地域農業再構成のため、
JAはなにができるか
現場から
JAふくおか八女 前副組合長 末崎照男
農山村の名人を掘り起こそう
1年半前までJAふくおか八女で副組合長を務めていた。退任して一年が経ち、JAに対して感じたことを率直に話すとともに、今年2月に八女市と合併した星野村の地域興しを例にあげ、JAの地域興しと人づくりについて持論を述べた。
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側面からJAを見て感じたことは2つある。1つは、地域・農村でJAの存在感は非常に大きいということ。2つ目は、JAへの期待感の大きさだ。
しかしその反面、「年々、販売高も所得も減少し、ここでJAが力を入れないと地域崩壊、JA離れが加速するのではないかという懸念もある。また、JA職員がほとんどサラリーマン化して、プロの職員がまったく育っていなかった」と、反省を感じている。
星野村は山間にあり、すり鉢状になっている地域だ。村興しの原点は、江戸時代に発掘された金山にあり他所からの流入者が住み着いてさまざまな仕事を興したことにある。
特に茶の生産が盛んだが、現在は、法人化して、大規模で煎茶などを生産する農家と、個人で小さな経営面積だが玉露などの高品質茶をつくる農家の二極化が進んでいる。JAでは昭和42年の茶の全国大会開催を契機に、生産、販売に力を入れ始めた。
立石安範さんは全国茶品評会で5年連続農林水産大臣賞を受賞している茶栽培の名人だ。茶の樹と話ができると言い、毎日の茶畑行を欠かさない「プロの職人」である。村にはほかにも斬新なアイディアの家具を作り続ける民芸品の名人、天気予報百発百中の名人、など農業以外にもさまざまな人材がいる。「それらを掘り起こし、ともに連携できるJA職員を育成する」ことが必要だ。
(写真・左)八女市星野村の茶畑で働く女性たち。茶摘は繊細な作業なため、女性の方が向いている
◆農家より詳しい営農指導員が必要
JAにとって一番大切なのは「販売担当のプロ」である。例えば、お茶のような嗜好品は地域ごとに売れ筋が異なる。関西では売れても東京では人気がないということもある。よく言われるように、「営農指導員より農家の方が詳しい、ではダメ」なのだ。
地域に根ざし信頼されるJAとなるため、経営を安定させ地域の要望に応えられなければならない。そして経営の安定は、人員削減や規模縮小などではなく、あくまでも事業を通して実現すべきだ。
地域興しはJAがやるべきであり、むしろ地域の実態を知るJAにしかできないだろう。「お祭りやイベントをやることが地域興しではない。組合員や名人たちと連携をとり、地域が豊かになるための方向性を示すことが地域興しだ」。その地域にしかないものを確立することが重要だ。
(写真)茶栽培の名人、立石安範さん(右)
(株)六星 会長 北村 歩
大規模農業経営者の後継者問題は深刻
石川県白山市(旧松任市)で昭和54年、創業者4人で農事組合法人「六星生産組合」を立ち上げ、平成19年に株式会社化した。経営面積135haのうち水稲が122haで、正社員29人の平均年齢は33.3歳と非常に若い(ともに22年4月現在)のが特徴だ。
「農業の基本は農地であり、地域である。これを守れば、企業でも誰でも農業をやっていい」との考えから、地域外からでもいいのでやる気がある人と一緒にやりたいと、社員は四大生を中心に採用している。「四大生が特に優れているというわけではない。しかし、農業に必要な優れた感性と柔軟な思考を持っている。新しい情報を得るのも早い」と評する。大事なのは「地域でお互いに助け合う気持ちがあるかどうか」なので、地元の人とも亀裂は生じず自由に経営できている。
現場での最大の問題は「大規模経営者の後継者がいない」ことだ。JA管内の水田面積は2000haほどだが、その内の55%にあたる1100haをたった60戸の大規模専業農家がやっている。「組合員数3000人のうちの60戸で半分以上というのは、非常に大きな問題」である。
◆JA出資型生産法人は成功しない
