◆ロシアの禁輸が契機
今回の穀物価格の高騰はロシアの干ばつ、カナダの豪雨、EUの洪水(東部)、熱波(西部)などによる小麦の減産がきっかけとなった。加えて、130年ぶりといわれる干ばつに見舞われたロシアでは、プーチン首相が昨年8月5日、小麦、大麦、トウモロコシなどの禁輸を決定する文書に署名、輸出規制に踏み切った。
ロシア農業省によると今年1月現在で小麦の生産量(10/11年度)は4150万t。前年度の6170万tより▲32.7%となる見込みだ。
この影響を受けたのが北アフリカと中東地域。この地域はロシアから小麦を調達してきた。ロシアの輸出先はエジプト29%、トルコ13%、シリア8%、リビアやパキスタンが5%となっている。
これらの国ではロシアの禁輸によって小麦の調達先を豪州に変更しようとした。豪州は報道されたように一部地域で洪水被害に見舞われたが、全体としては豊作の見込みとなっている。ただし、降雨による品質の低下から飼料用には使えても、食用は不足する事態となった。
◆高くて買えない!
一方、米国の在庫量は豊富だ。価格高騰した07/08年度の期末在庫量830万t(13%)にくらべて、10/11年度は2200万t。在庫率は33%と価格高騰時の2倍以上に上昇している。
世界全体の期末在庫率でも26.7%と、FAO(国連食糧農業機関)が示す安全基準(小麦:25〜26%)を上回っている。
つまり、世界全体では小麦の量は確保されていた。では、なぜ北アフリカなどで暴動が起きているのか?
「米国産小麦は良質。しかしその分、高い。高いけれども米国にしか在庫が豊富にないから買いに走る。だからまた高騰する、という構図」と農水省食料安全保障課は解説する。
08年時は、小麦の不足から穀物価格が高騰し、自国の国内価格を抑えるために米の輸出国でさえも輸出禁止したために、主食の米を輸入に頼っていたインドネシアやフィリピン、ハイチなどで暴動が起きた。
一方、今回は「量としてはある」状況。しかし、「高くて買えない」という現実が貧困に苦しむ民衆の不満を爆発させたようだ。
現在、小麦の国際価格は08年ピーク時の65%程度となっている。
今後はどうなるのか?
穀物取引の関係者は「小麦の価格は必ず上昇する」とみる。その根拠は史上最低水準のトウモロコシの期末在庫率にある――。
需給ひっ迫、予断許さず
米国のトウモロコシ在庫 過去最低水準
米国の在庫率5%の衝撃
2月9日、米国農務省が発表した米国の主要穀物需要見通しに関係者の間に衝撃が走った。
今年度(10/11年)のトウモロコシの期末在庫率を先月発表から下方修正、5%としたからだ。これは95/96年と並ぶ過去最低水準だ。
空前の価格高騰で日本の畜産農家にも飼料価格上昇の大打撃を与えたのが08年だが、その前年の米国在庫量はそれでも3300万tあった。しかし、2月公表データでは1700万tと大幅な落ち込みとなっている。
業界関係者によれば米国は期末在庫率が5%を下回ることはないとかねてから強調していたという。これを下回れば輸出入業務に支障が生じることもあるといわれていた。その意味では「5%は、まさに限界――」。
トウモロコシ価格はロシアなどの小麦の不作で、昨年夏以降、飼料用需要がトウモロコシにシフトしたことから上がり、大豆もそれに連動して上昇し始めた。
ただし、当初は米国産トウモロコシは豊作との予想が出ていた。ところが昨年9月、米国農務省は単収の減少により大幅に生産量見込みを下方修正した。それ以降、上昇を続けている。2月11日の国際価格は278ドル(1t、以下同)と08年のピーク時価格(297ドル)の90%を超えた(グラフ)。
◆パニック買いに走る業界
高騰要因には、米国内でのエタノール向けの見込み量が1億2600万tと生産量の約40%を占め輸出量の2.5倍になるという見通しもある。原油価格が再び高騰し、エタノール生産にメリットが出ている。
さらにトウモロコシの主産地、南半球のアルゼンチンでは今、降雨不足で生育が懸念されている。そのため世界全体の期末在庫率も先月より下方修正され14.6%となった。これも前回の高騰前の06/07年15%を下回った。FAOの安全基準は17〜18%だ。
これらを背景に「関係者はパニック買いに走った」。
◆米国農家、何を作付けるか?
