◆食料高騰に不安高まる
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WTO交渉の年内合意めざすとした金融サミット
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世界的な穀物価格の高騰は各地で暴動まで引き起こし食料危機が現実のものと受け止められた今年。 6月にはローマで「国連食糧サミット」が開催された。福田前首相は、食料高騰を解決するためには「各国が自らの潜在的な資源を最大限活用して農業生産を強化することが重要」と演説、日本は「国内の農業改革を進め、食料自給率の向上を通じて世界の食料需給の安定化に貢献できるようにあらゆる努力を払う」ことを宣言した。 日本でも食品の価格は高騰。国民に不安とともに国内農業への期待も高まった。 食料サミットで採択された宣言は「現在及び未来の世代のために、現在の危機によってもたらされる苦しみを和らげ、食料生産を強化する」とし、資源を持続的に利用していくと結んだ。 食料危機克服への取り組みは洞爺湖で開催された7月のG8サミットにも引き継がれ世界の食料安全保障に関する首脳声明では途上国への農業支援などが宣言された。 世界全体の食料確保のために各国が農業生産を強化すべきという流れから、WTO農業交渉も自由化一辺倒に歯止めをかける流れへと仕切り直しが期待された。 しかし、提示された合意案は輸出国主導。日本は厳しい交渉が迫られたが、結局、インド・中国と米国が輸入急増時に発動するセーフガード措置の条件を巡って対立、決裂した。「農業を商業的利益の犠牲にすることはできない」とのインド、ナート大臣の言葉が印象に残った。が、日本のメッセージは自国民にさえ不明瞭ではなかったか。
◆増える飢餓人口
G8サミットでは年内に日本でG8農業会合を開催することが合意されていた。しかし、それを吹き飛ばしたのが米国発の金融危機だ。今年前半は「食料」が経済を揺るがせていたが、後半は「金融」。そして世界同時不況へ。原油も穀物価格も一気に下落した。 国内農業にとっては飼料価格高騰への一服感への期待はあるにしても、しかし、世界全体の食料・農業事情は深刻さの度合いを増している。 12月9日、国連食糧農業機構(FAO)は、今年は食料価格の上昇により、さらに4000万人の人が飢餓に追いやられ飢餓人口は9億6000万人に増加したと発表した。 FAOは、食料価格はピーク時にくらべて50%以上、下落しているが、「多くの貧しい国において食料危機を終わらせることはなかった」と報告している。原因のひとつに種子や肥料の値上がりを上げ、途上国では生産を増大させることができていないとする。 さらに金融危機、世界的な不況が事態を悪化させる可能性も警告している。需要減と価格低下のなか、利益を確保するために食料生産を減らさざるを得ないと判断すれば、「来年はもう一回劇的な食料価格の暴騰があり得る」という。また、金融危機から農業への投資滞りの影響も懸念されている。 これから食料をめぐる不透明感は一層強まることが考えられる。経済不安が高まるなか、今年前半には食料サミットなどで各国の農業生産の重要性が認識されたことを改めて思い起こし、食料供給力の強化に向けた取り組みに確信を持ち、強力な運動展開が必要だ。
局面打開はできるのか? 鉱工業分野の交渉姿勢と整合性を 大妻女子大学社会情報学部 田代洋一教授 |
◆個別利害の主張では国際的孤立を招く
日本の農政は、昨年の参院選での与党の敗北を機に見直しされたとはいえ、基本は担い手を選別する経営所得安定対策や株式会社の農地取得の容認など、依然として新自由主義的な性格を脱していない。昨年の経済財政諮問会議は、日本の食料安保は海外に依存すべきと言っていた。食料危機になったら今度は株式会社農業の強調だ。 日本が内政問題にかまけているうちに突然に世界的な食料危機ということで、これで自由貿易一辺倒の論調も変わるかと思ったら、むしろ自由貿易こそが食料危機を救うという輸出国の論理でWTO交渉の促進となり、日本農政は不意を打たれた。 