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改正農地法で農業の復権はできるのか?

地域農業との調和が焦点
東京農工大名誉教授 梶井功

 改正農地法など関連法案が今国会で成立、年末にも施行される見通しだ。今回の改正では農地の「所有」から「利用」へを大きな課題に掲げ、貸借に限っては株式会社の農業参入も認めた。同時にJAが直接、農業経営ができるようにもなる。農地と農業への新規参入をめぐるこれまでの経過と改正農地法の問題点を梶井功東京農工大名誉教授が指摘した。

改正農地法の問題点

◆財界の意向に沿った改正

 最初に、古い話で恐縮だが、12年前の1997年9月、新農基法を討論していた食料・農業・農村基本問題調査会に、経団連が提出した「農業基本法の見通しに関する提言」の一節を紹介しておきたい。“農業法人制度の充実”として、ア.事業要件の緩和、イ.構成員要件の緩和、ウ.役員要件の緩和を求めた後でだが、“株式会社形態による農業経営の導入”について、次のように書かれていた。
  “農地法転用規制の強化を前提に、株式会社の農地取得を認めるにあたっては、段階的に進めていくことが考えられる。例えば第一段階として、農業生産法人への株式会社の出資要件を大幅に緩和し、第2段階として、借地方式による株式会社の営農を認める。そして最終的に、一定の条件の下で株式会社の農地取得を認める方式が考えられる。2000年11月農地法改正で農業生産法人の一形態として株式会社容認、03年4月特区法に基き、農業特区での一般株式会社のリース方式営農開始、05年9月経営基盤強化法改正による町村指定地区での一般株式会社の借地営農全国化、そして借地営農なら全国どこでも一般株式会社の農業参入を容認する今回の農地法改正である。経団連主張の“第2段階”はここに終了、ということになる。民法原則を超える賃貸借期間50年の設定(第十九条)も、財界の要望に応える改正である。
 05年の一般株式会社営農全国化案を盛り込んだ新「基本計画」が閣議決定された日、企画部会専門委員でもあった経団連の立花専務は
  “特区で認められているリース方式の全国化が決まったことは一歩前進。ただ、2〜3年後まではリース方式の功罪を検証して、議論をさらに進める必要がある。農地をどう有効利用するのかという観点で株式会社の農地取得も再検討してもらいたい” (05.3.25日本農業新聞)
と語っていた。経団連のいう“最終的”段階に入る宣言だったのであろう。“第2段階”の終了を踏まえて、財界は“最終的”段階への動きを強めるであろうが、そうさせてはならないのではないか。

◆守られた耕作者主義

 今回の農地法改正は、政府案が衆議院で可決された後で、民主党により修正案がつくられ、その修正案で改正法成立となっている。これまでの農地法を貫いていた耕作者主義を完全に否定していた政府案を修正、耕作者主義を原則的に再確認したことは“最終的”段階への移行は認めないという意思表示であり、その意味は大きい。民主党の功績としてよく、今後も守っていかなければならないと私は考える。
 修正でもう1つ注目しておく必要があるのは、“地域との調和に配慮した”という一句が第一条に入ったことである。政府案では“農地を効率的に利用する者による権利を取得し”という条文だったのを“農地を効率的に利用する耕作者による地域との調和に配慮した農地についての権利の取得を促進し”と波線部分を付け加えたのだが、この“調和に配慮”すべきことは、更に農地法全体の(運用上の配慮)を規定する第六十三条の二の新設という形で念押しされている。こういう規定は珍しいから全文を掲げておこう。
  第六十三条の二
  この法律の運用に当たっては、わが国の農業が家族農業経営、法人による農業経営等の経営形態が異なる農業者や様々な経営規模の農業者など多様な農業者により、及びその連携の下に担われていること等を踏まえ、農業の経営形態、経営規模等についての農業者の主体的な判断に基づく様々な農業に関する取り組みを尊重するとともに、地域における貴重な資源である農地が地域との調和を図りつつ農業上有効に利用されるよう配慮しなければならない。
 “地域の農業における他の農業者との適切な役割分担の元に継続的かつ安定的に農業経営を行うと見込まれること”も、一般企業等の賃借権設定に当たっての許可条件とすることが修正で第三条3項二号としてつけ加えられている。農水省は“地域の調和に支障を来すため、農地の権利取得が認められないケースとして、(1)集落営農や担い手農家による面的にまとまった形での農地利用が分断される場合や(2)水利調整などの取り組みに参加せず、地域の取り組みが阻害される場合”などを、農地制度改革全国説明会で例示したという(6・27日本農業新聞)。“むら”仕事に参加しないような一匹狼は駄目ということを、役所ではなく“むら”できめるべきだろう。

