食料増産と「連帯」で
食料安保を実現しよう
◆食料危機の反省を
シンポジウムではEU農業団体連合会(COPA)のパトレイグ・ウォルシュ会長(アイルランド農業者連盟会長)、家族農業者を主体とする米国ファーマーズユニオン(NFU)のロバート・カールソン国際担当理事、FAO(国連食糧農業機関)日本事務所の横山光弘所長と主催のJA全中・茂木守会長が話し合った。
茂木会長は(1)貿易自由化が持続可能な農業を破壊してはならない、(2)自由化によって農業の多面的機能が失われてはならない、(3)07、08年の世界食料危機の反省に立った農産物貿易ルールの確立を、の3つがWTO交渉の基本的視点であるべきとし、世界の食料安保の確立こそが重要となっていることを強調した。
(写真)JA全中・茂木守会長
◆飢餓人口10億超える
FAO日本事務所の横山所長によると世界人口は68億人だが飢餓・栄養不足人口は09年に初めて10億人を超えた。
07〜08年にかけて起きた食料危機では22か国以上で暴動が起きた。 その大きな背景はバイオエタノール製造など農産物とエネルギー市場との結びつきだ。原油価格が高騰すると、代替エネルギー源としてのトウモロコシ価格が上昇、それが小麦など他の食料にも連鎖するという現象が生まれた。07、08年は不作ではなかったにも関わらず、利益を求めて世界を駆けめぐる膨大なマネーが流入、農産物価格をつり上げたのだ。
この食料価格の急騰で自国内の供給を優先した輸出国は輸出規制を実施、08年では約20か国に及んだ。その結果、さらに途上国などの貧困層が食料を手に入れられなくなった―。
今後、世界人口は2050年に91億人に。食料需要は現在より7割増えると見込まれている。しかし、灌漑設備などインフラ問題を考えると農地は世界で5%しか増やせないというのがFAOの見通しだ。水不足(参考下図)、気候変動による農業生産への影響も心配されており、たとえばアフリカでは15〜30%も低下するとの予測がある。
横山所長は「各国農業の持続的発展が食料安保の前提条件。そのために責任ある農業投資などが必要だ。健全な農業セクターがあってこそ貧困と飢餓の根絶が可能になる」と強調した。
(写真)FAO日本事務所・横山光弘所長
◆米国農家も自由化を疑問視
NFUのカールソン理事は「自由貿易をすれば食料問題を解決できるのか。そうではないことが07、08年に分かった」と話した。
米国の農業者の考え方も変わってきたという。1980年代には「自由貿易に心を躍らせていた」。世界で市場開放を進め貧しい国には食料を輸出すればいいと考えていた。しかし、自由化で農業が潰れ都会に出ていった途上国の人たちは「実際はお金がなくて食料を買えないことが分かった」。 カールソン理事は「途上国は農業が中心。農業所得の増加こそ必要だ。食料の不安が増せば世界は不安定になる」と語った。
また、公正な価格で生産できることが大切で「それが実現できなければ農業は破壊される。WTOは競争をさせたがっているが、われわれ農業者はもっと協力したいのだ」と強調した。
(写真)米国ファーマーズユニオン・ロバート・カールソン国際担当理事
◆途上国を支援する各国の農協
COPAのウォルシュ会長は19世紀なかばのアイルランドのジャガイモ飢饉を話した。200万人が餓死するという「悲惨な状況」だったといい、「基幹作物の輸入依存は危険」と強調した。
国内の消費者から支持されるようEUではトレーサビリティや表示に力を入れてきたが、海外農産物にはそうしたルールはなく、自由化のもとで大規模農業や多国籍企業に打ち勝つことが難しくなっていると指摘。途上国もまたこうしたリスクにさらされているとして「フリートレード(自由貿易)は生産を減らす。フェアトレード(公正な貿易)は生産を増やす。この常識をWTOに持ち込むよう政治に問いかけ続ける必要がある」と呼びかけた。
また、米国からもEUからも農協組織が途上国の農業を支援している報告があった。茂木会長はJAグループの「アジアとの共生募金」で各国のプロジェクトを支援していることを紹介。「アジアの農業者が求めているのは生産力の強化と安定。先進国の関税削減ではない」と話し、シンポジウムを通じ「食料は生命維持に不可欠で工業と同一に扱ってはならないことが共有できた。自由化そのものを目的としたWTO議長案は受け入れられない」として今後の連携の必要性を訴えた。
(写真)EU農業団体連合会・パトレイグ・ウォルシュ会長
共同宣言(要旨)
「我々は一貫性を求める」
●世界の農業者の主張:WTO貿易合意は食料の安全保障や安定供給を担う農業者の能力を弱体化させるな
・この文書に署名したアフリカ、アメリカ、アジア、欧州の農業団体はWTO農業交渉に強い懸念を有する。
・かりに現在のWTO合意案が実行されるならば、国民に対して食料安全保障を確保し、活力ある農村社会を維持し、世界の貴重な土地資源を守るという農業の特別な役割が完全に損なわれてしまう。
・この合意案は大規模企業的農業者と多国籍企業を利するもの。小規模で脆弱な家族農業者に犠牲を強いる。
これはWTO加盟国が貧困と飢餓を削減するために行ってきた国際約束(世界人権宣言、国連ミレニアム開発目標など)と完全に矛盾する。
・WTO農業協定20条では非貿易的関心事項を尊重していく権利が合意された。現在の交渉はこの約束が無視されている。
・我々は政府・国会に対し非貿易的関心事項に配慮し、既存の国際約束と一貫性を持った公正な合意に達するよう求める。
・貿易は人類の発展を可能にする一つの手段であって貿易それ自体を目的化してはならない。食料は人間の生命にとって不可欠であり、他の商品と同様に扱ってはならない。
・世界中のすべての農業者が持続可能な方法で生産力を増強するには自由化の度合いは軽減されなければならない。悪い合意ならしないほうがよい。
【基本理念】
●自給率を向上させ食料安全保障を確立するためすべての国には国内で消費する食料を生産する権利がある。
●食料供給と価格の安定を図るため貿易ルールにおいて供給管理などの政策措置が認められなければならない。
【具体的な考え方】
●関税削減は主要輸出国だけでなくすべての加盟国の立場を反映しなければならない。
●十分な数の重要品目の自主選択を可能とし、これらが輸入の影響を受けやすいことを配慮して、最大限の柔軟性をもって取り扱わなければならない。
●いかなる形態の上限関税もまったく受け入れられない。
●セーフガード(緊急輸入制限)措置は途上国と先進国の双方に維持されなければならない。
●輸出禁止・制限措置、輸出税のルールを強化すべき。
2010年3月18日WTO農業交渉対策国際シンポジウム