そこからが問題で、関税削減率を低められる重要品目の数について日本は10%を主張していたが、「10%は難しい」としてずるずると8%にデスカウントした。報道によれば原則4%案に反対する国はなかったということだから、日本も認めたのだろう。そのうえで上乗せ措置を含めて8%の主張ということだが、議長案の認めるところとはならなかった。ペーパーには「日本とカナダは同意していない」と書き込まれはしたものの、カナダはともかく日本については「代案を議長として持ち合わせていない」と匙を投げられた。要するに「日本だけがごねている」とわざわざ書き込まれたようなものだ。 ここには多くの問題がある。まず過去との関係では、第一に、ウルグアイラウンドの時に、関税化しなかったのは間違いだった、関税化してミニマム・アクセスの上乗せをさけた方がよかったという論調があった。しかし関税化した果てが、次のステップとしての今回の関税引き下げ交渉なのだ。 第二に、日本は多面的機能フレンズ国グループということでEUとの連携を重視してきた。しかし今回の原則4%案はEUが提起し、アメリカが乗って具体化した案。日本は一貫して欧米の先進輸入国にしてやられていることを肝に銘じるべきだ。いずれの論者にも発言の責任というものがあるだろう。 次に今回の交渉については、第一に、8%を主張しているのは日本だけだから、日本は原則4%には早々と妥協しつつ、一国利害、例外措置として8%を要求していくことになる。さらに関税割当の割増しも提案しているわけだから、ひたすら例外の容認を請い願うことになる。それでは国際的に孤立するだけだろう。
◆日本にタフネゴシエーターはいるのか?
第二に、日本は他方ではアメリカ等と一緒になって途上国等に工業関税の大幅引き下げを要求している。これでほんとうに日本農業を守ることになるのか。工業関税の引き下げを求められる立場としては、当然に農業関税の引き下げを求めることになる。それはいやだが、工業の方は引き下げろというのでは先進国エゴ以外の何者でもない。 農業を守ろうというのであれば鉱工業分野での攻めもほどほどにしなければならないはず。その点で日本政府全体の交渉姿勢の整合性が改めて問われる。 率直に言って、これほど稚拙な交渉はかつてなかったのではないか。2000年には多様な農業の共存という哲学を盛り込んだ日本提案を各国に示したはずだが、これまでの交渉で活かされたのか。1980年代の米国との牛肉・オレンジ自由化交渉における佐野宏哉氏、90年代のUR交渉における塩飽二郎氏のようなタフネゴシエーターは今の日本にはいないのか。仮に政権交代になった場合に、これまで培われてきた国際的な交友関係はどうなるのか。いずれにしても国を挙げての整合性ある交渉を望みたい。 しかし交渉の前途は多難だろう。そして重要品目が何%になろうと、どの品目を選ぶかは政府裁量であり、いいかえれば政府責任である。関税引き下げの影響が大きい品目に対してAMSの枠を使い切るような思い切った国内措置が必要だ。
◆欠かせない内需主導型経済への転換
今回の食料危機については、農業環境の悪化、新興途上国の需要増、穀物等のバイオエタノール化、ファンドマネー等の投機的流入といった要因が口々に指摘されている。しかし原油や穀物価格が早くも値下がりしたこと等から推し測ると環境や需要増という長期的要因よりも、短期的要因としての投機マネーが大きかったといえる。 変動相場制移行後の世界貨幣・金とのリンクを断ち切ったドル等の通貨の垂れ流しの結果、財やサービスの貿易に必要な量を60倍も上回るマネーが投機を求めて世界中を駆けめぐっている。それが上昇傾向の原油市場に流れこみ、石油の値上がりで採算の上がったバイオエタノールの生産に弾みをつけ、それにより上昇する穀物市場にマネーが殺到した。 こういうなかで国際機関や政府、学者先生が食料危機のあれこれの要因を評論するのもいいが、日本の責任をどう考えるのか。マネーの暴走を防ぐには短期資本移動のチェックが欠かせないが、サミットで日本はアメリカとともに反対した。寺島実郎氏が聞いた話によると、ロンドン市場でのマネーの4分の1は日本からということだ。 本当に世界の食料需給を問題にするのであれば食料純輸入額が世界トップである我が日本の責任が大きい。日本の純輸入額は2位から4位までの3カ国を足したよりも大きい(下図)。
