◆人口増加とバイオ燃料で増え続ける肥料需要
肥料の原料価格が図1〜図3のようにここ数年の間に、急激に高騰している。昨年の1月に比べて今年1月の国際価格は、りん安が2.7倍、尿素が1.4倍、塩化加里が1.8倍となっている。そのため全農は、19肥料年度(7月〜6月)の肥料価格を4月から期中値上げせざるを得なかった。
1月以降も肥料原料価格は上がり続け、穀物価格、原油価格も高騰していることから「トータルで資源インフレは治まっていない」。とくに肥料原料の価格高騰は、世界的な穀物増産による構造的・持続的なものであり、しばらくこの傾向が続くとJA全農肥料農薬部海外原料課の瀬戸二郎海外事業企画室長はみている。 もう少し具体的にみると、人口の増加による食料としての農産物増産意欲に加えて、バイオ燃料用需要の加熱が穀物増産に拍車をかけているからだ。
日本の場合には例えば水稲の栽培技術はきわめて高い水準にあるので、これ以上の収量増加は難しいが、海外の発展途上国の場合には、まだ収量が少なく、肥料を投入することで、収量を増やすことが可能なケースが多いといえる。穀物価格が世界的に上がっている状況下では、肥料を投入し、農産物の収量が増えれば、農家の収入は増えることになる。
「これだけ肥料価格が上がって、海外の農家は大丈夫なのか」という声もあるが、肥料価格が上がっても、収量が増え、農産物価格が上がっているので「経済的には成立っている」のではないかと推測される。
◆窒素重視からりん酸・加里重視にシフトする中国・インド
さらに、経済発展が著しい中国やインドでは、食料に求めるニーズが量から品質に変化。肥料でいえば従来は窒素(N)重視で、リン酸(P)や加里(K)はそれほど気にしてこなかったが、ここにきて品質重視になり、P・Kに対する要望が高まってきている。
例えばインドは昨年12月に08年2〜10月でりん安を50万トン北米サプライヤーから購入する契約をしたが、さらに今年1月に3月から1年間で100万トン追加購入する契約をした。
また中国は、自国需要優先策によってりん安に35%の輸出関税を課していたが、4月20日から9月末まで、関税を135%に引き上げ、実質的に輸出を禁止するような動きとなっている。
「量から質へ」というが世界の人口約66億人の3分の1以上を占める中国(13億人)とインド(11億人)の食料なのだから、それに必要な肥料は半端な量ではないといえる。
さらに穀物輸出大国であるアメリカやブラジルが肥料原料を大量に買い付けていることも、原料価格を高騰させている原因といえる。
◆寡占化している原料供給国
こうした肥料需要の増大とともに、原料の山元の寡占化も価格高騰の要因となっている。
例えば塩化加里の場合、世界的な生産量の7割以上を旧ソ連(35%)、カナダ(28%)、ドイツ(11%)で占めており、生産を制限して価格維持をはかっている。世界に占める日本の塩化加里輸入量はわずか2%に過ぎない。そのため、安定的に数量を確保するためには、世界の需要動向や価格動向の影響を受けざるをえない状況にある。
日本は肥料についても品質を重視する。しかしこういう状況下では海外の山元は、「同じ高く売れるなら品質について細かいことをいわない国に売ったほうがいい」ということになる。だから「品質の良いものを確保するのは大変」(瀬戸室長)なことだといえる。
そのためJA全農では、海外原料の安定確保のためにりん鉱石については、新たにベトナムに着目し、昨年1年間試験輸入を行い、品質面で安定した良質なものが調達できる見通しがついたので、今年1月に山元と長期購入契約を締結した。
◆オイルショックを上回る深刻な事態
