三浦氏は、平成24年6月に退任するまで5年間、コープケミカル(株)の社長を務め、現在は同社の相談役。社長時代には20年の肥料原料価格の歴史的高騰、23年の東日本大震災など、大きな事件が相次いで起こり、まさに激動の時代にリーダーを務めたことになる。
特に震災については、「復興までに10年以上はかかる」として、除塩対策など同社がいま持っている資材で復興支援に貢献していきたいと述べた。同社では震災を契機に、「改めて地域に根ざし、地域から信頼される自立した企業をめざす」ことを24年4月からスタートした中期3カ年計画「バリュー26」に盛り込んだ。
三浦氏の実家は、山形で米とナシの複合経営をしている専業農家だ。40戸ほどの集落だが、専業農家が2〜3戸で残りは兼業農家であり、そのことで「日本の農業と集落は成り立っている」との思いから、「集落あっての日本農業だ」と提言する。
日本農業の将来的な形について、「大規模農業は大勢にはならない」との見込みから、「(日本農業は)兼業農家を含めた集落営農的なものを基本にしたアジア型農業の先進モデル」をめざすべきだと語った。