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[米の先物取引問題] 主食をマネーゲームに放りこむのか

・リスクヘッジ機能とは?
・主流は差金決済
・投機家が9割の市場
・本当にリスクヘッジになるのか?
・大きい米価下落の恐れ
・「売り方勝手渡し」の原則
・需給と価格の安定こそ

 東京穀物商品取引所と関西商品取引所は7月19日、米の先物取引の試験上場を8月8日に開始すると発表した。7月1日に鹿野農相が両取引所から出されていた申請を認可したことを受けたもので、試験上場は2年間実施される。
 JAグループは、戸別所得補償制度を中心とした現在の米政策は生産調整を誘導して米の価格と需給の安定を図ろうという政策で、これと先物取引とは整合性がとれないこと、さらに主食の米を投機家が9割を占めるというマネーゲームに委ねることは食料安全保障の点からも大問題であるなどとして、断固反対してきた。今後も本上場の阻止に向けて運動を展開していく。今回は米の先物取引の問題点を考えてみる。

先物取引、参加者の9割が投機家


相場の乱高下で生産者、
経営破綻のおそれも


◆リスクヘッジ機能とは?

 先物取引とは、1か月から6か月先の価格を現時点で約束する取引である。現時点では価格や数量だけを約束しておき、実際の取引は、6か月先の約束であればその期限が来た日に行う。
 たとえば、播種前の4月の時点で10月渡しの米を60kg1万4000円で売り注文を出す。この価格で取引が成立すれば、10月時点で同1万4000円で販売することになる。
 このとき、現物市場の価格が同1万2000円であれば値下がりによる損を避けることができた、ということになる。
 ただし、現物価格が同1万5000円に上がっていたとしても先物取引では約束どおり1万4000円で販売しなければならない。したがって現物相場より1000円低い価格での販売に甘んじなければならないが、当初予定した価格では販売できたことになるから「農業収入の安定化につながる」というのが東京穀物商品取引所、関西商品取引所などの説明だ。
 さらに農産物は工業品にくらべて天候や作柄によって需給と価格が変動する、まさに先物取引に適した商品であるとし、「将来の不確定要素を排除する」、すなわちリスクヘッジができると強調している。

米の先物取引問題


◆主流は差金決済

 商品先物取引は一定の時期に必ず商品と代金の受け渡しを約束する取引である。その「決済の期限の月」のことを「限月」(げんげつ)という。
 今回、発表された米の試験上場は11月限(ぎり)、12月限、1月限の3回の取引が行われる。決済の日を納会日といい、東京は限月の20日、関西は10日と設定されている。
 商品先物取引が株式などの金融商品と異なるのは、この納会日に必ず決済をしなければならない点だ。株式であれば期限を区切って売買しなければならないことはなく、相場を見ながら持ち続けることが可能である。
 その決済の方法は現物による受渡決済でなくてもいい。「反対売買」による「差金決済」もできるというのが特徴だ。
 反対売買とは売り契約をしていたなら買い契約を、買い契約をしていたなら売り契約をする、というように当初と反対の取引をすることである。
 先の例でいえば4月時点で10月に60kg1万4000円の売り契約をしていたが、7月に先物市場が同1万3000円に下がったとする。この時点で1万3000円の買い注文を入れて取引が成立すれば1万4000円との差額、1000円の差金決済によって10月を待たずに取引を終わらせることができるというものである。
 高く売って安く買い戻したこのケースでは1000円の利益を得たことになる。
 一方、現物市場の価格もこの先物相場に連動して1万3000円になり、自分の米も出来秋にはその価格で売らざるを得なかったとしよう。
 しかし、すでに先物取引で得た1000円の利益を加えれば、当初の予定どおり1万4000円で販売できたのと同じことになるではないか、というのも商品取引所の説明である。


