増税で輸出大企業が潤う!? その仕組みとは?
営農と生活を守るために今考えるべきことは何か
「…消費者が事業者に対して支払う消費税分はあくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しないから、事業者が、当該消費税分につき過不足なく国庫に納付する義務を、消費者との関係で負うものではない」
(東京地裁平成2年3月26日判決より)
◆消費税は「直接税」!?
わが国の税収は現在、約40兆円。このうち消費税は約10兆円を占める。
私たちは今、モノやサービスを買うときに5%を消費税として上乗せして支払い、それが国に納められていると思っている。つまり、買い物のたびに支払った消費税という税金は支払先であるお店などの事業者が「預かっていて」税務署に支払われている間接税だ、と思っている。
また、消費税は「国民が広く公平に負担する税」とも言われてきた。
しかし、湖東京至氏は「消費税は、単純な間接税ではなく直接税の側面を持っていることを理解しないとこの税制の本質が分かりません。消費者が5%を負担している、というのはトリックだということです」と指摘する。
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元静岡大学教授・税理士 湖東京至氏
ことう・きょうじ 1937年東京都生まれ。静岡大学教授、関東学院大学教授(いずれも税法担当)を経て08年から中野合同税理士事務所所長。税理士。「納税者権利憲章をつくる会」事務局長、日本租税理論学会理事ほか。著書に『消費税法の研究』(01年 信山社)『日本税制の総点検』(08年 勁草書房 共著)など。
◆赤字でも納税義務
それは、なぜだろうか?
消費税の納税義務者は実は消費者ではなく「事業者」とされているからである。その事業者は年に1回、消費税の名目で納める。税額は年間売上高に5%をかけた額から、年間仕入高に5%をかけた額を引いた額になる。(売上高×5%―仕入高×5%)。
つまり、そもそも1個1個の商品にかかった消費税を事業者が貯めて、その1年分を国庫に納められる仕組みではないのである。売上高から仕入高を引いた粗利益、すなわち1年間に企業が生み出した付加価値に対して課税される直接税なのだという。
だから、これは赤字企業であっても納税義務が生じる。
なぜなら計算式を見ればわかるように、消費税の課税対象は粗利益なのであって人件費を差し引くことができないからだ。法人税なら人件費を引いた結果、赤字になれば課税はない。しかし、消費税は納税義務が生じるのである。
「中小企業は社員の生活を保証するために苦労して毎月給料を払っているでしょう。そのために赤字になる会社が多い。それなのに消費税はかかる。納めたくても納められない、だから、滞納が増えるのです」。
湖東氏がまとめたデータによると、国税の滞納額のうち消費税が50%を占め第1位となっている(表1)。平成9年に消費税が5%に引き上げられて以来、消費税の“トップの座”は変わらないという。平成16年に免税対象事業者が年間売上げ3000万円以下から1000万円以下に引き下げられ、さらに悲鳴を上げる零細事業者は増えた。
「これだけ滞納がある税金がいい税金、いい税制であるわけがありません。滞納は消費税の基本的欠陥から発生するのです。それなのに滞納する事業者が悪者であるかのように言われてきましたね。これは消費税に対する基本的認識が間違っているのです」。
◆「預り金論」は間違い
確かに、消費税を滞納する事業者が問題だ、という風潮は今もある。そこには、消費税は事業者が消費者から預った税金だ、という抜きがたい私たちの認識があるからだろう。
湖東氏の手元に国税庁が作成した古いポスターがあった。そこではあの懐かしい国民的人気番組のタイトルをもじって「マナーだよ! 全員納税!」と呼びかけている。しかし、その説明文をよく目を凝らして読むと「消費税は、いわば預り金的な税」だとある。
実は国税庁も「預り金」とは言っておらず、預り金「的」な税と言っているのだ。湖東氏によれば最初は預り金と書いていたのだが、このように苦し紛れの書き換えを余儀なくされたのだという。
その理由は私たちの間にしつこく根付いているこの「預り金論」は間違いだ、という判断を裁判所が示したから。すでに20年以上も前のことだ。
◆「対立の構図」に騙されない
