産地維持へ歩み止めず
◆農業再構築を胸に
大学卒業後は山梨県経済連に就職しましたが、転機が訪れたのは平成6年、合併したばかりのJA梨北の販売事業をまとめるための出向辞令でした。合併とは名ばかり、組織が生き延びるための合体、「組合員の農協離れではなく農協の組合員離れではないか」と疑問を感じる日々でした。
農協運動は、組合員の営農と生活を守り、組合員に寄り添うことが本来の目的です。そのためには、農業を再構築し、組合員に必要とされるJAを目指すべきであると心に決め取り組みを始めました。
◆ブランド米の確立
当時は環境保全型農業が叫ばれていたことから、有機又は減農薬・減化学肥料栽培によって、農産物に付加価値をつけて販売することを目的に堆肥センターの建設に着手しました。「土作りに有機質が必要だ」という組合員の総論での理解はあるものの「悪臭を放つのではないか」など、各論である設置場所については非常に難航いたしました。設置予定地区の皆様との話し合いを何度も重ね、悪臭を施設内に留める工夫を凝らした施設にすることを前提に理解を頂き、2か所の堆肥センターを建設、堆肥の名称を『土の里』として販売したところ、美味しい農産物作りには欠かせないと好評を博し、果樹・野菜の栽培をはじめ、農水省のガイドラインをクリアした特別栽培米であるブランド米『梨北信玄米』(減農薬・減化学肥料)の礎を築くことができました。
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JA梨北本店
◆気象に打ち勝つ農業
当地は山梨県の北西部に位置し、南アルプス、八ケ岳、秩父山系に三方を囲まれ、標高300mから1100mに耕地が分布、低地では米・果樹栽培、高地では野菜・花卉栽培、酪農などが行われています。夏の低地は盆地特有の蒸し暑い気候で近年は温暖化で特に米が高温障害を受けるようになりました。
生産量1万6000tと名だたる産地に比較すると非常に小さい産地ではあるものの、古くは献上米の産地でもあり、また全中主催の平成2年全国うまい米推進事業で「日本の米づくり百選の地」に選ばれた「隠れた産地」でもありました。平成17年産米から日本穀物検定協会の食味ランキングにとりあげていただき、平成21年産米まで5年連続特Aを受賞、平成17、20年産米では日本一の得点でした。
ところが、22年産米以降、出穂期以降の高温の影響から胴割米などの高温障害が発生、それまで5年連続で獲得していた「特A」を逃し、生産者とJAに大きな衝撃が走りました。生産者からは「気象には勝てないのか」「コシヒカリでは駄目なのか」という声が聞こえ始めました。しかし、私は決断しました。単価も高く良食味のコシヒカリを生産者が作り続けたいと思う限り、気象に打ち勝つ生産指導がJA本来の役割であると。「気象に打ち勝つ農業」を新たな目標としました。
平成22年12月、標高の低い地域でのコシヒカリの上位等級比率が70%を下回ったとの報告は受け入れ難いものでした。生産者の苦労を無にすることは出来ない、生産者の勲章とも言える「特A」を取り戻したいとの思いから自ら先頭に立ち、「米品質対策プロジェクト」を立ち上げました。
22年産米の栽培履歴・圃場条件・食味値など、約300件の情報を集め、すべての項目を等級ごとに精査、要因分析をするとともに文献を読みあさり「梨北米が特Aを獲得するための5つの要件」を作り上げました。さらに気象に対応した栽培技術指導をするために、JAグループでは初めてウェザーニューズ社と契約して気象情報を入手し、生産指導に活かすことにしました。
23年は栽培指針の周知徹底と営農指導員の圃場巡回数を増やし、現場での生産指導を徹底。しかし結果は22年産米と変わらず悲壮感が漂いました。
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JA梨北の堆肥「土の里」
◆産地維持に努力
「このままでは米産地が崩壊してしまう」という危機感に苛まれる一方、「諦めるわけにはいかない」との思いから24年産米は、改めてゼロからのスタートを切りました。生産者により分かりやすく周知するため、チェックシート方式にまとめ全戸に配布、指導を行った結果、水稲管理講習会に多くの生産者が参加しました。
平成24年度は、真夏日が統計史上最長となる58日間も続き、不安はありましたが、品質の低下は想定範囲内に留まり、生産者の努力の結果、24年産米は「特A」を奪還することができました。「特A」産地としての自負、栽培する者の責任、消費者への責任を強く感じながら歩みを止めることなく3度目の日本一を目指していきます。反面、「これからも米は作れるのか」という不安も広がっており、これを払拭するためポストTPPを視野に入れブランド米『梨北米』の産地の維持発展に努めてまいります。
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JA梨北のコシヒカリ「梨北米」
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