◆投機家が9割の市場

 この「差金決済」とは先物取引に設けられた特有の制度である。ということは、現物の受け渡しなどせず、さらに言えば最初から現物など持たず、市場で売買することができるということである。
 その狙いは価格が乱高下することを利用して利益を追求することであり(スペキュレーション取引)、その方法が反対売買なのである。
 実際、先物取引入門的な文章を読めば、「価格が上がると予想したら『買い』から入ろう!」、「価格が下がると予想したら『売り』から入ろう!」などというアドバイスが並んでいる。
 たとえば、ある先物商品が上がると予想して1万円で買い注文し、実際に1万2000円に上がり、その時点で売り注文(転売)が成立すれば2000円の差金決済(=利益)で取引を終えることができる。
 また、下がると予想した場合は、先の米の例で示したように「売り」から入って「買い」に転ずれば利益となる(下の図)。「安く買って高く売る、高く売って安く買う」のが反対売買で利益を出す原則となる。しかし、やっていることは「空売り」だ。
 このように「売り」でも「買い」でも参加できることからも分かるように、実際、先物市場の参加者は「当業者」(農家や卸業者など)は少なく価格の乱高下で利益を得ようとする投機家が9割を占めると言われている。
 先物取引での現物の受け渡し決済の割合は、平成18年度0.1%、平成19年度0.2%などと1%以下。差金決済が圧倒的に多いのが実態である(商品さきもの知識普及委員会HP資料)。

差金決済の例


◆本当にリスクヘッジになるのか?

 ここでは差金決済で利益が出るケースを取り上げてみたが、もちろん逆に膨大な損失が発生する場合もある。そのため取引に参加するためには、担保金として証拠金を取引所に預けなければならないことになっている。
 今回の米の試験上場では東京は1枚の取引で最低6万円と発表された。「1枚」とは最低取引単位のことで東京は100俵(6000kg)とされている(関西は1枚50俵、証拠金2.3万円)。
 東京穀物商品取引所によれば、この証拠金は最低額であって参加者の信用度などによって商品取引員が個別に引き上げることができることになっているという。
 それにしても6万円あれば米100俵の取引に参加できることになる。かりに米価が1万3000円だとすれば100俵なら本来は130万円のお金が必要になるところだ。しかし、先物取引では取引総額の資金を用意する必要がなく、手持ち資金よりも大きな取引を行うことができる。まさに金融用語で言う「レバレッジ(lever=てこ)をかける」である。そして利益を得る場合もあるだろうが、損失が証拠金を上回る額になることもある。損失が一定水準を超えた場合は追証拠金が求められることになっている。
 このようにハイリスクハイリターンの世界に参加する投機家はどのような行動を取るだろうか?
 投機家は差金決済で利益を得るための原則どおり「できるだけ安く買って高く売る」ことが狙いだ。一方、生産者とすれば生産費から積み上げた手取り価格を考えて売り注文を出したいが、買い手がつかなければ契約は成立しない。あるいは価格を引き下げて契約を成立させるしかない。ここは現物市場と同じである。
 つまり、生産者が望む再生産価格の実現は容易ではなく、本当にリスクヘッジになるのか疑問だ。


◆大きい米価下落の恐れ

 また、投機家は先物市場で米を買おうと思っているわけではない。空売りで利益を得ようというのが目的である。
 ただし、先物取引は先にも触れたように決まった期日に取引を決済しなければならない。
 かりに6か月後を限月とした買い注文で60kg1万3000円、100俵を契約したとする。狙いはこの価格より値上がりしたら転売して差金決済で利益を得るということである。
 しかし、先物価格が思うように上がらず、一方では取引期限が迫ってきた、となるとどうなるか。このままでは100俵もの米を現物で引き取らなくてはならなくなるから「安くてもいいから売ってしまおう」となりかねない。
 現物の引き取りを恐れるあまり、限月が近づくにしたがって価格を下げる投機家が出て、そうした行動が現物市場の価格下落につながる恐れがある。こうした投機家の行動が多くの生産者に大混乱をもたらす、とJAグループは警戒している。