農協の理事を9年ほどやっていた経験からも「農家も農協も次世代の人たちをどうするか、を考えていない」と感じている。60戸の75%に後継者がいない。「体の続く限りやる」というのは、本当にいいことなのだろうか。「できなくなったらすぐ隣に渡せばいい」というが、それで大規模化しても病気になったり急逝したりしたら、どうするのか。「規模拡大が単純にそのまま所得向上につながる時代ではないのに、現場ではそれが解決策だと思っている」ことに疑問を感じる。
農協が農地を引き受ければいいとも言われているが、「農協出資型農業法人は成功しない」と断言する。そもそも「生産するための人員を出すのは、農協の役割じゃない。なぜなら農協の職員は、農業をやりたくて農協に入ってきたわけではないから」だ。だから六星は農業をやりたい人を採用し、規模拡大を成功させてきた。
また農協との関係で避けて通れないのは「金融の問題」だ。経営が大規模になり取扱高が億を超えると、次第に系統金融と疎遠になる。「トラブルとか、好きじゃないとかの理由ではなく、単純に大きい金額の取扱商品がないからだ。市中の銀行は貸せるのに農協が貸せないというのは非常に残念」。
JAには地域連携の強化と生産支援、加工品の販売強化、信用事業の対応などを期待している。
(写真)平均年齢は33歳。若い力が農業経営を支える
佐久総合病院 色平哲郎
協同組合病院が増えれば医療費はどんどん安くなる
「医療は民衆のものであり、民衆がつくるものである」。
JA長野県厚生連佐久病院の礎を築いた故若月俊一名誉総長の語録を手に、劇や詩を交えて医療の問題について語った。
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「医療に対しての誹謗中傷はJAへの誹謗中傷に似ていると思う」のは、どちらも誤った情報と過剰な期待が寄せられているからだ。Medicine is a science of uncertainly and an art of probability(医療とは不確実な科学であり、確率の技術である)という諺もあるが、医療サービスは確実ではない。だから医者にかかるときには、「あてにしない、期待しない、あきらめる」ことが必要だ。これはまた、人間関係を長続きさせるコツでもある。
「主治医として、患者に死亡率が何%かということを申し上げることはできない」のだから、患者側もその前提に立って「医者を使いこなす」という気概をもってもらいたい。
「地域医療とは何か。それは医療の一分野ではなく、地域の一役割だ」。だからこそ、産業組合が地域で医師を雇い上げることができた。
医師不足解決の方法は簡単だ。「医師を輸入するか、患者を輸出するかどちらかでよい。経済主義的にはこのどちらかの解決方法しかない」のだが、実際にはそのような安易な経済主義では解決されない。これは食料についても同じで、安い輸入食材に対しては、「経済原理主義とは別の、地域を救うという視点」が必要になる。
◆経済原理主義に反する医療を
「予防は治療に勝る」というのも同じだ。「医師は原則として予防をしてはいけない。なぜなら稼ぎが減るから」。しかし経済主義に背く「予防」の考え方が世界に広がっているのは、産業組合の時代から続く地域での活動があったからだ。
現代は医療費が増大の一途を辿る。医療費はなぜ増えるのだろうか?「高齢化が進んでいるから、医者が増えるから、というのはまったくの虚偽である」。
佐久市民の平均寿命は九州のそれより長いが、一方医療費は3分の2ほどに納まっている。なぜなら、「協同組合病院は金儲けをしようという意識がないからだ。オーナーである組合員に、その必要性を迫られていない」のである。長野県の病院は22%が厚生連病院だが、「日本の病院をすべて協同組合病院にすれば医療費はどんどん安くなる」。
今後、日本人の平均寿命がさらに延びれば、その分障害を抱える率も高まる。1人暮らしの老人や認知症患者も増えるだろう。だからこそ、「治す医療から支える寄り添う医療に切り替えていかなければならない」のだ。
研究者から
JA総研 和泉真理
農業の新しい価値観が新しい経営者を生む
高齢者ばかり、担い手不足と嘆いている農業界にも、どっこい若くて有能な経営者はいる。過去1年間で、全国の元気で若い経営者5人を訪ねた。
5人の共通点は、カットネギをラーメン店中心に外食産業へ直接販売したり、口コミで広げた200人ほどの消費者にネット販売をするなど、「独自の販売戦略を持っている」ことだ。「販路のサポートがあるからこそ、地域で後継者育成や新規就農者の支援ができる」のだ。
