ価格によって日々決めている。ジムさんは視察メンバーを大型ハーベスターに乗せてくれたり、私たちに「また、おいで」と声をかけてくれたりとても気さくな人だった。ジムさんのようなファミリーファームがアメリカ農業の柱になっている。
2番目の農家はブラッフ近郊のダニー・エバンスさん48歳である。経営耕地面積は1800エーカーで、所有地は300エーカー、借地が1500エーカーである。作付はトウモロコシと大豆を1年おきに輪作している。トウモロコシの栽培面積900エーカーのうち、non- GMコーンを450エーカー栽培している。農業従事者は自分以外に年雇用が3名と臨時雇用が1名である。トウモロコシのほかに乳牛の繁殖経営を行っている。
今年は気象条件が良くてnon-GMコーンとGMコーンの単収差が無く、ともに1エーカー当たり150〜160ブッシェルだった。しかし、旱魃時の単収はGMコーンが20〜25%高いという。また、スタックGMコーンであれば農薬散布の回数が減り、栽培が容易である。そのためGMコーンの栽培面積が急速に増加している。トウモロコシ価格の上昇に伴って、これまでのnon-GMコーンのプレミアムでは、栽培する農家が減少傾向にあるという。昨年のプレミアムは1ブッシェル当たり30セントだったものが今年は60セントと2倍に値上がった。さらに、燃料費の値上がりも大きく、結局、物財費総額は、昨年は1エーカー当たり400ドルだったが、今年は520ドルになりそうだという。
CGB社によれば、来年は種子を農家に無償譲渡して、non-GMコーンの作付を依頼しなければならないとしている。これに要する種子代は2.5エーカー分の8000粒で300ドルである。来年以降のnon-GMコーン作付費用は、従来までのプレミアムの他、種子代までも負担しなければならなくなりそうだ。「遺伝子組み換えとうもろこし不使用」と表示されている飲料食品を日常的に買っている日本人の何人が、このことを意識しているであろうか。(野見山敏雄)
◆非遺伝子組み換えトウモロコシの調達に力入れるJA全農
トウモロコシ価格の高騰が単収の高い遺伝子組換え品種の栽培熱を刺激するなかで、対応を迫られたのが、JA全農のnon-GMコーンを国内の需要に応えて確実に調達し、分別して物流するシステムである。
全農はわが国の配合飼料供給量2500万トンの30%、730万トンを扱っている。「くみあい配合飼料」の主原料であるトウモロコシ400万トンは、ほとんどがアメリカのトウモロコシ地帯で、全農の子会社CGB社が生産農家から直接買い入れたものだ。全農の分別流通システム(IP)は、収穫後に農薬散布をしないトウモロコシの分別物流システム(PHFコーン・プログラム)を1990年に開始して以来の歴史があるが、10年前の1997年以降は、このPHFプログラムにnon-GMコーンを加え、non-GMコーンで育てた家畜の卵や、牛乳、食肉を求める生協と連携する畜産農家に供給する配合飼料原料を確保してきた。
イリノイ川の中流域にあって、アメリカのリバーサイドエレベーターでも最大級というネイプルズ・エレベーターで、CGB社のIPマーケティング担当スティッツライン部長からnon-GMコーン調達の苦労を聞いた。
「種子会社や生産農家の遺伝子組換え品指向が強まっているだけに、非遺伝子組換え品の確保はむずかしくなっている。そこで新しい取組を開始している。」
「Voucher(バウチャー)・Plusプログラム」という新しいIPは、農家への非遺伝子組換えプレミアムの支払いに加えて、種子代をほぼ全額農家に補てんするVoucher(クーポン券)の提供を、農家が栽培品種を決める前に契約する方式を採用した。農家がVoucherを種子会社に提示することで、種子会社には非遺伝子組換え種子の需要量を知らせることができる。連携する種子会社には、調査研究費や在庫保管費を助成する。この新IPは、非遺伝子組換え品の栽培コストがアップするなかで、害虫被害の大きくない地域に集中して宣伝しているという。収穫期の秋に、次いで1、2月に農家が集中して出荷してくるので、それに対応してnon-GMコーンの集荷・保管ができるようにエレベーターの保管機能の引上げも必要だ。
当然、非遺伝子組換え配合飼料原料トウモロコシの遺伝子組換え品との価格差は広がることになる。わが国の生協と消費者がそれにどれだけ耐えられるかが問われるわけである。この新しい分別流通でnon-GMコーンを確保できるというCGB社スティッツライン部長の自信は、日本の消費者への期待と重なるものであった。