◆小麦7ドル台へ上昇
小麦は当初、世界全体で生産量が消費量を3年連続で上回り世界的に需給は緩和するとの見込みがあった。実際に米国の冬小麦の収穫量や春小麦の作付けが順調だったことから、小麦の価格(シカゴ取引所価格)は1ブッシェル(約27kg)5ドル台から4ドル台へと値が下がった。
しかし、6月以降はカナダが天候不順で減産見通しとなったほか、ヨーロッパ北部から黒海沿岸で高温乾燥が伝えられた。それにともなって価格が上昇しはじめ、さらに8月5日にロシア政府が穀物輸出の禁止を発表したことから、昨年(8月第1週末)は1ブッシェル4.9ドルだったのが同7.26ドルという高騰をまねいた。現在も7ドル台で推移している(下のグラフ参照)。
08年の高騰時の12.8ドルにくらべれば低いものの、06年価格の1.9倍となっている。
米国農務省の予想では小麦生産量は、ロシアが前年度比▲1670万tで4500万t、カザフスタン同▲550万t、ウクライナ同▲390万t、トルコ▲145万tなどとなっている。
一方、増産が見込まれるのはアルゼンチン(240万t増)、豪州(50万t)、米国(133万t)などがあるが、世界全体の小麦生産量は前年度比▲3456万tの6億4570万tと予想している。前年度比で5.1%の減少だ。
消費量はインドの増加(前年度比423万t)のほか、ロシアでは飼料用需要増で720万t多くなるとの予想だ。世界の消費量は2%増の6億6494万tの見込みとなり「生産量が消費量を上回る」見込みがここに来て崩れた。
期末在庫量も前年度比9.9%減の1億7476万tとなる。
◆中国、インドで小麦在庫の4割超
小麦の期末在庫は前年度より減少するものの07/08年の1億24867tにくらべれば、4億9000万tも多い。
FAO(国連食糧農業機関)が安全圏だとする世界の小麦期末在庫率は25〜26%(全穀物では17〜18%)だが、07/08のそれは20.2%だったから安全圏ではなかった。それに対して8月予想の期末在庫率は26.3%だ。ロシア等の不作で生産量が減り、在庫も減るといっても、期末在庫率(期末在庫量÷消費量×100)からみれば十分な供給力があることになる。
ただ「在庫率に惑わされず、在庫の中身をみるべきだ」との声を最近は専門家や穀物取引の現場からしばしば聞く。
たとえば、世界の小麦在庫量のうち中国はもっとも多い6339万tを抱え実に36.3%を占める。つぎに多いのが米国で2592万t。そしてその次はインドの1448万t。インドはEU27よりも在庫量が多い。
中国は07/08年から2400万tも在庫を増やした。インドも900万t近くも増やした。こうした動向について、米国と違って人口大国のこの両国の在庫は「(自国の)食料安全保障のための備蓄の増分なのだ」(農業情報研究所・北林寿信氏)との指摘がある。
したがって、世界の小麦需給がひっ迫したからといってもこれが世界市場に出てくるとは限らないともいえる。
そう考えて中国とインドを除いた期末在庫率を計算してみると、結果は20.3%となった。FAOが示す安全圏には届かないことになる(上の図)。これは他の穀物でも同様で、米の期末在庫率は今回の米国農務省発表では21.4%だが、中国を計算から除くと17.2%になる。とうもろこしも、16.7%が11.9%となる。いずれも安全水準を下回る。
小麦に話を戻すと、EUの期末在庫量は前年度より500万t在庫を減らし1000万tとなっている。その他の国で世界に供給できそうな余力のある在庫といえば米国の2600万tぐらいだ。しかし、先にも触れたように世界全体の小麦生産量予測は前年度より▲3400万tである。こう見ると今の在庫で生産減少を補うことができるのだろうかと疑問になる実態が見えてきはしないか。
日本はロシアからの小麦輸入はないから、今回の禁輸措置は確かに「直接、影響はない」(山田農相)だろう。しかし、小麦価格の高騰は食料品に影響しないはずはなく、トウモロコシ、大豆も06年水準の1.9倍程度の高値となっている。何よりも中国、インドの在庫増が自国のための備蓄増であれば、ここで試算したように世界の在庫水準は安全とはいえない。自国の食料確保策がいかに重要になっているか、今の事態は改めて示している。
(冒頭写真はFAOニュースレター8月号から)