平成2年3月、東京地裁は上記のような判決を下した。
ある消費者グループが、消費税は事業者が消費者から預った税金なのだから、それを国に納めるのは事業者の義務でないか、との訴訟に対するものである。
しかし、この判決では、消費者が支払う消費税を「税金」と言っていないのである。
判決は『消費者が事業者に対して支払う消費税分は、あくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しない』とした。税金ではなく「消費税分」としたうえで、それは対価の一部、と判断した。
それゆえ事業者は消費税分を過不足なく国庫に納める義務を「消費者に対して負うものではない」との考えを示した。つまり、預り金論の間違いを示したことになる。原告らは控訴せずこの判決は確定した。
だからこそ、国税庁はポスターで苦し紛れの言い換えをした。しかし、滞納が増えていることから何とか税金を取り立てようとあの手この手のPRを行ったのである。
「税金を取り立てるために事業者と消費者を対立させる構図を作り出すのが目的でした。しかし、実際はお話したように消費税とは事業者の努力によって納められている直接税的な税なのです」。
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それでも、買い物のときにはいちいち消費税分を取られているではないか、あのお金はどこにいったのか? とまだ釈然としないかもしれない。しかし、先の判決文が示したように、これは「対価の一部」なのである。
対価は取引先との力関係で決まるといっていい。実際、中小零細企業なら「消費税分込みで請求書を」などと言われることもあるのではないか。かたちのうえで消費税を請求しても実質は値引きだ。 一方、仕入れで値引きができなければ、生み出す付加価値は縮小する。そのなかで人件費等のやりくりで苦労して赤字になることもあるのに、粗利益が少しでもあれば付加価値があるとして課税される。それが消費税が直接税的性格の税だということだろう。
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これに対して米国では州税としての小売売上税があるが、これは事業者が毎月、消費者から預った税金を手つかずで税務署に納める仕組みだ。日本も消費税導入前に料飲税というのがあって同じような仕組みで都道府県に納められていた。これはまさに事業者を徴収義務者とする間接税だった。
しかし、現在の消費税はそのような間接税とはまったく異なる。
にもかかわらず、私たちは間接税だと思ってしまっていたのである。それはなぜだろうか?
◆フランスが発明した仕組み
「売上高?仕入高」に対して税金をかける、という現在の消費税の算定方式は、戦後日本の税制改革を提唱したシャウプ勧告の生みの親、シャウプ博士が提唱したものだ。
シャウプ博士は事業税に代えて売上高から仕入高を引いた、いわゆる付加価値に対して課税すべきと勧告した。事業税はいうまでもなく直接税である。
日本では結局、付加価値税の施行は見送られたのだが、同じ税金を1954年にフランスが採用した。ところが、仕組みはシャウプ博士の提唱した付加価値税と基本的に同じなのに、フランスは「モノやサービスに課税する間接税」と位置づけたのである。
その理由は輸出還付金を可能にするためだったという。
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輸出還付金制度のたてまえは海外への販売からは消費税をとれないから、その分を輸出企業に補助するという考え方だ。しかし、直接税を還付すると企業に対する輸出補助金とみなされGATT(関税・貿易一般協定)違反になる。だから、フランスは無理矢理、付加価値税を「間接税である」と主張した――。 「つまり、そもそも付加価値税・消費税とは、GATT協定違反を逃れて輸出補助金を認めさせるためにつくられた税制だったということです」。
日本の消費税もフランスを参考にしたものだから「間接税」だと説明され、その直接税的な性格は見落とされてきた。そこに私たちの“誤解”の根があることになるが、さらに問題にしなければならないのは、消費税導入にともなってフランスと同じように輸出還付金制度が日本でも実現したことだろう。
では、その仕組みはどうなっているのか?