大規模経営で最も難しいのは、「社員への経営理念の徹底」だ。経営者は、「家族の人生を幸せにする農業」とか「農業をかっこよくて、稼げて、感動がある3Kにしたい」など、自分の考えを絶えず社員に伝える努力をしなければならない。
これら新しい農業経営者が出てきた背景には、「農業に対する考え方や人生観の変化」がある。「昨今、身内で農業者が激減したため、農業の昔ながらのイメージがなくなり新しい価値観が構築されつつある」と分析する。
彼ら5人は当然全員がJAの組合員で理事を努めた人もいるが、「JAとの関係は総じて薄い」。しかしJAに敵対心を持っているわけではないので、「地域振興や若い就農者の育成などでJAとの連携やサポート体制ができるだろう」と、提案した。
明治大学教授 小田切徳美
中山間地域でコミュニティビジネスを創るために
中山間地では所得の減少、生活上の困難が拡大し、店舗の撤退などで日常品の購入すらもまま成らない「買い物弱者」が全国で600万人いるとされる。中山間地域再生のために、(1)地域コミュニティなど参加の「場」、(2)カネとその循環といった「条件」、(3)暮らしのものさしとなる「主役」、をつくらなければならない。
今、農山村で新しいコミュニティづくりが進んでいる。その一例が「手づくり自治区」だ。
旧村や小学校区など「手触り感のある範囲」で、新たな自治組織がつくられている。旧来の地域コミュニティは、○○連合会、××協議会などありきたりの名前だったが、手づくり自治区は「夢未来くんま(静岡県浜松市)」、「きらり水源村(熊本県菊池市)」など、コミュニティ参加者の強い意志を感じる名称が多い。
当初は防災、福祉(助け合い)などが目的の自治組織でも、次第に売店、居酒屋、GSなどの経済活動をするようになる。これらは「新しい協同組合活動、ミニJAとも言える。JAが手づくり自治区を無視すれば、結集力はJAから手づくり自治区へ流れるだろう」と指摘する。
また、新しい地域産業構造として、「付加価値分を農山村に取り戻すような6次産業化ではなく、需要創出型の6次産業化が必要だ」とした。
人材こそJAの生命線
JA人づくり研究会代表 今村奈良臣
「JAほど人材を必要とする組織はない」。「人材とは、企画力、情報力、技術力、管理力、組織力の5つの要素の総合力である」。かねてより、私のこのような信念を広くJAの皆さんに説いてきた。
こうした課題を実現するにはどうすればよいか。特にJAの常勤役員クラスの人材育成をはかるにはどうすればよいか。その路線の探求の中から、「JA人づくり研究会」が5回にわたる準備研究会の上で昨年末、本格的に活動することとなった。10年前に設立し活発な活動を進めてきたJA?IT研究会は、営農経済あるいは販売戦略の開発・研究を行ってきたが、このJA―IT研究会を車の両輪としつつ、JAの改革・革新を推進するうえでの人づくり研究会をと位置づけられた。(以上の目的や経緯については「所長の部屋」第118回、129回等を参照して頂きたい)
JAの役員クラスの方々は、どちらかというとJA関係者のみの意見交換や交流の場が多くJA外部の多彩な人材やその活動に接することがこれまで少なかったように思う。一言で表現すれば他流試合がきわめて少なく弱かった。
第8回人づくり研究会の講師は、こういう観点に立ち、私に選ばさせて頂いた。農業法人の分野ではトップリーダーの北村歩氏、JA役員を退き郷里の山村星野村を生き返らせる活動を進めている末崎照男氏、佐久総合病院で医療にたずさわりつつ若き医師を農村に目を向けさせ、農村医療の望ましい将来像を大胆に提起する色平哲郎氏、農村の現場を数多く訪ね農業への新規参入者のすばらしい発想と行動を分析している和泉真理さん、そして中山間地域をくまなく歩き中山間地域はもちろん農業・農村の明日への姿を提示する小田切徳美教授。
これら多彩なすぐれた講師陣の提言に耳を傾け、「地域を興す人材の創造」をいかに実現するか、そのためにJA、特にその役員は何をなすべきか。明日に生かしてほしい。
総合討議