こうしたなか関係者が注目するのは3月末に公表される米国農家の作付意向調査結果だ。
今回は、トウモロコシほか、大豆もすでに前回ピーク時価格の90%にまで高騰しているが、小麦は前述のように65%程度だ。作付意向調査が注目されるのは、この状況のなか米国の農家は春小麦の作付を減らし、価格が高騰しているトウモロコシ生産を増やすのではないかということだ。
実は米国では小麦の作付面積が減少している。1990年の作付面積第1位は小麦で、トウモロコシ、大豆と続く。しかし、それ以降はトウモロコシに1位の座を奪われ、90年代の後半には大豆に2位の座も奪われる。
それ以降、この順位に変動はなく、小麦の作付面積は変動はあるものの減少の一途、1990/91年に7700万エーカー(1エーカー=約40a)だったのが、2010/11年では5300万エーカーとなっている(FAOデータ)。
トウモロコシと大豆の作付が増えた理由は1997年に遺伝子組換え(GM)種子が導入されたことが大きい。GM作物によって単収が伸びたほか、GMトウモロコシでは連作障害がないことも手伝って作付が伸びた。GMの作付比率は9割近くにまで達している。
こうした理由からも米国の小麦の作付面積は減ると指摘されている。
一方、現在、休眠期の冬小麦は、北米、中国などで播種時期の水分不足と、雪が降らないためにスノーカバーがなく、いわば寒風にさらされている状態で生育の懸念も指摘されている。これらが関係者が「小麦の価格も必ず上がる」とする要因だ。
◆高まるチャイナ・リスク
トウモロコシに連動するかたちで高騰をはじめた大豆。当初は需給に問題はないと見られていたが、中国の買い付けが大幅に進んだこともあって高騰を続けている。
09年の大豆輸入量は5000万t。10年度は5700万tの見込みだという。世界の大豆の貿易量は9800万tだから、その6割近くを中国が輸入していることになる。ちなみに、大豆の自給率6%のわが国の輸入量は年間350万tである。
中国が大豆を旺盛に輸入している理由は、大豆油の消費増加で国内に搾油工場を増やしたため。採算を得るには稼働率を上げる必要があることから前年比で15%近くも輸入量を増やした。
また、09年度はトウモロコシも不作で14年ぶりに130万tを輸入した。10/11年度は800万tを輸入するとの予測も出ているといい、大豆の輸入が急増したようにトウモロコシも「そのうち2000万t、3000万tとなるのでは」と農水省からも声が聞かれる。
さらに小麦の輸入の可能性も指摘されている。前述のように中国の降雨、雪不足で生育が懸念されている。
中国の小麦生産量は1億1000万t、消費量は1億tだ(09/10年)。かりに1割程度の不作でも1000万t以上の不足となる。小麦の世界貿易量は1億2000万t程度だ。
「世界の食料供給にとってチャイナ・リスクは明らかに大きくなっている」と農水省も指摘している。
◆求められる世界の食料増産
もうひとつのチャイナリスクが在庫。世界の期末在庫率とは中国も含めて計算したものだ。米国農務省は現在、小麦・トウモロコシでそれぞれ6000万t、大豆で1600万tと見込んでいる。ただし、この在庫は世界市場に出てくるものではない。その意味で在庫量とは中国を除いて考えるべきとの指摘がある。
それを計算すると、たとえば、小麦の世界期末在庫率26.7%は一気に17%程度に下がりFAO安全水準を下回る。市場関係者の間では「中国の在庫抜きで見通しを考えるのは、今や常識」だという――。
◇ ◇
今回、世界各地の政変、暴動の大きな要因が食料にあることがすでに示された。19日の20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議も食料が世界の不安定化要素であることを共同声明に盛り込んだ。改めて食料増産が求められていることを認識する必要がある。