本田さんは雑貨屋で兼業農家を営む家の長女に産まれ、自衛隊員のご主人と結婚した。39年前、農業の“の”の字も知らないご主人に「これを読んで勉強して」と『家の光』を渡したのを覚えているという。
ある日、農作業中に原因不明で倒れて身体障害者に。「退院しても絶望感で何も手につかなかったが、『家の光』で紹介されていた漬け物の話を見て仲間とともにB級品のキュウリを漬け物にしよう」と思い立ち、漬け物工房を立ち上げた。
今では全国から研修実習生なども受け入れている。「高齢化や離農がすすむなか、出会いを大切にして、循環する命のバトンを次世代に引き継げるよう、私らしく私の歩幅でタネをまき続けていきたい」。
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