窒素については、原油価格に連動するが、原油価格が高騰している現在の状況では、窒素価格も上がらざるをえないといえる。さらに海上運賃についても一時は市況が緩んだが、今年に入り鉄鉱石の価格が安定したことなどから、荷動きが活発化し、再び上昇に転じている。つまり、為替が若干ドル安円高になっていること以外、肥料原料価格が下がる要素はないというのが現状だ。
したがって、7月からの20肥料年度で肥料価格がさらに上がることは避けられないと推測される。こうした状況は「かつてのオイルショック時を上回る深刻な事態」であり、「生産者をはじめ農業生産に関わる関係者がそれぞれの分野で努力を続け、その努力を結集することでしか乗り切れない」とJA全農では考えている。
そして「生産資材コスト低減チャレンジプラン」の加速化に加えて、「施肥コスト低減運動」の展開を提案している。
◆土壌診断に基づく適切な施肥を
この「施肥コスト低減運動」とは、「国内資源である堆肥の有効利用と、土壌診断に基づいて土壌中の過剰成分を効率的に活用する取組みを行政とJAグループが一体となって展開」しようというものだ。
国は昭和34年から53年まで「地力保全基本調査」を実施し、その後各都道府県に引き継がれてモニタリング調査が行われきている。また全農も各県本部土壌診断センターによって土壌分析を実施してきている。
それらのデータをみると「作物によって違いはあるが、野菜(露地)とか施設野菜ではかなりりん酸や加里が過剰な土壌が多いことが分かっている」(矢作学JA全農肥料農薬部安全・安心推進課調査役)。
JAグループでは、昭和40年代から土壌診断をして、それに基づいた適正施肥を行うことを提案してきた。これをもう一度見直し、土壌診断をして、過剰な養分があれば、それを減らすことで、少しでもコストを低減しようということだ。
◆過剰養分に対応した低成分銘柄を普及
そして過剰養分に対応する「低成分統一銘柄」をつくり普及していくことにしている。化成肥料の場合は、P・Kを抑えた「L字型銘柄」。Pだけを抑えた「V字型銘柄」。そしてNとPはそのままでKを抑えた「低加理型」の3タイプを用意する。
また、BB工場を持っている県では、それぞれの県で、養分過剰に見合った独自の銘柄を開発することにしており、上記化成肥料の「低成分銘柄」との2本立てですすめていくことにしている。
野菜関係の土壌ではP・K過剰土壌がかなりあることが分かっているが、水田の場合にはP・K過剰は少なくケイ酸が不足していることが指摘されている。したがって「水田では一発型肥料とか緩効性肥料を使うことで、肥料の利用効率を上げる技術や局所施肥を組み合わせ、施肥量や施肥労力を節減することで、コストを低減する」(矢作氏)ことを提案している。
平成20年度の取組みとしては全国100か所の試験展示圃で、農家からのさまざまな意見や要望、不安に応えられるようなデータ蓄積を行うことにしている。
◆堆肥の成分分析をし、化学肥料使用量を調節
「堆肥の有効利用」もこの運動の大きなテーマだといえる。
家畜排せつ物法の完全実施などもあり、全国的に堆肥の量は増えてきている。農水省の「地力増進基本指針」によれば「たいきゅう肥の標準的な施用量」は水田では1〜1.5トン/10a、普通畑では1.5〜3トン/10aとなっているが、高齢化が進んでいる農業の現状のなかでは、堆肥を撒くことができないという現実もあるが、堆肥を使えるところでは、堆肥の肥料成分分析を行い、それに基づいて化学肥料の使用量を調節することで、全体的なコストを抑えていく。
いずれにしても「土壌診断」を実施し、それに基づいて適切に施肥していくことが基本だといえる。土壌診断は、JAグループ以外でも普及センターや県の試験場などで体制が整備され、「診断項目や地域で掛かる経費は異なるが、一般的には低く抑えられている」(農水省)のだから、「継続して変化をみて適切に対応することが重要」(矢作氏)であり、養分過剰となるような無駄な施肥を行わないことが、コスト低減の要だといえる。