コラム

思いの食卓

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【秋貞淑】
〈以熱治熱〉という健康法

 ラーメン屋や定食屋などの店先に、「冷やし中華始めました」というフレーズが張り出...

 ラーメン屋や定食屋などの店先に、「冷やし中華始めました」というフレーズが張り出されてくると、夏の訪れを感じる。
 「日本の夏は冷やし中華とともにやってくる」とは、風情の欠いた季節感ではあるが、このフレーズが目に付く頃になると、スーパーなどの陳列も、素麺をはじめ、冷たい麺類が増えてゆき、なべ物やおでんなどの食材は殆ど姿を消してしまう。
 韓国も日本同様、四季がはっきりとした国であり、ソウルの夏は東京の夏より気温が高い。そして、日本でも知られている冷麺をはじめ、何種類もの冷たい麺料理がある。にもかかわらず、「冷やし中華始めました」を日本の夏の風物として捉えてしまうのは、「始めました」という限定された季節性にある。
 韓国でも夏になると冷麺などの需要が増えるのは確かであるが、冷麺、特に水冷麺(水冷面とビビン冷麺に分けられる。冷たいスープ入りが水冷麺、スープがなくビビンパのように混ぜて食べるのがビビン冷麺)の歴史は古く、朝鮮時代末期(1849年)の『東國歳時記』という文献には、冬の食べ物として紹介されていて、厳冬期に暖かいオンドル部屋で食べる鳥肌が立つほど冷たい水冷麺の味は格別であるといった記述も見える。
 そういえば、水冷麺は、北朝鮮の平壌(ピョンヤン)がその本場であり、北朝鮮出身の年配者が、子供の時、寒さを堪えながら食べた冷麺の味が忘れられないと回想することを耳にした覚えがある。ともあれ、冷麺は、今は一年中味わう食べ物である。
 本連載の一回目に、チゲとは、具沢山の暖かい汁物で、一年中食べる韓国料理といったことを書いたが、それを読んだ友人が、「韓国では暑い夏でも熱いチゲを食べるの」と聞いてきた。なべ物は冬の食べ物とする日本人としては、当然の疑問であろう。しかし、韓国には「以熱治熱(イヨルチヨル)」ということばがある。日本では馴染みのないことばではあるが、読んで字の如く「熱は熱をもって治める」という意味であり、夏になると誰しも一度や二度は口にすることばである。
 漢方医学にその由来があるようで、色々難しい解説があるが、私が理解する範囲内で大まかに言うと、暑い時は、体の表面温度が高くなり、汗をかくことによって熱を外に排出させるが、それによって体の内部にある内臓は熱を奪われ冷えてしまうので、暖かい物を食べ、内臓の冷えを防ぐとのことである。
 西洋医学では根拠のない健康法であるとされるが、韓国では古くから「以熱治熱」による食事法が実践されていて、朝鮮時代中期(1610年)の医学書『東医宝鑑』には、参鶏湯(サムゲタン)をはじめとする暖かい湯類が夏の保養食として挙げられている。
 参鶏湯は、鶏のお腹ににんにくやねぎなどの薬味と、高麗人参をはじめ棗や松のみなどの漢方薬剤などともにもち米を詰めて煮込む料理である。お店では、雛鳥に右の材料を詰め、一羽を一人前として出しているが、家庭では、普通の大きさの鶏一羽に、有り合わせの薬味ともち米を入れて作り、皆で分けて食べるのが一般的である。夏も本番。今週末辺り、我が家の食卓にも「以熱治熱」の代表格である参鶏湯を載せてみよう。

(2007.07.09)