地域農業活性化へ
JAとの連携めざす
(写真)上下2段の高設ハウス(09年は上段のみ使用)(右上)1個60〜65gのとちおとめも
◆上下2段の高設栽培で効率的な運営
イチゴ栽培のハウスに入ると今までにみたことがない光景が広がっていた。イチゴのハウスは数多く見てきたし、高設栽培にも接してきたが、ここ(株)住化ファーム長野のハウスは上下2段になっている。下段にも太陽光が入るように上段の高さは通常の高設よりも高くなっている。
上段は、気候が冷涼なこともあって7月下旬まで収穫できるが、下段は早めに収穫を終え、以降は次作の苗づくりに使っている。取材に訪れた9月上旬、上段はほぼ定植が終わっていたが、下段にはまだ苗が残っていた。2段にすることで、苗づくりから栽培・収穫まで効率的な運営ができているようだ。
(株)住化ファーム長野は、09年5月に長野県中野市に設立され、10年1月からイチゴの出荷をはじめた住友化学の関連会社だ。市内に隣接して4カ所のハウスがありその面積は合計1haだが、作付面積は2段なので2haとなる(09年は上段のみ使用)。使用している農地は、耕作放棄地を借地している(地権者は5名)。
◆グループの商材・機能を有効活用
住友化学では、この3年ほど前から農業への参入を検討していたが、09年4月にアグロ事業部営業部に専任の農業企画チームを設置したことで「スピードがあがり具体化した」と同チームのリーダー用貝広幸さんはいう。
住友化学は化学肥料から始まった会社で、現在でも肥料・農薬では国内最大手だ。さらにグループには、種子、潅水資材、農業用フィルム、IPM(総合的病害虫・雑草管理)資材、残留分析そして農産物の販売・栽培指導を行う会社があり、さらに独自に開発した「農業経営支援システム」もある。
こうしたグループのもっている商材・機能を総合的に提供して、「日本の農業経営を総合的に支援するトータルソリューションプロバイダーをめざす」というのが、住友化学アグログループの事業戦略だと、アグロ事業部の宮芝望営業部長。
そして農業法人を設立した目的は大きく分けて3つあるという。
一つは、各地の耕作放棄地を有効活用することで、地元での雇用を創出し、地域農業の活性化、ひいては日本農業の活性化に貢献したいということ。
二つ目は、グループが持っている農業関係の商材は、実験や研究レベルで個々に試験をしているが、実際の生産現場で総合的に実践したデータは不十分なので、実践的な栽培や経営のノウハウを蓄積する。そのノウハウを全国に水平展開して、農家に役立ててもらうこと。
三つ目は、住友化学の子会社で、カンパリトマトやカラーピーマンを販売(契約栽培)したり、農産物の企画提案・流通販売、土壌診断や肥料・資材の提案・販売や栽培支援を行っている日本エコアグロ(株)が販売する農産物の産地確保ということだ。
◆行政が農地の使用を仲介
現在、長野以外にも(株)住化ファームおおいたが大分県豊後大野市にある。ここは09年12月に設立され、この9月にハウスでトマトの定植をしたばかりで出荷はこれからだ。
大分の場合も面積は1haで耕作放棄地を賃借しているが、県が企業の農業参入を率先して行っており、住友の場合も県からの誘いがあり農地についても斡旋してくれたという。
長野の場合は、中野市でキノコや青果物の流通・販売、農業資材の販売を行い、住友化学や日本エコアグロと取引きがある地元企業の紹介だという。
中野市は、キノコ類やリンゴ、ブドウの巨峰の産地として有名だが、イチゴはマイナーな作物だ。それもあってか地元のJAに電話してみたが、それほど関心はないようで「耕作放棄地が増えているので、そうした農地を活用することはけっこうなことだと思います」というコメントだった。
住化ファームが借りた農地については、中野市が当時の「特定法人貸付事業」によって地権者との間を「調停しました」と担当した芋川文実経済部農政課主任主事。その際には、「数年で倒産などしてしまいハウスだけが残った」という状況にしたくないので、販売計画、資本状況などかなり細かいところまで精査したという。
実際に栽培が始まってからも「下請けとかに丸投げするのでは」という危惧をもっていたが、住化ファームの久保田唯勝マネージャーが常駐し、販売先などに出かけていない限りいつも「ほ場で真面目に仕事をしているので安心」したとも。
中野市の耕作放棄地は438ha(平成20年調査)で全耕地の12%前後だと農政課の池田正実主査。個人経営の場合、キノコなど施設型農業へ移行すると、中山間など離れた農地へ行かなくなること。そして全国共通だが高齢化と後継者不足が耕作放棄地になる要因のようだ。
◆栽培方法やコスト管理などノウハウを蓄積
前述の地元企業は地元で生産された農産物の流通販売だけではなく、10年ほど前から、イチゴ(とちおとめ)を近隣の農家数軒と契約栽培(作付面積2.5ha)し、東京の高級食品スーパーなどに販売している。ここで栽培されるとちおとめは、通常のものより大玉で、1個が60〜65gもあるイチゴもできるという。大玉でしかも他の産地のイチゴが出ない7月まであるので「それなりにいい価格で売れる」。
それを可能にしているのは「栃木より標高が高く冷涼なので、気候がとちおとめに向いているのではないか」という。久保田さんはこの地元企業の協力も得ながらとちおとめを生産すると同時に、他の品種や栽培方法の試験もハウスの一部で行っている。
「農業経営支援システム」を使うと、肥培情報から農薬の使用などの栽培記録、日々の収穫量から生産コストの管理までできる。そうしたデータやノウハウを2年、3年と蓄積すれば、このシステムはネット上でデータ管理しているので、システムを利用している他の生産者に住化が蓄積したノウハウを提供することもできる。そのために「さまざまなデータを蓄積しているんです」と久保田さん。
(写真)市内の隣接した4カ所にハウスが
◆野菜を周年供給できるようにしたい
宮芝部長は今後の展開として、1年に1〜2カ所は農業法人を設立し、全国で10カ所くらいに展開したいと考えている。これまではJAと積極的に関わる場面は少なかったが、目的である「地域農業を振興」するために、「JAさんとも住友の特約店とも一緒に取組んでいきたい」。そして「施設栽培だけではなく、紹介された農地の地力に合わせて、露地栽培もやりたい」という。それがグループの「商材や機能を活かす道だから」だ。
自ら生産するだけではなく、農産物の販売を手がける子会社・日本エコアグロの委託産地も全国に数十カ所つくっていきたいとも考えている。そのことで、野菜の周年供給を可能にしたいからだ。
別れ際に久保田さんは「ここではイチゴはマイナーだけど、キノコやブドウと同じように中野のメジャー作物にしたい」と希望を語ってくれた。