新農業者大学校が今春開校した。多摩の旧校舎から筑波の研究学園都市の農業研究団地内に実に明るい居住性の高い新校舎に移転するとともに、教育方針や教育内容も一新することになった。
農業者大学校はすでに40周年を迎え、かつ農林水産関係機関の機構・組織改革などを機に、新生農業者大学校への刷新をねらいとして「農業者大学校のあり方に関する検討委員会」が一昨年設置され、その委員長を私が務めさせられた。
そういう経緯もあり、新生農業者大学校の開校早々に、新入生を対象に、特別講義を行うよう要請された。新農業者大学校の特色や入学者の顔ぶれなどについては、次の機会にでも紹介することにして、ここでは、4月17日に行った特別講義のレジュメを載せていただくことにする。
◆Challenge, at your own risk
―新農業者大学校の開校にあたり―
東京大学名誉教授 今村奈良臣
1.Challenge, at your own risk!
“Challenge, at your own risk”を私は「挑戦と自己責任の原則」と訳している。これを新農業者大学校の開校にあたり入学者の皆さんに贈りたいと思う。
私は23年前から全国各地の農民塾生たちを塾長として指導してきたが、その卒塾生たちに何が胸に残っているかと聞いたらいずれもこの言葉だと言った。この言葉を最初に聞いたのは24年前にアメリカ・ウィスコンシン大学の客員研究員として行っていた時、アメリカ中西部の農民から聞き胸にグッときた。アメリカでは農場主の父が引退を決意した時、子どもたちの中で「私が農場を買って経営者になります」と言った子ども(長男でなくても次男、三男、次女でもよい)に農場は継承される。その時発せられた言葉であり、重い。日本では長男が、家督、家産(田畑山林家屋敷)、家業(農業)を継ぐ慣習が続き、その結果、日本農村は「長男集団」、「長男社会」であった。
2.Boys, be aggressive!
“Boys, be aggressive!”を私は「自らの新路線を切り拓き積極果敢に実践せよ」と訳している。明らかに明治の初め札幌農学校を辞し、アメリカに帰国するにあたり発したクラーク先生の“Boys, be ambitious”(青年よ大志を抱け)をもじったものである(なお、Boysは一般名詞であり女性も指す。男女差別語ではない)。今から45年前、私が東京大学大学院博士課程を修了し、(財)農政調査委員会という研究所に研究職員で入った折、理事長の故・東畑四郎氏(農林事務次官、日本銀行政策委員等を歴任、旧農業者大学校の創設者、私の先生であった故・東畑精一東京大学名誉教授の実弟)が言われた言葉である。この言葉を聞いた時、身の引き締まる想いをしたが、この言葉を胸に農政改革の基本課題、とりわけ中央集権的画一型農政の核心であった農業補助金制度改革などについて、私は積極果敢に追求、分析、提言してきた。皆さんもこれらの言葉の内包する意義をかみしめ実践していただきたい。
3.故・東畑四郎氏の旧農業者大学校創立にあたっての言葉(1968年)
「農村における良きリーダーとなるため、自然科学のみならず社会科学、文化科学についての教養をつける必要がある」
4.私の食料・農業・農村政策についての基本スタンス
(1)農業は生命総合産業であり、農村はその創造の場である
(2)食と農の距離を全力をあげて縮める
(3)農業ほど人材を必要とする産業はない
(4)トップ・ダウン農政からボトム・アップ農政への転換を、全力をあげて進める
(5)共益の追求を通して、私益と公益の極大化をはかる
5.農業の6次産業化ネットワークを推進しよう
私は14年前に全国で初めて「農業の6次産業化」を提唱した。当初は、1次産業+2次産業+3次産業=6次産業という提案であったが、2年後に1×2×3=6というように、掛け算に修正した。つまり、1次産業=農業が0になれば、0×2×3=0であるという警鐘のためである。それまでの農業は単に農産物を作るだけということであったが、それに止まらず多様な食品加工(2次産業)、多彩な販売戦略(3次産業)を通して、付加価値を増やし、農村に新たな就業の場、雇用の場を作ろうという提案であった。こうして農業・農村と消費者、つまり農と食との距離をいかに縮めるか、そのための多様な、かつ斬新なネットワークをいかに作るか、当面する大きな課題である。また、「農業ほど男女差のない産業はない」(青森県・JA田子町常務理事 佐野房)ことを認識し、農業の6次産業化の推進力は女性に負うところが大きい。
6.「多様性の中にこそ、真に強靱な活力は育まれる。画一化のなかからは弱体性しか生まれてこない」、「多様性を活かすのがネットワークである」
この考え方は私の信条とするところである。大学校生の皆さんも、こういう考え方のもとに勉学に励んでいただきたいし、また卒業され、実践の場に出られても、この考え方で実践していただきたい。
7.「時間軸」と「空間軸」という2つの基本視点に立ち、近未来(5年、10年先)を正確に射程にとらえつつ、勉学に励み、そのうえで一層の活力ある多彩なネットワーク活動に取り組み、日本農業・農村の再活性化のリーダーに育っていただきたい。
8.むすび
我は我 されどなお問う 共と協
(注)次のウェブサイトにアクセスすれば、私の論稿が次々と出て来ます。参考にして下さい。勉強して下さい。
http://www.ja-so-ken.or.jp/ 「所長の部屋」
◆特別講義に多くの質問と要望
私の特別講義が終わった後、控え室に十数人の学生たちが三々五々訪ねてきて、質問や希望を次々と述べてくれた。「これまで大学に4年間いたが、今日のような講義は初めて聞いた」、「食料・農業・農村政策についての先生の基本スタンスについてもう少し突っ込んで話して欲しかった」、「アメリカの農村で行ったという農場継承についての調査の話をもう少し具体的に話して欲しかった」、「ネットワークを作ろう、という提案は非常に胸に落ちたが、どうすればよいか聞きたい」「『共と協』ということは漠然と判るが、もう少し突っ込んで聞きたい」、「農業の6次産業化の具体的推進のあり方についてもう少し突っ込んで聞きたい」、「もう1時間やってくれませんか」等々。大学校の都合もあり、今日はできないので、他日、再度講義をしようと告げて別れた。そうしたら昨日、大学校の教務課から学生たちの寄せた感想文がどっしり届けられた。その感想文の内容は多彩であり、私への質問に止まらず、学生たちの熱意あふれる将来へ向けての希望や意志が語られている。次回にでも紹介したいと考えている。
イラスト:種田英幸 |