クローズアップ 農政・フードビジネス

農政

一覧に戻る

関税ゼロなら自給率は12%に なぜ日米FTAが問題なのか?

 JAグループはこの夏、漁連や森林組合、生協などとともに「日米FTA(自由貿易協定)断固阻止」に向けた代表者集会や全国緊急集会を開いた。民主党のマニフェストに「日米FTA締結」が盛り込まれたからで、同党は公示前の正式なマニフェストでは「交渉促進」と修正した。ただし、JAグループが集会で強く訴えたのは、どの政権であっても農産物関税をゼロにするFTA交渉は認められないという点だ。改めてFTA協定が日本農業と地域経済に与える影響について整理してみた。

◆関税ゼロ交渉が原則

 8月12日の緊急国民集会で実行委員会委員長の茂木守JA全中会長は、8年におよぶWTO交渉のなかで、農業の多面的機能と持続的な発展が、いかに国民生活にとって大事か訴えてきた運動の努力が「日米FTAのたった5文字で吹き飛ばされようとしている」と声を荒げた。
 WTO(世界貿易機関)協定とFTA(自由貿易協定)とはどこが違うのか。
 WTOは多国間で貿易ルールを取り決めるものであり、FTAは二国間または複数国間での貿易自由化協定である。
 WTOは現在、153か国・地域が加盟し、加盟国に共通に適用される貿易ルールを策定する。2000年にスタートした現在のドーハ交渉では昨年夏にモダリティ合意に至らず決裂したが、このモダリティが各国共通の原則となるものである。
 そのうえで各国は関税率などを決めることになるが、これは全加盟国に対して同じ条件とする。
 WTO交渉は基本的には貿易自由化を促進するためのものだが、農産物貿易については、各国の食料安全保障や農業が持っている多面的な機能に配慮して「漸進的」に自由化していくことにしている。国境の壁を低くすること、すなわち関税の引き下げは行うものの、その削減幅やその他、農業保護措置についての削減の仕方が交渉の焦点となる。
 これに対してFTAは互いの国の関税をゼロにしてしまおうという協定である。
 しかも、FTAは90%以上、つまり実質すべての貿易について「10年以内に関税撤廃」するとWTOルールでは規定している。だから、農産物だけ協定の対象から除外することはできず「FTAとはあらゆる障壁を丸裸にするもの」(JA全中・冨士専務)なのである。

◆農は崩壊、失業も増大

 日米間の貿易の現状をみると、対米輸出の30%を自動車が占める。一方、米国からの輸入では農林水産品が28%とほぼ3割。対日輸出でこれほどのウエートがある農林水産物を米国が協定の対象からはずすわけがない。
 輸入農産物を品目別にみると、米国産は、コメ、小麦、豚肉、かんきつ類で1位を占める。輸入牛肉も米国のBSE発生前は46%のシェアだった。
 これらの品目の価格は1kgあたりで米は約140円、小麦約30円、たまねぎ約33円、牛肉約550円となっている(全中資料より)。しかもこれは現在の関税やその他の国境措置があっての価格である。
 では、かりにすべての関税が撤廃されたらどうなるか。
 農林水産省の試算では、内外価格差が大きく品質に差もない米、麦、砂糖、牛乳・乳製品、牛・豚肉などは市場を失って生産は激減。農業生産額は約3兆6000億円も減るとしている。現在の農業生産額は9兆円ほど。42%も失われるわけで、農業所得増大を望む生産者や農村の期待に逆行し、壊滅的な状況になる。
 しかも打撃を受けるのは、食品加工業だけでない。生産資材、農業機械、運送など関連産業にも及び、GDPも約9兆円減る。
 これにともなって、約375万人もの就業機会が失われるという。 そして国内農業が壊滅的になると、食料自給率は41%からなんと12%まで低下してしまうと試算結果が出ている。
 農林水産省は「国民の食料のほとんどを輸入農産物に依存せざる得ず、食料調達の局面で輸出国主導の交渉を迫られるなど、食料安全保障上の不安定要素が増大する」と強調している。

農産物関税撤廃の際の影響試算と米国産農畜産物の輸入価格

◆WTO交渉にも影響

 米国とFTAを締結したお隣の韓国。
 米については関税撤廃の対象から除外できたものの、牛肉は15年以内に段階的に撤廃、豚肉の冷凍・加工製品は2014年までに撤廃。乳製品では輸入数量を2倍に拡大するなど、猶予期間のある品目があるものの、基本は関税撤廃に合意した。
 関税撤廃までに猶予期間があったとして、その間に競争力をつけることなどできるだろうか。
 日本の場合、農家1戸あたりの農地面積では米国176haに対して日本は1.6haだ。農地面積自体、米国はわが国の80倍を超える4億1000万haある。また、関税の撤廃だけでなく、植物検疫などの見直しを迫られることも考えられ、そうなれば安心・安全の確保も揺らぎかねない。
 日本政府はFTAを含むEPA(経済連携協定)については、WTOによる多角的貿易体制を補完するものと位置づけ、農林水産分野は食料安全保障の視点、自由化が困難な品目への適切な配慮、などをふまえて、交渉相手国を決定するとしている。米国をFTAの交渉相手国とする場合、こうした条件を満たすとは考えられない、という点も集会では強調された。「日米FTAは交渉に入ることも絶対に認めるわけにはいかない」と茂木会長は訴え、「自給率向上を求める国民を裏切るもの。行き過ぎた市場原理を見直す世論が高まっているなか、党派を超えた国民運動を展開していくことが重要」と強調した。
 総選挙の結果がどうなるにしろ、この問題は「国のあり方」に関わる国民的な重要問題であることを改めて認識したい。

 

対日農林水産物輸出上位国と主要農産物の輸入額に占める国別シェア

(2009.08.25)