山形県酒田市の酒田スーパー農業経営塾の第8期生の入塾式が去る7月29日にあった。1期2年であるから、これまでの14年間の卒塾生は115名の多数にのぼり、市内各地で地域農業活性化の先頭に立ち、また自らの農業経営の革新につとめつつ活躍している。とりわけ、女性の卒塾生たちは多彩な農産物直売所のリーダーになり、農産物を供給する高齢技能者たちを組織して多様な農産物の安定供給のシステムを作りあげている。
今期の新入塾生は12名、うち女性が3名で、24歳から53歳と年齢層も、また、その基盤となる農業経営も多彩であるが、入塾式での新入生たちの発言を聞いていたら、実に意欲に富む抱負を述べてくれていた。
そこで、入塾式に当り、塾長としての私は慣例の記念講演を行った。「地域興しへの私の10の提言??酒田市スーパー農業経営塾新入生に贈る??」というものであるが、全国各地の青年やJA職員にも役立つと思うので、ここで紹介しておきたいと思う。ただし、紙数の制約のため要点を述べるに留めたい。
1、Challenge!at your own risk!
これを私は「全力をあげて何事にも挑戦せよ。そして自己責任の原則を全うせよ」と訳している。25年前から指導してきた全国各地の農民塾生たちに何が胸に残っているかと聞いたらいずれもこの言葉だと言った。この言葉をはじめて聞いたのは26年前にアメリカ・ウイスコンソン大学に客員研究員で行っていて農村調査で中西部の農民の調査をした折、父が息子に農場継承に当り発した言葉で、私の胸にぐっときた発言であった。この言葉を胸に頑張ってもらいたい。
2、Boys,be aggressive!
この言葉を私は「自らの新路線を切り拓き積極果敢に実践せよ!」と訳している。明らかに明治の初め札幌農学校を辞するにあたり発したクラーク先生の“Boys,be ambitious!”(青年よ、大志を抱け)をもじったものである。(なお、Boysは一般名詞であり女性も指す、男女差別語ではない)。今から47年前、私が東京大学大学院を修了し、(財)農政調査委員会という研究所に入った折、理事長の故東畑四郎氏(農林事務次官等歴任、国の農業者大学校の創設者)が私に言った言葉で、この言葉を胸に私は全力をあげてきたが、皆さんにも贈りたい。
3、農業ほど男女差のない産業はない
この言葉は青森JA田子町の専務理事(現JA八戸、監事)佐野房(さのふさ)さんから聞き、胸にずしんときた。「農業ほど人材を必要とする産業はない」、「JAほど人材を必要とする組織はない」と私は言ってきたが、この佐野房さんの言葉はその実践の重みを背景に核心を突いている。
4、「多様性の中にこそ、真に強靭な活力は育まれる。画一化の中からは弱体性しか生まれてこない」、「多様性を真に生かすのが、ネットワークである」
この考え方は私の信念とするところである。多様性に富む個性を持つ組合員がいて強力なJAになれる。その多様な個性をいかに活かすか、そのネットワーク作りが重要になってくる。個性を殺す画一化路線は駄目だ。
5、ChangeをChanceに/逆風が吹かなければ凧は揚がらない
農業・農村そして社会経済の激変(Change)をただ嘆くのではなく、Chanceがきた(好機到来)と受け止め、新たな飛躍の路線を考え実践に移す。“g”を“c”に変えるという発想で、常に前向きに考え新しい方向を切り拓こう。そして、逆風が吹くからこそ凧は揚がるという精神で常に困難の中で新しい道を切り拓いて進もう。
6、ピンピンコロリ路線の推進を
いま、農村では農村人口の高齢化が急速に進んでいる。しかし、私は農村の高齢者を「高齢者」と決して呼ばず、「高齢技能者」と呼んできた。農村の高齢者は単に高齢を重ねてきたのではなく、智恵と技能をその五体に摺り込んで生きてきた方々である。その智恵と技能・技術を地域興しに、とりわけ農業生産活動に活かしてもらいたい。そして、高齢技能者を元気にさせるのが中堅や若手の女性の皆さん達のリーダーシップである。そして、ある日、地域の皆にたたえられて大往生を遂げて頂く、つまりピンピンコロリ路線である。
7、計画責任、実行責任、結果責任
どういう仕事や事業経営などを行っても、この3つが基本原則である。「絵に描いた餅は食えない」と昔から言われてきたが、JA関係の分野では、一般的に絵に描いた餅、つまり計画ばかり作り、計画倒れが多すぎた。特にJAの役員はこの三つのテーマ、とりわけ実行責任、結果責任をいつも胸に抱きつつ、JAの活性化、地域の活性化、組合員の活性化に取り組んでもらいたい。
8、皆さん、全員、美しい魅力的な名刺を持とう。
日本の農家で名刺を持っている人はこれまでほとんどいなかった。他の産業分野と非常に異なった日本農村の特徴であった。しかし、いまは違う。名刺は情報発信の基本であり、原点である。自らの行っている農業や多彩な地域活動に誇りを持ち、世の中すべてに語りかけるためには、パソコンによる手作りでも充分、全員美しい魅力的な名刺を持とうではないか。そこから、地域は変わっていく。
9、農業の6次産業化を推進し、6次産業ネットワークを拡げよう。
今から15年前、私は全国に向かって農業の6次産業化の推進を呼びかけた。当初は、1次産業+2次産業+3次産業=6次産業、というものであったが、すぐに改め、1×2×3=6と足し算から掛け算に改めた。農業がなくなれば、つまり0×2×3=0、すべて終わりですよと強調したかったからである。
この私の呼びかけにすぐ呼応したのが農村の女性たちであった。6次産業化をめざす女性たちの起業活動は急速に伸び、農水省の最新統計によれば、平成18年には全国の女性起業は実に9533件と1万の大台に達しようとしている。 さらに農産物直産所も急激に増加して、いまや1兆円産業になろうとしている。しかし、さらにJAを中心として新しい時代にふさわしい、多彩な食を中心とした農業の6次産業化、農商工連携の道を追求してほしい。もちろん、食の分野だけでなく、地域興しやグリーンツーリズムに至るまで、多彩な農村の6次産業化を推進しよう。
10、「所有は有効利用の義務を伴う」農地は子孫からの預かりものである。
「所有は有効利用の義務を伴う」。この原則は農地改革の基本原則であり、私の信念でもある。農地改革で生まれた零細多数の農民の経済的地位の向上と農村の活力を増進するために組織されたのが農業協同組合であったはずである。戦後60有余年、それがいま風化しようという時代になりつつある。
耕作放棄地が激増し、農地の有効利用への関心が低下する中で、改めてJAは今こそ「所有は有効利用の義務を伴う」、「農地はこれから生まれてくる子孫からの預かりものである」という基本理念に立ち返り、その旗を高く掲げ、地域農業の活力を取りもどすべく多彩な活動を行う責務がある。
<むすび>
「時間軸」と「空間軸」という二つの基本視点に立ち、近未来(5-10年先)を正確に射程にとらえつつ、一層の活力ある多彩なネットワーク活動を通して、地域農業・農村の活性化に全力をあげよう。
(イラスト・種田英幸)