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かくして自給率の向上が不可欠だが、今や自給率向上については誰もが総論賛成であり、問題はその方法である。根本的には、すでに行き詰まった輸出主導型経済をいつまでも追い求めるのではなく、内需主導型に転換させるべきだ。そのためには、非正規雇用に依存し、不況になったら真っ先にその首を切るという古典的な「蟹工船」資本主義ではなく、雇用の安定により、消費者の購買意欲を高める必要がある。 これは国内農産物を買ってもらうためにも極めて重要だ。農業サイドとしてはコストの上昇分を価格転嫁したいのは山々だが、所得が下がっているなかではそれは難しい。自給率向上には価格を超えるコスト部分を補償する政策を採りつつ、国民的課題として雇用の安定による所得確保を追求すべきだ。 農政には国としてやるべきことをきちんとやってもらう必要があるが、地域は今や国の政策に振り回されるのではなく、自らワンフロア化や地域農業支援センター等の地域農業支援システムを構築し、交付金目当てのペーパー集落営農ではなく、ほんとうの協業集落営農や担い手の育成を追求し、アジアモンスーン地帯に位置する日本の水田農業の総合生産力の発揮、省資源的な自然循環型農業の確立をめざすべきだろう。雇用確保も国ではなく地方が先に動き出した。そういう時代がきたのが唯一の希望だ。
国民の食を守る具体策こそ交渉の基礎 フードチェーン改革で自給率向上をめざせ 東京大学大学院農学生命科学研究科 中嶋康博准教授 |
◆世界の食料事情への新たな認識を
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今年の穀物市場を振り返ってみて、世界の食料供給基盤が弱体化したような印象を持つ。投機資金が穀物市場に流入すると、あっという間に価格が吊り上げられてしまい、そして潮が引くように投機が収まると価格が一気に下落した。40年前に比べると世界の穀物生産は2.3倍に、輸出入量は2.8倍に拡大した。しかしグローバルなお金の流れはそのような規模をはるかに超えて増殖してしまったため、食料も資源もあらゆる実物経済は翻弄されている。 食料はかつてないほど短期間で価格が乱高下するようになった。生きるための基礎である食べものの値段がコロコロと変わるようになって人々は不安を感じないわけはない。 このような不安定な価格から国民を守るため、国家として何らかの措置をとるべきではないだろうか。 わが国がバブル崩壊後に苦しんでいる間に世界は経済成長し、途上国での食料需要が高まった。一時的な不況は需要に水を差すかもしれないが、潜在的な穀物需要は確実に高い。このように穀物市況は引き締まって、長年低水準だった価格が一段階高くなるのは避けられないだろう。 この10年でバイオ燃料向けの穀物マーケットが創造された。石油価格の低下が進むなか、米国がマーケット維持のためにバイオ燃料政策にどの程度の補助金をつけるかは不透明だ。しかしこれは温暖化対策の大義名分をつけた農家補助である。バイオ燃料マーケットを簡単につぶすことはないだろう。 日本の食料をめぐる事情はどうなるのか。グローバル化の進展と新興国の成長という新しい時代の到来を認識すべきであり、食料の確保について相当戦略的な対応が必要になる。それがWTO交渉の基礎となる。 カロリーベースの自給率を向上させるには、言うまでもなくコメ、麦、大豆の振興がポイントである。なかでも最も生産面で優位性をもつコメが鍵を握る。飼料米も利用しながら、水田がフル活用できるかどうか。理想をいえば、コメを輸出して自給率を「かせぐ」ようになればいうことはない。国際相場は下落し、円高が進行してしまい、輸出は再び厳しくなってはいるが、来るべきときに備えて米を輸出できるような体力をつくっていくことは大事だ。現場では常に品質向上とコストダウンが求められている。 もうひとつのカギは青果物。世界はますます豊かになり、高い品質の食べものへの引き合いが強くなる。わが国の野菜や果物での高い技術力は、国際競争力の源である。付加価値の高い農産物を振興して、金額ベースの自給率の向上に貢献させるべきだ。 金額ベースの自給率は日本農業の元気の指標でもある。
