コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
農地価格が下がり続けている

 農地価格が、また下がった。10年以上も下がり続けている。米価が下がっているからだ、というが、それだけだろうか。原因はもっと深いのではないか。
 農地価格は、農政に対する農業者の信頼度を計る物指しだ、と筆者は考えている。だから、農政への信頼度が10年以上も下がり続けている、と解釈している。早く下げ止めねばならない。

 日本農業新聞が先週の26日に伝えているように、全国農業会議所の調査では、農地価格が10年以上、連続して下がっている。もう1つの日本不動産研究所の調査でも、同じような結果である。この調査では、最近の数年間、とくに大幅に下がっている。
 何故だろうか。

 農地価格を含めて、土地価格の古典的な理論に、収益還元地価という理論がある。この理論によれば、農地を売るばあい、売ったお金で国債を買ったとして、その利子の金額と、売らないで、農地として利用したときの利益の金額とを比較して、利子の金額の方が多ければ売る、という理論である。
 誰もが、このように考えるから競争の結果、国債の利子額と農地としての利益額が同じになるように農地価格が決まる、というのである。
 しかし、実際の農地価格は、この理論にしたがって計算した農地価格よりも、はるかに高い。なぜか。

 この理論は、農地を単に利益を生み出す道具としか見ていない。ここに落とし穴がある。農地はそうした単純なものではない。
 米価が下がったから農地価格が下がった、という理解は間違いではないが、この理論を鵜呑みにしている。ここで思考を停止してはならない。
 多くの人は、農家が将来の農地の値上がりを予想して売らないから、実際の農地価格は、理論価格よりも高くなるのだ、と考えている。
 ちなみに、このことを予想できなかったので、いわゆる構造改革ができなかった、という人がいる。小規模農家が、農地を高い価格でしか売ろうとしないので、農地を大規模農家が買うことができなかった。だから、構造改革、つまり大規模化ができなかった。それゆえ、非効率な小規模農家が温存された、と非難がましくいう。
 そこで、売買をあきらめて、貸借で大規模化しよう、と現実的に妥協して考える穏健な人もいる。
 業を煮やして、兼業農家や高齢農家などの小規模農家をいじめて、無理やり農地を売らせてしまえ、と考える乱暴な人もいる。そうして構造改革をしようというのである。
 構造改革とは、それほど大事なことなのか。そうではない。新しい農政は、構造改革という古い考えと、きっぱり決別した。だから、多くの国民から支持されたのである。

 では、農地を売らない本当の理由は何か。それは、将来の値上がりを待っているからではない。農地を売らないでいれば、いざ、という時にも食べることに困らない、と考えているからである。
 それよりも、もっと大事な理由は、農地を売って農村を捨て、都会に出て行くしか生きる道がないほどに、農家が困窮していなかったからである。そうした農政を、多くの農業者が農協の旗を立てて要求し、実現したからである。そうした農政を、農業者が信頼していたからである。
 だから、農地価格が高かった理由は、これまでの農政にたいする農業者の信頼が篤かったからであり、農政への期待が高かったからである。この点で、これまでの農政は成功だったといえる。
 近年の農地価格の下落は、農政への信頼と期待が揺らいできたことを無言で、しかし、忠実に物語っている。このままに放置してはおけない。農政への信頼と期待を高めねばならない。そうすれば、農地価格は下げ止まるだろう。
 今後も農地価格の動きを、農政への信頼の物指しとして、注意ぶかく見ていきたい。


(前回 食糧自給率を50%にする農業構造

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(2010.03.29)