◆中山間地と大都市周辺の住宅団地で
食の砂漠化
「昔はすぐそばで、豆腐だってなんだって買えた。いまは豆腐1つ、ハガキ1枚買うのに、バスやタクシーに乗らなければならんでしょう。だから、情けなくて悔しくてたまらんとですよ」
「一人なので誰も連れて行ってくれる人もいない。姉妹がいるけれど、皆、遠いので、また働いているために、頼めない」
「買物弱者」「買物難民」といわれている人たちの声だ(※2)。
この問題を「フードデザート」(食の砂漠:FDs=生鮮食料品の入手が困難な地域を意味する学術用語)問題として調査研究活動を実施している岩間信之茨城キリスト教大学准教授は、▽自宅から生鮮食料品店への買物利便性が極端に悪く、▽自家用車を利用できない社会的弱者(現在の日本では高齢者)がいるを地域をFDsと定義している。
その地域とは、中心部が空洞化する地方都市や高齢化が著しい大都市周辺の住宅団地であり、高齢化が進む農山村や島嶼部だ。
◆遠くなった利用店までの距離
中山間では半数が5Km以上
農山村部については、長野県が県内の65歳以上の人を対象にした調査(※3)がよくその実状を示している。
この調査では「買物を不便に感じている者」のなかで、(1)商店が近く(500m以内)にない、(2)徒歩・自転車で買物に行けない、(3)自動車を運転できない(しない)という3要件を満たしている人を「買物弱者」と定義し、5万2000人〜8万人と推定した(表1)。
上記3要件すべてを満たしていないが、買物に不便を感じている「広義の買物弱者」は20万人前後と推定。65歳以上の4割超、中山間地の半数の人が「広義の買物弱者」となる。
なぜ農村部で買物の利便性が極端に悪くなったのか。多くのレポートは、スーパーマーケット機能を担ってきた「Aコープ」など農協店舗や、小規模だが食料品など幅広い商品を取扱っている「よろずや」が、需要の低迷から撤退したからという指摘が多い。
長野県の調査では、中山間地で「一番よく利用する店」まで「5km以上」が5割以上となっている。車・バイクを利用しても1時間以上かかるという国土省の調査もある。
買物の回数は「週2〜3回」が一番多く4割だが、「週1回程度」が3割。「一人暮らし」では「週1回程度」が4割と一番多い(※3)。
◆高齢者の健康・生存に直結
低い食の多様性
「父がバイクで3km離れたスーパーに週1回買物に行き」夫婦でくらしていたが、医者から「2人とも栄養失調」との検診結果を知らされる。「80歳を過ぎ危険なためバイク免許を返上、買物ができなくなった」(※2)からだ。こうした事例は多い。
長野県では、肉類、魚介類、卵類、豆類、野菜類、海藻類、いも類、果物類、油脂類の10食品群をそれぞれ週何日食べるかを指数化した「食の多様性評価」(全国平均5〜6)も調査した(表2、3)。
これが低いと「低栄養(栄養失調)」となり、肺炎などのリスクが高まるし、老化が早まり、生活自立度の低下や要介護度の上昇を誘引するから、高齢者の健康や生存に直結しているということだ。
さらに、地域のコミュニティ活動が活発な地区では「食の多様性評価」が相対的に高く、少ない地区では低いという調査結果もあり、岩間准教授は「地域コミュニティの希薄化」と高齢者の栄養事情には一定の相関関係があると指摘する。
◆移動販売店で井戸端会議が
福井県民生協
いくつかの地域でこの問題への取組みが行われている。そのなかで全国の生協が注目しているのが「移動販売店舗」車だ(※4)。
生協の先駆的な取り組みである福井県民生協は、昨年秋から県内の山間部や海岸部など生協店舗がない地域の要望に応えて取組み始めた。販売車が来ると買物だけではなく「井戸端会議」が始まる。来ていない人がいると「どうしたのか」と問い合わせるなど、コミュニティ活動にもつながっている。