◆流通改革から農業強化を
しかし、国内農家の体力は確実に弱っている。国内での食料安定供給を実現するには、いかに農家にがんばってもらうか、その仕組みをいかにつくるかが大きな課題だ。要は手取りが上がらなければ意欲は湧かないのである。それが直接支払いだけで可能かどうかは疑問である。EUの直接支払いは環境に配慮した生産を条件に行われており、その背景には過剰生産を抑えるという目的がある。 一方、日本は自給率が低いのだから、農家にもっと生産してもらわなければ困る。国民の理解が得られるならば、価格支持をしたり肥料・農薬へ補助をしたりして、もっと生産増へのインセンティブを与えたいところである。しかし農業政策上の国際的に約束された規律があるために取り得る選択肢ではない。だとすれば消費者に買い支えてもらうしかないが、最近は景気が後退していることもあって、消費者はますます安い農産物を求める傾向にある。 そこで、加工から流通のフードチェーン全体のコストを下げ、その分を還元することで農家の手取りを少しでも多くすべきだろう。もうかるようになれば人手は集まり土地の利用率も向上する。長期的には後継者確保にもつながり、自給率の向上に貢献するのである。 ありとあらゆる技術力を駆使してコスト削減を目指す。生産だけでなく流通段階の技術開発にもっと戦略的な投資を行うべきである。特にロジスティックスの効率性を高めなければならない。農協での共同選果、共同出荷をもっと効率化できるのではないか。 コスト削減のためには取引慣行も見直すべきである。以前から言われているように、あまりにも農産物に見た目がいいものを要求し過ぎる。無理な規格・等級の強制は生産者を萎縮させる。品質向上は常に心がけなければならないし、味や栄養成分の向上は歓迎すべきである。しかし単なる外観のよさを追求することは出荷できないものを増やしているだけではないか。消費者の食べ残しが問題となっているが、生産や流通現場でのロスにも目を向けたい。そこを改善することでコストダウンが図れると考えるからである。 消費者にも理解してもらう必要があり、見た目でなく味本位で選んでもらって同じ価格で買ってもらうように説得しなければならない。まず消費者に農家や農業の実態を理解してもらうべきだ。そこには国土の保全や多面的機能の発揮も含まれる。食と農業への信頼が、健全な消費に結びつくだろう。これらは食育の中で取り組むことである。
◆大産地に求められる「協同」の心
近年、活況を呈している直売所であるが、それは規格を問わず生産されたものをすべて販売することのできる農産物の流通ルートとして高く評価したい。ただし分厚い消費者層をもつ都市部の直売所と、観光的な顧客が多い農村部の直売所とでは、異なった戦略をたてる必要がある。 都市部に人口が集中して、食品購買のほとんどが量販店に依存している現代の食料消費では、産地と連携した効率的な農産物の流通が欠かせない。産地から消費地への国産農産物のフードチェーンの安定化とコストダウンが国内農業振興の基礎である。 量販店や外食店はチェーンストア化が進み、産地としてある程度の規模が求められる。したがっていくら経営が優れていても限られた数の農家では対応できない。取引相手は数量の確保だけでなく、品質の安定を要求する。現代のフードシステムの中で大産地となるには、参加農家が標準化された農産物を安定して生産できなければならない。 あたかもひとつの農場のように心がひとつになれるかがポイントとなる。そこではあらためて協同の心が大事である。産地あげて記帳できるか、GAPに取り組めるか、トレーサビリティを導入できるかなどは、その試金石となるかもしれない。
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