自給率向上と農村の活性化なるか
発足1カ月、現場の声をどう反映?
政治主導―――――●
政務三役会議
東京・霞が関の農林水産省正面玄関脇――。新体制発足以来、連日、4台、または5台の公用車が長時間、駐車している。
新政権が掲げる「政治主導」を象徴する光景かどうかはともかく、自公政権時代にはほとんど見られなかったことは確か。車から降り立ち省内の執務室に入るのは赤松大臣、山田、郡司両副大臣、佐々木、舟山両大臣政務官だ。
9月16日に発足した鳩山政権は同日「政・官の在り方」を申し合わせた。「政」と「官」の役割分担を明記し「政策の立案・調整・決定は政が責任を持って行う」こととされた。
具体的には大臣、副大臣、政務官で構成する「政務三役会議」で政策を決めることになった。
赤松大臣は副大臣、政務官の人選には、農政への意欲、経験などを考慮した自らの意向が反映されていると自公政権時代の「派閥推薦人事とは違う」と強調、大臣チームとして一体感があるとしばしば胸を張っている
その政務三役の最初の大きな課題は今年度2次補正予算のカット。
マニフェストに掲げた重点政策の来年度実施に向け財源を捻出するため、新設された行政刷新会議(仙石由人大臣)が求めた。
農林水産省の同予算額は1兆302億円。10月6日に示した見直し案では4763億円を返納。削減率は46%と省庁のなかではトップとなった。
見直し案で生産現場からも疑問の声が上がったのが農地集積加速化事業だ。農地の「所有」と「利用」を分離する改正農地法を背景に、農地の「貸し手」にも交付金を出し利用集積を促進しようというのが前政権の考え方だった。
しかし、新政権はこの予算2979億円を全額返納。山田正彦副大臣は、「借り手がいないのに、貸し手側に助成するのはおかしい。借り手が十分に農業ができるような政策が必要」と政務三役の結論を説明、戸別所得補償制度の創設などで経営支援を重視するために予算を使う方針を打ち出した。
結局、2次補正予算の農水省見直し分は同省案どおり10月16日に閣議決定した。
一方、戸別所得補償制度の検討に向けて10月1日、大臣を本部長とする推進本部を発足させた。制度設計など具体化を進めるチーム長は山田副大臣。チーム長代理を井出事務官が務め専任11人の職員で検討作業が始まった。
政府・与党一元化――●
農林水産政策会議
10月6日朝―。永田町の参議院議員会館1階の会議室は人でごった返していた。
開かれたのは農林水産政策会議だ。新政権は、政府・与党で政策決定を一元化する方針で、党に部門ごとの会議は設置せず、副大臣が主催する政策会議を設置、与党議員が出席し意見を述べる場とした。
前政権では、政策はたとえば自民党の農業基本政策委員会をはじめ品目、対策別の部会で生産現場の意見も聞きながら議論をした。しかし、“政府対与党の2元構造”が生まれるとして民主党は政務調査会を廃止した。
農林水産政策会議はこの日、他省庁に先駆けて開かれたこともあって注目された。
初会合でもあるため、赤松大臣もあいさつ。事務次官会議を廃止したことで閣議での議論活発になったことや、政務三役会議の取り組みについて「たとえば補正(予算)の切り込みでは役所側と毎日6時間かけて大議論してきた」などと紹介、「まさに世の中が変わったということ。政府・与党一体となって国民のための政策をつくっていきたい」と述べた。
この会議の位置づけについて郡司副大臣は、与党議員からの意見を政務三役が聞き持ち帰ることが原則で、政策決定の場ではない旨を説明したが「それだけで十分か、暗中模索、試行錯誤をしながらやっていく」として議員の意見の反映の仕方や陳情の問題などを今後、検討していく可能性も示した。
議題は戸別所得補償制度推進本部の設置や米の作柄、豚肉の調整保管などすでに公表された案件。出席議員からは戸別所得補償制度に関する声がほとんどで工程表や対象品目、モデル事業のあり方などで意見が出た。
ただし、今のところ会議は非公開。取材での立ち入りが許されるのは冒頭あいさつまで。10月15日の第2回会合では会議室前の廊下からも取材陣は追い出された。
会合後には概要説明の記者レクが行われているが、初会合後に質問が集中したのは「なぜ、公開しないのか?」。佐々木政務官の答えは「官邸の意向」というものだった。政策決定の透明性が重視されるなか、この会議のあり方は新政権全体の課題となる。
また、社民党、国民新党の与党議員も出席できるが、これまでのところ議員本人の出席は確認されていない。
マニフェスト重視―――――●
22年度概算要求
10月15日、平成22年度の農林水産予算概算要求が公表された。正確には新政権後の“再提出”となる。検討・作業期間は約2週間だった。
政府の概算要求最提出の基準は、子ども手当や戸別所得補償制度のモデル事業実施などマニフェストの重点実施事項7.1兆円分の実現をめざす政策については新規要求は認めるが、既存の予算は今年度当初予算額より減額するというもの。
