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【植物工場】 本当に「未来の農業」を担えるのか?

葉菜類だけでは農業問題を解決できない
・最新技術を活用する農商工連携のシンボル
・全国に50カ所 これを3倍の150に
・莫大な設置や運営コスト
・葉菜類だけでは需要拡大にむりが
・「食」の新しいビジネスモデルの一つか

 近ごろ、新聞やテレビで「植物工場」とか「野菜工場」について取り上げられることが多い。平成20年7月に「農商工等連携促進法」が施行され、農水省と経済産業省は、農林水産業と商工業が連携して新たな事業に取り組む「農商工連携」を推進している。「工」の先進技術を「農」へ活用する植物工場はその「シンボル」(植物工場WGの報告書)と位置づけられ、日本の農と食の問題を解決する「未来の農業」などと、バラ色に描かれることが多い。だが本当にそうなのか?

◇最新技術を活用する農商工連携のシンボル

野菜工房の多段式栽培と大山社長 駅前ビルとか県の庁舎に「植物工場が」とか、植物工場のシステムを開発し商品化したとか、LED(発光ダイオード)で光合成を促進して機能性野菜を栽培とか、「植物工場」(野菜工場)に関する話題にふれる機会が多くなった。そして植物工場があたかも「未来の農業」を担うと思わせるような報道にお目にかかることもある。
 ではこの「植物工場」とは何か?
 農水省と経産省による農商工連携研究会植物工場ワーキンググループ(以下「WG」、座長:高辻正基東京農大客員教授)の報告書では「環境及び生育のモニタリングを基礎として、高度な環境制御を行うことにより、野菜等の植物の周年・計画生産が可能な栽培施設」のことだという。
 そして、閉鎖環境で太陽光を利用せず栽培する「完全人工光型」と、温室などで太陽光の利用を基本として、人工光による補光や夏季の高温抑制技術などを用いて栽培する「太陽光利用型」(太陽光・人工光併用型を含む)の2タイプがある。
 この植物工場は、情報通信技術やLEDなど新たな人工光源、ロボット技術、ヒートポンプなどの開発や機能向上など「工業分野で生まれた先進技術を農業に活用」する施設園芸の「究極の姿」であり「農商工連携のシンボル」だという。
 とくに栽培環境と生育データの数値化・共有化をすすめることで、篤農家の栽培技術をモデル化し「経験と勘だけに頼らない…サイエンスに基づく農業」を実現し「農産物の計画的な安定供給、均一性の高い農産物生産に資すると期待」している。
 さらに農地である必要がなく、空き工場や体育館のような建物の内部に設置するので、「農業以外の業種からの参入も比較的容易」で「民間企業による農業参入の有力な選択肢の一つ」となり、それが製造業なら「計画的な生産・品質管理手法等、異業種のノウハウが広く農業に活用される」ことで「園芸農業の更なる発展を促す効果がある」という。

(写真)野菜工房の多段式栽培と大山社長

 

◇全国に50カ所 これを3倍の150に

 いまいくつの植物工場が稼動しているのだろうか。
 昨年11月に出された「植物工場の事例集」(農水省・経産省)では、完全人工光型34カ所、太陽光・人工光併用型16カ所の合計50カ所(21年3月現在)の事例が紹介されている。WG「報告書」(21年4月)では、「3年後に3倍増」の150カ所にすることを目標として掲げている。
 栽培システムもさまざまで「7〜10くらいのパターン」があるのではとWGの事務局を務め事例集のための調査を行った三菱総研の伊藤保主任研究員は推測している。
 大雑把にいうと、水耕栽培のように養液を使うタイプと「人工土壌」を使うタイプがある。養液を使うタイプには、養液に浸けるタイプ(完全人工光型のほとんどの栽培システムはこれ)と間歇的に養液を噴霧するタイプ(キューピーのTSファームなど)がある。
 形状で分ければ、モデルルームなどでよく見かける「多段式」と、野菜を定植した1枚の生育パネルを斜めに立てかけた「三角パネル」(TSファーム)などがあるが、最近開発されているものは、効率よく収穫量が多い多段式がほとんどだ。
 人工光の照明も最新のLEDではなく、通常の蛍光灯か高圧ナトリウムランプだ。
 埼玉県秩父市で「野菜工房」を経営する大山敏雄社長の植物工場では、3段の栽培棚7列でリーフレタスなどを1日1000株出荷しているが、それに使っている光源は「LEDは良いがは高額だから使うことはできない」と白色蛍光灯が約1800本使われている。

 

