「使えない作物はありません」
◆均一な苗を大量に生産するセルトレー
トマトやナスなどの果菜類を生産する農家では「苗半作」とよくいわれる。苗の良し悪しがその後の収穫までをほとんど決めてしまうという意味だ。それは果菜類だけではなく多くの野菜や花卉でもいえることだろう。
いまから25年くらい前に均一な苗を大量に生産できる「セルトレー」による育苗が始まり、育苗に対する意識が大きく変わりセルトレー育苗が普及した。
セルトレーの普及は、育苗の省力化とともに作物によっては機械による移植を可能にした。そのことは生産者の法人化や規模拡大を促すとともに、さらなる機械化と効率化を促進し、苗生産専業が誕生するなど、最近は育苗の分業化が進んできているといえる。
◆管理や作業性にいくつかの弱点も
しかし、セルトレーによる育苗には、いくつかの弱点もある。
その一つが潅水管理だ。培養土を乾燥させることはもちろんだが、加湿し過ぎるのも苗の生育を阻害する。また育苗が長期にわたる場合には、培養土中の空気層が圧縮され根が呼吸することが難しくなるという問題が生じたりすることもある。
二つ目は、とくに直根系の作物など、植物を掘り起こした時についてくる根と根の周りの土をさす「根鉢」形成が悪い作物では、移植の際に土が崩れ落ち作業がし難くなる。
また、移植をしやすいように根鉢がかなり巻いた通常苗は、根が巻いているために移植後の活着率が下がるという問題も起きやすい。
通常のセルトレー苗を機械で定植するためには、定植する前日に薬剤(固化剤)で苗を固めておかないと、土が崩れ定植できない。しかも、定植の当日、天候が悪く延期すると再度、薬剤で固めないと定植できない。
◆根鉢を巻く前の苗や直根系苗も簡単に移植
セルトレー育苗による良さを活かしながら、このような弱点を解決したのが「プラントプラグ」だといえる。
「プラントプラグ」は、ノルウェーのジフィー プロダクツ インターナショナル社が、機械定植を目的に開発した育苗資材で、セルトレー内で成型された育苗用培養土で、主にココ繊維とピートモスを混合した培養土。吸水性・保水性・気相に富んでおり、手で触ってみると「お風呂場にあるスポンジ」という感触だ。だから、培養土内の空気層がいつも確保され、健全な生育を促すことになる。
こうした特性に注目した(株)サカタのタネが05年から輸入、08年から国内生産に切り替え、販売している。
成型された培養土なので、根鉢を巻く前の若苗や直根系の苗でも、苗をつまんでセルから抜いても根鉢が崩れることがないので、根鉢を形成する前に移植することができ、スムーズな活着や生育を促進することができる。
それは育苗期間の短縮や苗生産の回転率を高めるだけではなく、定植作業の効率化にもつながる。
左:「チンゲンサイの比較写真」
同じ日に播種したチンゲンサイ。右は育苗28日で定植した「通常セル苗」、左は育苗12日目に定植したプラントプラグ苗。
プラントプラグ区は若苗で早期定植することで生育スピードが早く、根の張りも太い直根となる。
◆作業が楽になり効率もよくなった
千葉県の北総地域で野菜や花などの苗を生産し種苗店やホームセンター(HC)に販売している(株)藤ノ木園芸では07年からこのプラントプラグを導入している。取材に訪れた日は、ナスの断根接木をプラントプラグに挿す作業や生育した苗をHCなどに出荷するためにポットに鉢上げ(移植)する作業が行われていた。
圧巻だったのは、ポットへの鉢上げ作業だ(右の写真)。通常は挿してから2週間かかるのだが、プラントプラグは活着がいいので1週間から10日で鉢上げができるようになったという。
そしていままでは、根鉢が崩れないようにフォークなどを使って慎重に作業していたが、いまは苗をつまんで抜けば根鉢が崩れることもなく抜けるので、作業が「楽になったし、早くなった」と、作業を担当するパートの女性が笑顔で語る。失敗すれば、効率が悪いだけではなく「やっぱり怒られるし、失敗がなければ怒られることもないから楽しい」。
(写真)軽くつまんで簡単にポットに移植(藤ノ木園芸で)
◆発芽が早く、機械定植に向いて育苗が
次に訪れた久保田園芸は、カスミソウなどの花苗の生産農家だが、09年にプラントプラグを導入してネギの苗を播種から行って生産を始めた。
久保田さんは「培養土がスポンジ状なので、水分量がよく、発芽が3、4日他のセルトレーより早い」「酸素が取り入れやすいので肥料をよく吸う」「土と根がよく絡み機械定植によい苗に育つ」とプラントプラグを導入してよかったと語る。
久保田園芸で生産されたネギ苗を機械定植して周年栽培しているのが、ハウス150棟、露地畑5haで野菜の生産販売をしている(有)北総ベジタブルだ。
プラントプラグ苗なので固化剤を使うこともなく定植機で一気に定植していく。「前日に天候を見ながら根鉢を固める作業がいらないから楽だ」と、ここでもプラントプラグの評判はいい。
(写真)固化剤を使わずネギ定植機で一気に定植(左)・ネギ機械定植後の様子(右)
◆トータルパフォーマンスでコストダウン
だが、プラントプラグを使った生産コストはどうなのか。
成型培養土を入れた状態で生産者は購入するのだから、通常のセルトレーと比較すれば価格は当然高い。しかし、土を詰める作業がいらず、事前に注文すれば作業日に合わせて納入されるので、計画的な作業ができる。育苗や収穫までの期間が短縮されること、移植・定植作業の効率化・省力化ができるなど「トータルコストで考えてもらえれば、ご理解いただけるはず」とサカタのタネ・内山理勝執行役員。
そして「花や野菜に限らず“使わないでください”という作物はありません」というように、幅広い農産物の育苗に活用できるので、今後の展開が楽しみだといえる。