農林水産では、既存予算分で公共事業15%カットなどで2兆4071億円と前年比94%とし、これとは別枠で戸別所得補償制度のモデル事業として3447億円と計2兆7518億円を要求した。
戸別所得補償のモデル事業は、地域限定実施にすると「ある、なし(の地域差)が出ておかしなことになる。できるだけ多くの人に、と米を対象にした」(山田副大臣)として、米の生産目標数量に即した生産を行った販売農家(集落営農も含む)を対象にモデル事業を行う。
仕組みは経営費と8割の家族労働費をもとにした標準的な生産費(過去数年分の平均)と標準的な販売価格(過去数年分の平均)の差を定額支払いとして交付するもの。
定額交付は販売価格が上昇しても支払われる。
問題は支払いが行われる来年の販売価格が標準販売価格よりも低下した場合。定額交付だけでは生産費との差を埋める補償にならない。会見では、定額交付金の水準は今後検討するとした(「水田利活用自給力向上事業」下図参照)。
また、品質や数量等に応じた加算部分も入れるのが基本方針だが、過剰基調の米をモデル事業とするために「数量加算は考えにくい」(郡司副大臣)という。
交付金水準を決めるには基準となる生産費、販売価格の算定年数、生産費の考え方など、さらに精査するとしている。「家族労働費の補償水準を8割とするかどうか」も検討事項となる可能性もあるという。
生産目標数量は11月末に示されるこれまでの米の需要量情報が活用される見込み。対象は水稲作付け面積で135万haになるといい「11月中旬までには定額部分(の水準)は出したい」と山田副大臣は話した。予算額は3371億円。
合わせて麦、大豆、飼料作物や、新規需要米、そば・なたねなどにも「主食用米並の所得を確保できる」水準を直接支払いする「水田利活用自給率向上事業」も盛り込んだ(「米の戸別所得補償モデル事業」下表参照)。
産地確立交付金、水田等有効活用促進交付金などを廃止して組み替えた。予算額は2167億円。この事業による交付は米の生産数量目標に即した生産を行うかどうかにかかわらず、すべての生産者が対象になる。
そのほか、本格実施に向けて統計事業調査の強化や、現場での事業推進、要件確認などを行う市町村に必要経費を助成する関連事業も盛り込まれた。
同時に水田・畑作経営安定対策による品目横断的な支払いの仕組みは残る(2430億円)。
今後、モデル事業が現場に浸透するためには分かりやすい仕組みの説明が求められると同時に、主食用米の計画生産確保を含め、需給調整対策をどう新政権農政が考えているのか、なども焦点になると思われる。
(写真)東京・霞が関の農林水産省本省玄関脇。副大臣、大臣政務官の公用車が連日、夜遅くまで駐車している。
重要品目8%を主張――●
国際交渉
赤松大臣は10月8日から10日にかけて訪米しUSTR(米国通商代表部)のカーク代表らと会談した。
WTO農業交渉では日本は多様な農業の共存を理念としていることを強調、(1)重要品目の十分な数の確保(8%を基本)、(2)関税削減率の緩和など重要品目の柔軟な取り扱い、(3)上限関税導入は認められない、(4)関税割り当ての新設を認めること、と従来の日本の主張と変わらないことを強調、輸入国、輸出国がともに納得できる貿易ルールが必要だと話した。
そのほか、カーク代表は米国産牛肉の全面輸入解禁と、ミニマム・アクセス(MA)米の扱いについて日本側の考えを聞いた。
牛肉全面輸入解禁は米国がOIE(国際獣疫事務局)基準で「管理されたリスクの国」とされたことを理由に要求したもの。
これに対し赤松農相は、日本には科学的知見から判断する独立機関として食品安全委員会があることを説明、政府間の取り決めで結論が出せるものではないことを伝えた。
また、MA米については「国内では反対意見があるが、国際的な約束なのでしっかり守っていく」と答えMA米の輸入を続けることを表明した。なお、会談では日米FTAについては話題にならなかったという。
自給率50%を目標――●
基本計画見直しの審議会再開
10月21日には基本計画見直し議論が再開される。赤松農相は就任会見で基本計画の見直し作業や審議会のあり方について検討課題とする意向を示したが、現行基本法で農政を展開していくうえでは審議会の答申に基づく新基本計画の策定が必要と判断、前政権が示した方針どおり来年3月の策定をめざす。審議会の委員に交代はない。
計画の骨子は戸別所得補償制度になり、自給率目標は50%を掲げる。これは総選挙ではどの政党も掲げている目標でもあり「反対するとしたら役所ぐらい」(農水省内の声)の状況だからでもある。
問題は基本計画は5年計画であることから、民主党がマニフェストに掲げた畜産・酪農まで戸別所得補償制度を導入するという方針をどう盛り込むかなどになりそうだ。
いずれにしても再開される企画部会は国民各層から選ばれた審議会委員が公式に新政権農政を議論する初の場となる。
同時に生産現場などの声をどう施策に反映させていくのか、その仕組みも注目される。
(写真)10月6日朝、参議院議会会館で開かれた第1回農林水産政策会議。「国民のための政策をつくる」と赤松農相