◇莫大な設置や運営コスト

 実際に植物工場をつくるにはどれくらいの費用がかかるのだろうか。そして運営していくための経費は?
 野菜工房は設備に約1億円かかった。運営経費で一番多いのは人件費(週休2日で11名雇用)、次いで電気代で年間650万円、次が家賃、そして償却の順だという。
 野菜工房は、大山社長がキューピーの出身ということもあって、多段式だが噴霧水耕栽培でサラダのベースになる野菜に「無農薬・低細菌・低硝酸」という植物工場らしい付加価値をつけて、レストランや食品スーパーに直接販売しているが、景気の低迷もあり「経営的にはなかなか厳しい」のが実態だという。
 多段式の水耕栽培ユニットを販売している(株)アルミスによると、同社の6段栽培棚20台でレタスなどが1日250株程度(360日計算)出荷できる基本的なユニットの設置コストは、約1400万円(建物・内装・据付・運送・税は別)。そして生産コストは、1株約53円+7年均等償却(設備のみ)22円の合計75円だという。
 野菜生産と店舗販売を一体化させた生鮮野菜の製造小売ショップとしても注目されている(株)みらいの場合、20坪タイプで「初期投資が2000万円」プラス研修費や肥料の供給費用がかかると同社の関庄八マネージャー。この設備で、レタスが1日300株収穫でき、小売価格で1株200円(卸価格は何割か下げる)程度という。
 植物工場は季節や天候に左右されず、定時・定量・定質・定価格で安定供給が可能だということ、遊休工場でも空店舗でもスペースがあればどこでも設置できるというように地域や土地を選ばないこと、軽労働なので高齢者でも就業できるなどの利点がある。
 しかし、光熱費はビニールハウスによる施設栽培の47倍かかるという試算(WG報告書)もあるように、「設置や運営コストが莫大」にかかる。WGでは3年後に「生産コスト3割縮減」も掲げているがそう簡単なことではないだろう。

◇葉菜類だけでは需要拡大にむりが

 経営としての基本は、安定的な販路の確保により生産量を増やしていくことが一番だ。そのためには一般家庭用だけではなく、中食や外食など業務用需要の拡大が課題といえる。だが、外食や中食では「安定供給は魅力だが、ロットが少ない」。さらに「洗わずに食べられる」など安全性を大きなセールスポイントにしているが、「レタスだけのサラダはないから、他の野菜を洗浄するのでレタスだけ無洗浄では意味がない」などの課題がある。
 チェーン展開しているような外食や中食の需要に応えるためには品目の拡大も必要だといえる。しかし、経営的には、レタスなど葉菜類を多段式栽培棚で、効率的にしかも短期間で栽培して生産量を確保する必要があるようだ。技術的な面や経営効率から、草丈の高いものや根菜類への品目拡大は進まないのではないだろうか。
 いまの3倍の150カ所の植物工場設置というが、「採算がとれるまで6〜7年」かかるいわれ、すでに植物工場間での価格競争が起こっているといわれるなかで、葉菜類ばかり生産する工場が増えてどうなるのだろうか。その辺りの具体策は示されていない。

 

◇「食」の新しいビジネスモデルの一つか

 食料自給率の低下や食や農をめぐる諸問題をあげ、それを解決するのが植物工場だという人たちがいるが、葉菜類だけがいくら生産されてもそれらの解決にならないことは、ちょっと冷静に考えれば明らかなことだ。
 野菜工房の大山社長は「生きる土俵が違う」から「いま農業をしている人たちと競争するつもりはない」と明言する。植物工場の特徴を活かした機能性野菜などの付加価値をつけ、それを欲しいという人に売るから共存共栄できると考えている。
 農水省生産局生産流通振興課の清水治弥課長補佐は「植物工場は、車の世界でいえばF1」だという。先端の技術を開発・駆使し、蓄積したノウハウを施設園芸に活かすことができるという意味だ。
 大山社長や伊藤さんは、食品産業や製造業から参入することで、品質管理や生産管理・コスト管理のノウハウが農業に取り入れられ農業経営の近代化にプラスになるとみている。
 確かにプラス面も多くあり、「食」の新しいビジネスモデルとはいえても、植物工場が水田農業をベースに進化してきた日本農業にとってかわり、国民の基本的な食を担うことにはならないだろう。

野菜工房の大山社長は、植物工場の進化には4つのステップがあるという。そしてステップ2までがビジネスの世界で、3以降は当面、研究機関の仕事と考えている。
(図)野菜工房の大山社長は、植物工場の進化には4つのステップがあるという。そしてステップ2までがビジネスの世界で、3以降は当面、研究機関の仕事と考えている。

 

(2010.02.10)