食糧の貿易について協議している国際機関はWTOだが、ここでのわが国の主な主張は、食糧の輸入国は輸入義務を負っているのだから、輸出国は輸出義務を負うべきだ、というものである。幼い子供の喧嘩のようにみえる。
こうした主張を無視し、あざ笑うかのように、ロシアは輸出を禁止した。だが、これを非難する国は、どこにもない。わが国内からも非難する声は聞こえない。それが、残念ながら今の世界の常識なのである。
国内で食糧不足が予想され、食糧価格が上がると予想されるときに、食糧を外国に売って利益を得ようとし、その結果、国内の食糧価格の上昇を加速させることを禁止するのは、民主的な政府として、むしろ当然だと考えるのが、民主主義国の国民の常識である。そうしなければ、国民は政府を倒してしまうだろう。
こうした国際的な常識に反した主張を、わが国の政府はしているのである。そして、そのことを批判する人は、国内にほとんどいない。憂慮すべきことは、このことである。
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世界の経済は国際化しているから、わが国も乗り遅れるな、自由貿易体制を推進すべきだ、という主張がある。農業はそれに反対して障害になるのではなく、積極的に受け入れるべきだ、というのである。
つまり、こうである。わが国は、食糧をもっと自由に、かつ大量に輸入すべきだ。その結果、農業が衰退して、食糧の自給率が下がってもよい。いざという時にも、輸出国は親切に輸出してくれるだろう、というのである。
だが、こんどの輸出禁止で、こうした主張が、いかに実態を見ない、浅はかなものかを思い知らされた。この主張の大前提がどれほど脆弱なものか、それゆえ、この主張が食糧安保という国益に反していることを、思い知らされた。
国境の壁は彼らがいうように低くなく、未だに高い。いざとなれば、政治が貿易に介入して、国境を閉鎖する。国民が生きるために欠かせない食糧について、厳しい実例を示したのが、こんどのロシアの輸出禁止なのである。
このことは、食糧の安全保障、つまり、国内農業の振興による食糧自給率の向上という政策を、あらためて重視すべきことを警告している。
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この点について、2大政党は、どのように考えているのだろうか。両党とも共通して直接所得補償政策を農政の柱にしているが、その目的は違う。
民主党は、戸別所得補償制度の目的に、食糧安保を掲げている。一方、自民党が提案している日本型直接所得補償制度は、その目的を、農業の多面的機能の発揮においている。多面的機能の中には、その一部に食糧安保も含まれるが、しかし、両党の間には、食糧安保に対する温度差があるように思われる。やぶにらみだろうか。
また、民主党は、食糧安保に貢献する全ての農業者を補償の対象にしているが、自民党は、それを、ばらまきだ、と批判している。補償の対象を多面的機能の発揮に貢献する小数の農業者に限定するのだろうか。この機会に、食糧安保についての、両党の真剣な検討を期待したい。
(前回 米価1000円下落の衝撃)
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