同生協では、5年間の時限つきだが県からの助成も受け、車両台数を増やして、週利用人数を9000人まで拡大し、直接剰余金5900万円をめざしている。
◆農協が必要と思われるように
JAおきなわ
農山村でこの問題が起きる要因として「農協店舗の撤退」がある。経済事業をめぐる諸問題から「撤退せざるをえない事情」があることは分かる。だが、JAおきなわのようにそうしないJAもある。
「ライフライン店舗はJAが存続する限り撤退することはない。特に沖縄県の場合、離島店舗となっているので、撤退できるわけがない。例えば、伊良部(宮古島のさらに離島)の『さらはま店舗』は赤字だが老朽化しているので新築している」。
赤字でも「JAは経営体力の範囲内で、いかに恵まれない方々のお手伝いをするのかを常にテーマとして持っていなければならない。可能な限り生活格差を縮小する。これが『協同の力』」だからと普天間朝重同JA常務。
同JAの山城隆則ファーマーズ推進部長は「今後は、買物に行くことに困難な高齢者や妊婦らがいる世帯、集合住宅への農産物の配達といったことも展開したい」「農業は経済活動であるだけでなく、地域の社会活動でもある。地産地消を単に唱えるだけでなく、『やっぱり地域の農業、農協が必要だね』と思われる取り組みをしたい」と地元紙に語っている(※5)。
◆買物を楽しむ日々が戻ってきた
御用聞き車「あんしん号」
生協とは違う視点から「移動購買車」に取組んでいる地域がある。長野県のJAあづみの「くらしの助け合いネットワーク“あんしん”」のグループだ。10月13日に出発式を行った移動購買車「御用聞き車“あんしん”号」は、日常の買物に困っている地域の高齢者の声を受け、「買物弱者」解消をめざして、多くの人の協力を得て、このグループで購入した。
「あんしん号」は管内27カ所の公民館やJA支所で開催されるミニデイサービスを巡り雑貨や日用品を販売する。生鮮は予め注文すし、巡回日に受取る。いままでは「小銭」だけ持ってきた人が、いまは「万札」を持ってくる。買物を楽しむ日々が戻ってきたのだ。
「助かります。もっと来てもらえれば嬉しい」という声に励まされて、「積立をしもう1台」という「夢」も生まれてきている。
これこそ、互いに助け合い豊かなくらしをつくる「協同組合の本来の姿」だと同JAの池田陽子さんはいう。
(写真)
10月13日に安曇野市内で行われた「御用聞き車“あんしん”号」の出発式
◆地域を元気にするために
「協同の力」を発揮
この問題をビジネスチャンスととらえる民間企業を含めてさまざまな取り組みが行われているが、事業としてみた場合、とくに農山村では採算面が問題となる。そのためJAが踏み出せないこともあるようだ。だが中山間地の「買物弱者」の多くは組合員だ。採算面だけで手を拱いていていいのだろうか。
生協などこの問題に関心をもつ多くの人たちと連携して、地域を元気にするためにJAが行動を起こす時期ではないだろうか。国や地方自治体にも動きがある。行政との連携も視野にいれ「協同の力」を発揮し、「買物弱者」を地域からなくして欲しいと思う。
※1:「地域生活インフラを支える流通のあり方研究会報告書〜地域社会とともに生きる流通」(経産省:22年5月)
※2:食品アクセスセミナー第2回「『買物難民』問題と日本政府の課題」杉田聡帯広畜産大学教授報告(農水省:22年7月)
※3:「買物環境等に関するアンケート調査結果」(長野県商工労働部:22年12月)
※4:「生活協同組合研究」22年9月号特集「『買物弱者』問題と流通システム、生協購買事業」。岩間准教授も執筆。参考文献として最適。
※5:琉球新報「農をつくる 第5部消費の現場から」(平成22年11月13日付)