コラム

思いの食卓

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【秋貞淑】
自転車とマグロ ―楽しい異文化

 先日、仕事で大阪に来た夫の従弟が、私たちに会うため、帰りの便を成田発に変更し、...

 先日、仕事で大阪に来た夫の従弟が、私たちに会うため、帰りの便を成田発に変更し、わざわざ東京まで足を伸ばしてくれた。
 20代後半である従弟は、貿易関係の個人事業を始めたばかりで、取引先への訪問と市場調査のための来日であった。
 韓国から来る人の多くが感じることだが、彼も日本の交通費の高さに驚き、経費節約のため、来日2日目は、自転車を借り、地図を片手に大阪市内を1日中走り回ったという。
 「やはり若者は違うね、バイタリティーがあって」と感心すると、「いやいや、作戦失敗だったよ」という。普段乗らない自転車を漕ぎ続けたら、すぐお腹が空き、3時間置きに食事を取り自転車作戦は、かえって出費がかさみ、1日で断念したとのこと。「なるほど、若者は、胃袋もバイタリティーがあるからね」と言い、笑い合った。
 そんな彼の懐事情で、大阪から東京までの新幹線代は、大変な出費であったはず。多分遠慮して言わなかっただろうが、「これこそ作戦ミス!」と思ったかもしれない。
 そういえば、カルチャー教室の生徒さんたちをはじめ、韓国旅行をした人から、なぜ、韓国では自転車に乗らないのか、とたびたび質問される。
 韓国でも自転車がないわけではないが、日本をはじめ、アジアの国々でよく見かけるような自転車の行列は、韓国の都市では見られない。地形的に坂道が多いからなのか、地下鉄よりバス路線が発達しているせいなのか、それとも、交通費が安いからなのか、理由は分からないが、韓国では、自転車を交通手段として使う習慣がないことは確かである。
 このような話をすると、重いものを買う時はどうするのか、という質問が返ってくることもあるが、持てる重さ以上は買わないし、歩ける距離は歩く、としか答えようがない。要するに、物事は慣れであって、私自身、今も自転車を乗らないがさほど不便を感じずに生活している。ただし、日々足が逞しくなってゆくのが悩みといえば悩みだが。
 さて、慣れない自転車を乗った後、大金を注ぎ込んで東京まできてくれた従弟に、できる限りの接待はしてあげたくて、そのバイタリティー溢れる胃袋のため、張り切って色々な料理をこしらえ、数日楽しい食卓をともにした。
 そこで、新しい発見があった。韓国人は、赤身の刺身は好まないと思っていたが、近年、マグロが大ブームであるとのことで、韓国式のマグロの食べ方を教えてくれた。胡麻油に塩を入れたのにマグロをつけ、味付けしていない焼き海苔に巻いて食べる食べ方。日本の鉄火巻もそうだが、そもそも相性のよい海苔とマグロとのコンビネーションは結構なものであって、これなら、安い解凍の赤身でも美味しく食べられそう。お試しになる方のため、付言すると、日本の海苔であれ、韓国の海苔であれ、味付けされているのは、ベタベタして美味しくないので、バサバサした焼き海苔を、食べる直前に、適当な大きさに切って使うのがポイント。
 やはり、異文化間の交流・接触は、刺激があって楽しい。香港、中国などでもマグロの消費が増えていると聞くが、それらの国にも、個性的な食べ方があるかもしれない。
 ちなみに、従弟は、日本で初めてラッキョウを食べたようで、相当気に入っていたので、お土産に持たせてあげた。

(2008.05.22)