農協人文化賞は30回という記念すべき年であったので、授賞式のあと記念シンポジウムをJAビル国際会議場で開催した。
メインテーマとして「明日のJAの活性化への戦略を提言する」というタイトルを掲げ、私が司会進行をつとめ、石田正昭三重大学教授にコメンテーターをお願いしてすすめることにした。
そこで、受賞者18名の方々の多数すべてに壇上に上がっていただくわけにはいかないので、私の方で、次の方々にパネラーとしてお願いして登壇していただくことにして、他の方々は会場の最前列に着席していただき、随時発言をお願いすることとした。
◆多彩なトップリーダー
上村幸男氏(JA菊池地域代表理事組合長)
黒澤賢治氏(JA―IT研究会副代表委員)
田村三千夫氏(JA三次アンテナショップ生産連絡協議会会長)
林雅人氏(JA秋田県厚生連 平鹿総合病院総長)
佐野房氏(JA田子町常務理事)
本田強氏(特定非営利活動法人環境保全米ネットワーク理事長)
山本伸司氏(パルシステム生協連常務執行役員・専務補佐)
以上、7人の方々はそれぞれ活動分野は若干異なるものの、地域に根ざし多面的な協同組合活動を推進されてきた方々である。
◆シンポジウムの主なテーマ
司会・進行役としての私の方で、シンポジウムの進行の上で、各パネラーに発言していただきたい主なテーマとして次のような7本の柱となるテーマを掲げさせていただいた。
(1)「人多地少」の時代から「人少地多」の時代への激変の中、いかに地域農業の活力を高めるか。
(2)人を生かす、資源を活かす、地域を興す――JAは仕事興しセンターになろうではないか。
(3)女性と高齢技能者の知恵と技能、行動力をいかに組織するか。
(4)食と農の距離をいかに縮め、食の安全・安心を高め、国民にいかに全面支援されるJAになるか。
(5)地域の医療と組合員の健康をいかに守るか。
(6)地域の司令塔としてのJAの戦略はいかにあるべきか。経営・財務改革をいかに進めるか。
(7)世界的な食糧危機の時代に向けて、JAはいかなる戦略を打ち出すべきか。
* * *
〔総括〕
時間軸と空間軸の2つの基本視点を踏まえて、近未来の展望を明確に描こう。
以上7本の主なテーマと最後の総括にあたるテーマを踏まえて、パネラーの皆さんから自由闊達な発言をお願いした。その発言の内容は、非常に多岐にわたり示唆に富むものであったが、この限られた紙面で紹介することは至難の業であるので、パネラーの皆さんの御発言の一端をキーワードに整理しつつ紹介するに止めることを許していただきたい。
◆計画責任 実行責任 結果責任 上村幸男
氏のJA菊池地域は、肥沃な大地と豊かな水資源を余すところなく活かして、酪農、肉用牛を中心にした西日本一の畜産と多彩な施設園芸、米麦、大豆と国民の食卓の求める農畜産物を生産、供給している。この姿を第6次農振計画で「きくちのまんまで新たな夢への挑戦」と打ち出している。「きくちのまんま」とは、安心、安全な菊池の農畜産物の統一ブランドで、豊かな大地に育まれたおふくろの味という意味も込められている。その安全、安心な農畜産物は耕畜連携を基本に循環型農業の構築により実現しており、女性部は直売所活動で10億円を超える売上げを実現するなど多様な担い手が意欲に満ちて育っている。
貯金も1000億突破、また緊急畜産対策でも総額1億円の飼料、素牛導入の緊急対策を実施するなど組合員の意欲を高める路線を実施している。JA活動の基本は、「計画責任、実行責任、結果責任」にあるということをモットーに頑張っている。
◆JAは仕事興しセンターになろう
JA甘楽富岡の黒澤賢治氏は、農協の果たす役割と機能は、地域の仕事創りセンターであり、地域活性化の仕掛人であり、地域発信型社会の司令塔であると強調された。その信念をもとに7年前に全国JA―IT研究会の設立の発起人になり、JA活動の改革に取り組んでいる農協の最大の使命と役割は、営農・経済事業の革新と組合員の手取り最優先の事業システムづくりの実践にある、と確信し、全国の志を共にする大勢の仲間と研鑽に励んできた、と開口一番話された。JA甘楽富岡は、かつて養蚕、コンニャクの全国有数の主産地であったが、自由化の嵐の中で生産は激減。その危機を乗り切るために、中山間地の標高差の特性を活かす野菜や菌茸の周年供給産地への改革、直売、インショップなど販売路線の全面的改革、組合員手取り最優先のシステムの創造など、全国トップランナーとしての仕掛人としての苦心話を語られるとともに、JAは地域の仕事興しセンターになろうと呼びかけられた。
◆農業ほど男女差のない産業はない