◆「売り方勝手渡し」の原則

 もうひとつ先物取引の原則に「売り方勝手渡し」の原則がある。これは銘柄や受け渡し場所などについては取引所が指定する条件で売り手に選択権が与えられるというもの。現物市場では買い手のニーズに沿って現物の受け渡しが行われるが先物はそうではない。
 今回の試験上場では東京では取引対象銘柄(標準品)は「関東コシヒカリ」(千葉・茨城・栃木県産)で関西は「北陸コシヒカリ」(石川・福井県産)とされた。
 そのほか受け渡し供用品として東京は新潟コシヒカリなど19銘柄、関西は31銘柄を指定している。これらには等級の違いも含め標準品とマイナス3600円から+2100円の価格差を公表している。新潟コシヒカリでは+2000円だ。
 ただし、現物決済時に、2000円を上乗せすれば買い手は新潟コシヒカリを手当できるとは限らない。売り先勝手渡しでは、どのような銘柄がどこでいつ渡されるかか分からないというのが原則だからだ。受け渡し場所は取引所が指定する営業倉庫となっている。売り手として現物受け渡しで決済するにしても、この指定された倉庫に運搬することが求めらるし、その他、手数料もかかる。
 それ以上に、この売り先勝手渡しの原則とは、消費者ニーズに合わせて産地・銘柄ごとに仕入れて販売するという日本の流通実態とはかけ離れたものであることが分かる。


◆需給と価格の安定こそ

 JAグループは米の先物取引の導入は試験上場であっても断固反対してきた。
 先物取引は平成17年の申請では不認可となっている。当時の農水省の理由は「生産調整への参加を誘導している政策との整合性が保てない」というものだった。
 この点については現在も変わっていないというのがJAグループの主張だ。戸別所得補償制度によって、米価は市場に委ね所得を直接支払いするという制度に転換したとされるが、この制度は国が生産数量目標を示し、それに従って生産する販売農家に交付金を交付するメリット措置を付与したものだ。その点では生産調整政策はさらに強化されたといえる。
 また、戸別所得補償制度では、一律の交付金に加えて、米価の下落に対して補てんする仕組みもある(米価変動補てん交付金)。
 先に説明したように先物取引では、現物市場の米価が下がっていても当初の予定どおりの価格で販売できる。しかし、戸別所得補償制度に加入していれば、米価変動補てん交付金も受けとることができる。これでは政策として矛盾するばかりか、国民の理解が得られるのかどうか。さらに先物市場でリスクヘッジが可能となれば、米価変動補てん交付金も必要かどうかといった議論も出かねない。
 また、そもそも食糧法は米の需給と価格の安定を目的としており、そのためにJAグループは着実な計画生産への取り組みとともに、過剰米の政府買い入れなどを求めてきている。それも米の生産と供給の「安定」のためである。しかし、米の先物取引とはここで見たように価格の乱高下によって利益を得ようとする「安定」とはほど遠い世界だ。現物取引が行われるにしても米の流通実態とは大きく異なる。
 何よりも世界の食料価格高騰の要因に投機資金の流入が指摘されているなか、主食をマネーゲームの対象とすることは食料安全保障の点からも大きな問題だ。
 また、東日本大震災によって米の主産地が大きな被害を受けている現在、復旧・復興が最優先課題であり、JAグループは米の先物取引を検討すること自体が問題だと強く訴えている。
 今後もこうした点を幅広く内外に訴えていく必要がある。

生産者から見た先物取引シュミレーション(クリックすると画像が大きくなります)

 


 用語解説

【反対売買】
 先物取引では「受渡決済」でも「差金決算」でも最初の取引の時点では現物は必要はない。そのため現物売買が目的ではない投機目的の参加者でも「売り」注文を出せることになる。
 受渡決済をしない場合は、反対売買による差金決済で取引を終える。反対売買とは「売り」契約の場合、その反対の「買い」注文を出すこと。これが成立すると、最初の「売り契約」に基づく「モノを渡す義務」と、その後の「買い契約」に基づく「モノを受け取る権利」が相殺されて納会日前に取引を終了することができる。その際、「売り」と「買い」の価格差を受けとる(利益)か、払う(損失)ことになる。ただし相場の状況では反対売買が成立しない場合もある。

【証拠金】
 先物価格は常に変動する。取引期間中、売った時(買った時)の値段(約定値段)と、現在の先物価格との間で損金が発生した場合は現金で日々精算することになる。そのために証拠金が必要になる。相場の動向によっては証拠金以上の損失となることもある。(参考資料・HPなど:商品さきもの知識普及委員会、日本商品先物振興会、東京穀物商品取引所)

(2011.08.10)