◆転用規制の強化の意義

 今度の改正のもう一つの目玉は、農地転用規制の強化、耕作放棄地解消の促進のための法整備である。農地転用には4ha未満は都道府県知事、4ha以上は農水大臣の許可が必要(第四条、第五条)だが、従来は“国又は都道府県が農地を農地以外のものにする場合”は許可不要だった(第四条1項三号)。それを、引き続き許可不要とするのは“農林水産省令で定めるものの用に供するため”に限定し(第四条1項二号)、病院や学校等の公共施設は農水省令には入れないことにするし、“違法転用に対する処分としては、従来は“原状回復”命令を出すことしかなかったが(第八十三条の二)、今回の改正で都道府県知事による行政代執行制度が創設された(第五十一条3〜5項)ことは注目しておくべきだろう。
 耕作放棄地は、農用地利用増進法89年改正以来、“その農業上の利用の程度がその周辺の地域における農地の利用の程度に比し著しく劣っていると認められる農地”と一緒にして「遊休農地」とされ、これまでは利用増進法を引き継いだ農業経営基盤強化促進法の「第四章の二遊休農地の農業上の利用の増進に関する措置」によってその解消が図られてきたが、今回の農地法改正で、この基盤強化法第四章の二は農地法に移され、「第四章遊休農地に関する措置」となった。農業委員会の毎年一回の“農地の利用の状態についての調査”に始まり(第三十条1項)、最終的には県知事裁定による強制的な特定利用権設定(第四十条)に至る諸措置が詳細に規定されている。1975年農振法などで導入されて以来34年間、一度も発動されたことのない特定利用権活用に行政は意欲を燃やしているようだが、強制的権利設定として“私有財産権に対し制約を課する”ことが、“私有財産権の侵害にならない”ように、慎重な配慮が求められよう(“”内は75年農振法改正施行通達にあった表現である)。

◆農協の農業経営をどう考えるか

 “私有財産権の侵害”の惧れを、私は“集積”加速のために今回新設された“農地所有者代理事業”(経営基盤強化法第四条3項一号イ)にも持つものだが、ここでは指摘にとどめておく。最後にふれておきたいのは農協の農業経営についてである。
 農協の農業経営としては、これまで“組合員の委託を受けて行う農業の経営”(農協法第十条2項)と農地保有合理化法人として行う研修目的の農業経営(農協法第十一条の三十一1項)が認められていたが、一般株式会社の借地営農を自由化したのとあわせて、今回の法改正で、農協にも研修目的と限定しない農業経営が認められた(農協法第十一条の三十一1項一号、研修目的営農は二号になった)。しかも、改正前は、研修目的であっても農協が農業経営を営むには正組合員の“三分の二以上の書面による同意を得なければならない”となっていたのに、今度の改正では特別議決並みの議決でもいいことになった。これまでは、組合員の営農と競合しかねない事業には“その組合員・・・のために最大の奉仕をすることを目的”(農協法第八条)とする農協は慎重であるべき、ということだったのに、それを崩してしまったのである。
 本当に農協が営農に取り組まなければならないとしたら、農協出資農業生産法人による営農という道もあることを考慮しながら、農協は自らが営農することの是非を真剣に検討する必要があろう。

(2009.07.08)