JA田子町の佐野房さんは、自らの生い立ちから農業への従事の歴史を話されるとともに、その実体験の中で「農業ほど男女差のない産業はない」という確信が生まれてきた。そのエネルギーは農協婦人部長、農業委員などを経験される中でさらに深まり、男女共同参画社会の実現のために多彩な女性の地位向上のための活動をされるとともに、日本一のニンニク産地の形成や東北で初めて地域団体商標を取得するなど、JAの経済部門担当の常務理事として活躍されている姿を語られるとともに、全国のJAへ向けて女性参画の重要性を呼びかけられた。
◆農業の六次産業化で地域を興す
JA三次アンテナショップ生産連絡協議会会長の田村三千夫氏は、山間部の小さな農家としての経験、農協職員としての活動、派米農業青年としての研修経験など多彩な人生の経験を踏まえつつ、地域農業の新時代における活力は、作るだけではなく、加工も行いつつ、いかに消費者の望む食料品を売るかということが基本だと考え、農業の六次産業化を推進するためにアンテナショップ生産連絡協議会を立ち上げ、地域の核となって活動している姿を詳しく紹介された。女性や高齢者の生きがいを鼓舞し、耕作放棄地や遊休地をなくし、生産者のフトコロを暖める農業の六次産業化の推進、確立こそが地域興しの基本路線だと強調された。
◆健康があって地域は興る
JA厚生連平鹿総合病院の林雅人氏は、大学を卒業されて平鹿総合病院に赴任した1964年からこれまでの歴史を感慨深く振り返りつつ、いま総力をあげて県下の厚生連病院の改築と医療設備の充実に取り組まれている姿を話された。冬の長い秋田で保存食をはじめとする食習慣による食塩の過剰摂取、過重労働からくる疾病の時代から、現代の食生活の歪みから起こる疾病、高齢者の生活習慣病などに対する対策など、名医の診断と地域医療の向上にかかわる広範な知見を披露していただいた。そして、健康な組合員と地域があってはじめて地域農業と農村社会に活力がみなぎると結ばれた。
◆県民運動になった環境保全米の推進
特定非営利活動法人環境保全米ネットワーク理事長の本田強氏は、95年11月から初めて取組を始めた安全、安心の環境保全米運動のこれまでの軌跡を熱を込めて話された。当初は理念や理論は良いがなかなか拡がりをもたなかったが、JAみやぎ登米が組織をあげて取り組み始めた03年を転機に大きく拡がりをみせた。特に03年は障害型冷害がひどかったが、その中で環境保全型稲作は豊作をもたらし、これを契機に宮城の県民運動へと発展するようになり、環境保全米はその高品質が評価され年内完売という状況を生み出すまでになった。新しい時代の稲作の理論と実践には学ぶべきものが多いと参集者の胸を打った。
◆農と食をむすぶ安心・安全の絆
パルシステム生協連常務執行役員・専務補佐の山本伸司氏は、子どもの頃生まれ故郷の佐渡にいた美しいトキの姿が農薬の普及とともに姿を消し、ついには絶滅に至る話から始まり、パルシステムの理念と活動の原則へと展開された。パルシステムは「心豊か」「共生の社会」をうたい、事業理念として「環境と調和」、組織理念で「多様性の共存、協同連携」「社会に開かれた」運営を掲げ、商品事業の根幹に「食べることを育むこと」を柱としていると強調された。「農は、人を育て、地域社会を育て、世界をつなぐ」と言った非遺伝子組み換え大豆を作っているアメリカの農民(ケント・ロック氏)の言葉の紹介は参会者の胸を打った。
◆むすび ―シンポジウムの総括―
壇上の7人のパネラーだけでなく、最前列におられた受賞者の御発言もあったが紙数の制約で申し訳ないが省略する。また、パネラーの皆さんの御発言も申し訳ないが圧縮させていただいた。しかし、その御発言の核心はキーワードで示したように、まさに珠玉の提言の宝庫であったと回想している。
皆さんの御発言の共通項を整理すると次のように集約できると思う。
これまでの数十年にわたる貴重な各人の活動の歴史つまり時間軸の画期を適確にとらえつつ、また、世界と日本国内各地の空間軸にかかわる視点を踏まえつつ、当面する課題はもちろん、5年先、10年先の近未来の望ましい展望を明確に描き、会場の参集者の皆さんに問題提起をしていただいた。そういう意味では、この記念シンポジウムは、その成果としては来年10月に予定されている第25回JA全国大会において示されるべき新たな路線の核心を提起していたのではないかと、私なりに痛感した次第である。終わりにパネラーの皆さんにお礼を申し上げるとともに、コメンテーターをしていただいた石田教授の発言にはふれ得なかったが、石田教授に別稿を書いていただくことして、私のまとめとしたい。
イラスト:種田英幸 |