この法案は、その対象を農林漁業者に限り、また、農林水産物の加工、流通に限っている。当面はそれでよいかもしれない。しかし、政策の理念としては、農村社会全体を捉え、その活性化を目的に掲げるべきではないか。
ここで思い出すのは、40年前の農村地域工業等導入促進法である。このときは、導入する業種に制限はなかった。このため、最先端の工業が豊富な労働力を求めて、農村に続々と入った。そこで、多くの農業者が兼業者として働いた。そして、日本経済の高度成長の中核を担った。
その結果、農業者は農村にいて豊かな生活ができた。また、その結果、都市でも過密や貧困にともなう深刻な社会問題は、ほとんど起きなかった。
その後、近年まで、農村だけでなく都市も含めて日本全体が1億総中流になり、世界中でいちばん安全な社会になった。欧米と違って、日常生活で銃を必要としない安全社会になった。また、日本の都市には、数万人という多数の低所得者が集まって暮らしている、いわゆる、スラム街はできなかった。そうした国は世界中のどこにもない。農村社会が安定していたからである。
こうした安全社会は、農協の先輩をはじめとする多くの先人たちが、心血を注いで築き上げたものである。その安全社会が、いま、根底から崩れ去ろうとしている。いまこそ、先人たちにならって、安全社会を取り戻すべきではないか。6次産業化法を、そのための重要な契機にすべきである。
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そうするためには、この政策が対象にする業種を農産物の加工、販売に限定しないことだ。農村には食糧資源だけでなく、風力や水力や地熱や太陽光や植物起源のエネルギー資源など、さまざまなエネルギー資源が大量に眠っている。これらの資源を利用するエネルギー産業は、今後わが国の産業の先頭に立って主導する中核的な産業になるだろう。
6次産業化法は、こうした農村の豊富な資源を使う、最先端の工業の導入を目指すべきだろう。そうして日本経済を再生する起爆剤にすべきではないか。そのためには、導入する業種を制限しないことだ。また、支援の対象を農業者に限定しないで、最先端の技術を駆使する人たちにも対象を広げるべきだ。40年前のように、導入した工場に対する税制上の優遇策も用意すべきだろう。
こうして、作ったエネルギーを都市に運ぶ輸送施設も必要になるし、スマート・グリッド(最適化電力網)のような広域的な施設も必要になるだろう。
農業者でそうした工場や施設で働きたい人がいれば、そこで兼業者として働けばよい。そうすれば、農村が安定し、農業も安定する。それだけではない。日本経済を活性化し、都市からも、多くの人を迎え入れることができる。そうして、日本を全体として雇用を安定させ、安全社会にすることができる。
いまの政府には、経済の成長戦略がない、といわれている。そうした批判に答えるためにも、農村にエネルギー産業を作り出し、それを今後の経済発展の中核的な産業に据えるべきだろう。
6次産業化法に期待したいことは、法の目的を、こうした高次元の目的に格上げし、施策を充実させることである。
農業者は高度な技術者である。農業者に対して経営感覚を高めよ、などというのは、工場長に対してセールスに廻ってこい、というのと同じで、陰湿ないじめだ。6次産業化法で、そうした農業者いじめを助長することは、決して期待しない。
(前回 棚上げ備蓄で米価が上がる)
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