◆輸出企業が潤う還付金制度
「実は消費税率には2つの税率があります。知っていましたか」。
えっ? 湖東氏にそう問われて答えに詰まってしまった。
「正解は5%と、もうひとつはゼロ%です。ただし、ゼロ税率の適用が認められているのは輸出販売だけ。ほとんどの人には関係ないので知らないのも無理はありません」。
輸出販売にはゼロ税率を適用する――、これを“発明”したのがフランスだ。
たとえば、ある輸出企業の売上高が国内で500億円、輸出で500億円だったとしよう。国内には5%の税率が適用されるから25億円が税金となるが、輸出分はゼロとなる。
一方、仕入額は年間で800億円だったとすれば税額は40億円となる。この場合、売上高にかかる税額と仕入高にかかる税額の差がマイナス15億円となる。これが輸出企業に還付されるのである(表2参照)。
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つまり、本当は売上高1000億円のはずが、ゼロ税率が適用されるために500億円にすることができ、一方で仕入れについては国内から調達しようが輸入だろうが一切問わずにまるまる控除するという仕組みになっているのである。したがって、輸出を増やせば増やすほど、還付金が増えることになる。
政府の予算書をみると還付金は年間およそ3兆円ある(平成22年度予算)。消費税総額の25%にもなる。還付金の支払いが多くて収支が赤字になっている税務署もあるほどだ。ほとんどは巨大輸出企業の本社所在地である(表3、4)。
「消費税は一方で赤字であっても納税しなければならない企業があるのに、一方では還付金がもらえる企業があるという仕組みです。極めて不公平な税制で、私は根本的に見直さなければならないと思います」。
たとえば増税などせず還付金制度を廃止するだけでも3兆円の増収になるわけだ。
◆増税の真の狙いは何か?
消費税導入が議論された20年以上前に盛んに言われたのは「直間比率の是正」である。
高齢化社会を控え社会保障のために安定した財源を確保するには直接税だけなく国民が広く薄く負担する間接税の割合を増やす必要がある、と叫ばれた。消費税なら所得のない子どもや高齢者からもとれるというわけだ。
しかし、ここで紹介した湖東氏の解説をふまえれば、消費税は間接税ではなく直接税だ。だから直間比率の是正などというのはまやかしの話であって、実は「赤字でも課税できる直接税としての消費税だからこそ」安定した財源確保につながるという話だったわけだ。 したがって、滞納が多いにもかかわらず、財政再建のためにさらに増税しても税収増につながるのか、という疑問が湧く。
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また、増税しても食料品など生活必需品は現行税率を据え置くなど「軽減税率」を適用すればいいではないか、という意見もある。
「それは消費者にとって一部の物品の価格が上がらないというメリットはあるでしょうが、事業者からすれば食品価格などは値上げができないということ。
一方で農産物生産にかかるさまざまな生産資材費の税率は引き上げとなる。それは生産者やJAの負担になりませんか? つまり、販売価格に転嫁できず事業者の努力で支払っているという今の消費税の仕組みの根本問題にぶつかるわけです」。
さらに、政府は社会保障の充実のために、というが、かりに10%となれば輸出企業への還付金は倍の6兆円近くにもなる。社会保障のために集めた税金から輸出企業に還元されるお金が増えるなどという福祉政策が許されるはずはない。
湖東氏の主張を聞くと今の増税論議は根本的におかしな話だらけだ。
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それでも野田政権は増税にひた走る。
「ところが、10%引き上げが実現したらしたで財界は、これでは競争に負ける、と言い出すでしょう。なぜならドイツの消費税は19%。還付金の額は日本の輸出大企業より多いからです。だから、すぐにヨーロッパ並みの税率に引き上げを、という要求が出てくる。 つまり、増税の本当の狙いは輸出企業が受け取る還付金を増やすこと。TPPで輸出増加を、という話とも重なります。私たちは問題の本質をつかむ必要があります。消費者と事業者が対立している場合ではないんです」と湖東氏は強調している。