◆農業者の政治力
一昨年の参議院選挙では、地方の農村票が選挙結果に大きく影響したといわれている。このため、その後、各政党とも農業政策に力をそそぐようになってきた。
農業の経済規模は、いまや経済全体の0.91%と小さくなったとはいえ、農家人口が全人口に占める割合は全国平均で8.9%もあって、まだまだ大きい。ここに農業問題の根源がある。
人口を労働力と読み替えて、農業の生産性は全産業平均の10分の1だ。だから不効率だ、とする考えがある。この考えによれば、不効率の原因である兼業農業者と高齢農業者を、農業から排除することが、農政の最重要な課題だという。
この農家人口率を県別にみると、図―1で示したようになる。あらためて言うまでもないが、農村部では大きく、秋田県などでは25%を超えている。
この割合は有権者の割合とみてよいから、農家の有権者が、ことに農村部で選挙に及ぼす影響はまだまだ大きいのである。
◆農政理念の対立
さて、主要な政党が掲げている農業政策を検討するのだが、ここでは個々の具体的な政策ではなく、そうした政策を掲げるに到った考え方、いわば農政理念にどのような対立軸があるのか、を考えてみよう。
具体的な政策は、現実的には実態に即して修正され、各政党ともそれほど大きな対立は見られなくなるが、しかし、基本的な考え方には、激しい対立がある。
また、各政党の政策といっても、個人ごとにそれぞれ異なった考えを持っているが、それらを集約した主要な政策文書をみると、そこには以下で述べるような鋭い対立がある。
◆農政理念の3極構造
前回の選挙公約などの主要な政策文書を、統計学を使って計量的に分析し、その結果を模式的に示したものが、図―2である。
この図でみられるように、主要な6政党の考え方は3つの極を作っている。自民党(自由民主党)と民主党と共産党(日本共産党)の3極である。その他の3党のうち、公明党と国民新党は自民党と民主党の間にあって、公明党は自民党に近く、国民新党は民主党に近いところに位置している。また、社民党(社会民主党)は民主党と共産党の中間に位置している。
◆農政の対立軸
この図の縦軸は国内政策で、横軸は対外政策と考えられる。つまり、図の中で右側に位置する自民党、公明党、国民新党、民主党の各党は農産物の輸入自由化を主張する政党である。
「自由化は避けられない」という言い方もしているが、そのような消極的な主張は政策理念にはなり得ない。輸入自由化を積極的に主張していると考えるべきだろう。
ここで注目すべきことは、2大政党である自民党と民主党が、そろって図の右側に位置していること、つまり、輸入自由化を主張していることである。この点では2大政党の間に対立点はないのである。厳しい対立は、共産党、社民党とその他の政党との間にみられる。
次に、図の縦軸をみると、それは、いわゆる構造政策を示していると考えられる。図の中で下に位置する政党は自民党と公明党で、わが国の農業構造を、大規模個人経営が太宗を占める構造に変えることを主張している。そのために農業政策は、大規模個人経営に集中すべきだ、としている。
民主党などは、これに反対して、すべての農業者を政策の対象にすべきだ、と主張している。この点では、2大政党である自民党と民主党の間に鋭い対立がある。
◆輸入自由化の対立軸
第1の対立軸である横軸の輸入自由化問題を、やや詳しく検討してみよう。この対立軸は「自由化は是か非か」というおおまかな検討ではなく、もっと詳細で、かつ数量的に検討する必要がある。
ほとんど全ての政党は、昨年から世界的規模で始まった食糧問題の深刻化のもとで、食糧自給率の向上を主張している。この主張と直接関係するのが、この対立軸である。
この対立軸を検討するには、農産物を全体として検討するのではなく、自給率の向上に直接大きな影響を及ぼす穀物など、基礎的食糧としての農産物と、それ以外の農産物とを分けて考えるべきだろう。その上で、わが国の穀物が輸入穀物と価格競争できるのかどうかを、数字を入れて、つまり価格とコストを考えて検討すべきである。
自由化の最も大きな影響は価格が下がり、国内生産が立ちゆかなくなり、自給率が下がってしまうことである。しかし、そうなっても、コストを償う補償金を政府が支払えば、自給率を向上できるという意見がある。
そこで、その場合、補償金の金額はどれ程になるのかを、数字をいれて考えてみよう。
◆農業者の矜持
筆者の試算によれば、米のばあい、内外価格差は最近縮小したとはいえ、まだ7倍である。だから自由化したばあい、農家は市場で消費者から販売代金として受け取る金額の6倍の金額を政府から受け取って、ようやくコストを償うことができて、生産を続けられる。
しかし、こうした政策は市場の機能を全面的に否定するだけでなく、農業者の誇りを傷つけることになりはしないか。そうした政策が、政策理念になり得るだろうか。
輸入自由化ではなく、輸入障壁を強固なものにして、「多様な農業の共存」という食糧主権の主張を、いまこそ政策理念として強く、そして高く掲げ、自給率の向上をはかるべきである。
◆構造政策の対立軸
第2の対立軸である縦軸の国内の構造政策について考えよう。ここでは経営の論理と経済の論理とを明確に分けて検討しなければならない。そして政策は経営の論理だけでなく、経済の論理も充分に考慮しなければならない。
経営の論理として、農業経営を若い専業農業者が個人で大規模に行うことは、たしかに効率的かもしれない。しかし、この論理は農業から疎外される兼業農業者や高齢者を、経営外のこととして全く考えない。この点で経済の論理を全く無視している。
そうした経営を選別して、そこに政策を集中しようとする考えは、農業者を分断し、農村に無用な反目と対立を生むだけだろう。人々の強いきずなを無残に切り裂くことになる。こうしたことが農村社会に受け入れられるだろうか。そうしたことは政策理念になり得ないのではないか。
一部の農業者だけを農政の対象にするという、いわゆる構造改革を、政策理念の次元で明確に否定して、すべての農業者とその協同組織を、分けへだてなく農政の対象にすべきだろう。
◆米でパンやメンや肉などを作る政策を
各政党とも、食糧主権の主張を強め、すべての農業者の協力のもとで、食糧自給率を向上させる政策を国策と定め、あらためて農政の最重要な理念にすべきである。
米を米粉にしてパンやメンを作り、また、餌にして肉や牛乳や卵を作れば、食糧自給率を英国なみの70%程度に引き上げることは、それ程むずかしいことではない。減反などしなくてよい。こうした政策こそが、大多数の国民の求めに応える政策である。