2日目には講演者も交えての総合討議が行われた。研究会全体のテーマである人・組織づくりについての意見のほか、JAの販売機能の強化や大規模生産法人との関係まで、さまざまなテーマで多岐にわたる意見が出された。
◆経済的に小利口な職員はいらない
研究会全体のテーマである“人づくり”について、トップダウンで人材育成はできない、組織改革のためにはボトムアップの人づくりが必要だ、との意見に多くの賛成があった。
内田正二氏(協同組合経営研究所客員研究院)は、「今はどこのJAも金太郎飴みたいで似たりよったり。専門的な農協職員を多く育てたため、指示待ち職員もいる。トップダウンで人材を育てても、本来の協同組合運動はできない」と強調した。
大貫盛雄氏(JAあつぎ専務)は「厚木に農協がなくても組合員は生活できるだろう。しかし、農協にしかできないことも必ずある。これまで3年間はトップダウン方式で色々な改革に取り組んできたので、これからはボトムアップの人づくりで真に農協を変えていきたい」と、今後の展望を述べた。
「年間150人ほど地元農山村で医学生の研修を受け入れ、地域医療という『悪の道』に引き込もうとしている」と、自身の活動を独特に表現する色平哲郎氏は、「福岡県星野村でお茶名人が何度も賞を取れるのは精進の賜物だ。このような精進の素晴らしさを教える研修はあるだろうか。経済的に小利口に立ち回れる農協職員よりも、ある種のアホな職員をめざす研修をしてもらいたい」と、職員研修のあり方について提案した。
仲野隆三氏(JA富里市常務)は「アホな職員の育成」に感心するとともに、「ボトムアップのボトムにも色々ある。私は、職員が組合員教育をできていないから組合員が農協を理解できないんだ、と職員に指導している」と、組合員・職員教育について意見を述べた。
(写真)組合員、職員教育の重要性も指摘された
◆作る喜びから、売る喜びへ
総合討議を司会した黒澤賢治氏(JA―IT研究会副代表)は、自身の取り組みを例に取り「販売事業ぐらいJAの中でスキマが多い部門はない」と述べ、JAの販売事業などについて意見を求めた。
北村歩氏は、「JAではさまざまなサービスをしているのに、なぜ組合員が離れるのか」と問題提起。その一因は「販路がないからだ」。「モチ加工を始めて量産体制に入りたいと伝えたとき、農協には部会も販路もないと言われた。生産者がのびようというとき、それにストップをかけられるのは非常に残念だ」と述べた。法人設立当初はほとんど全量が経済連との取引だったが、今は数%だという。
また、昔の生産者は農業に「生産の喜び」を感じていたが、今は「売れる喜び」を感じる時代に変わったと分析した。「農協には、生産者のつくる喜びを売る喜びに変える努力をしてほしい。クレームに答えられない企業はダメだと言われる通り、農協も生産者や消費者の多様なニーズにすべて応えられなければ、なかなか一緒にはやっていけない」と、JAへの要望を述べた。
(写真)JAは人材の集積場
◆JA全体で総合事業の方向付けを
北村氏は初日の発表で「JA出資型生産法人はうまくいかないだろう」と述べたが、一方で高峰博美氏(JAあしきた組合長)は、同JAが昨年4月に立ち上げた「それいゆあしきた」ブランドを紹介し、「これからは営農指導だけではダメ。営農生産課をつくって積極的に生産へ入っていきたい」との意見もあった。「JAから農家に提案して特産品をつくらせ、それをブランド化するようなコーディネート機能がJAの役割だろう。JAは地元でつくったものを、地元で売るシステムをつくるべきだ」と述べ、生産法人は農協として避けて通れない事業であり、組織全体で協議する必要がある、との考え方を示した。
駒屋廣行氏(JAひだ専務)は、「大規模な法人は、販売だけでなく購買も自立している。協同活動より目の前の価格競争を見ており、手数料や手間賃について生産者にどう説明するかが問題だ」と、JAと生産法人との協力体制や位置づけへの悩みを話した。金融については、政策公庫から「農協が農家に貸付をするのを拒んでいる」という言い回しをされたと述べ、「大きな枠組みで貸付のあり方を考えなければ、ただの担保主義になる。農村医科大学なども、系統グループで基金を積めば基礎がつくれるのではないか」と、単協だけでなくJAグループ全体としての総合事業の方向付けが必要だと訴えた。
農村医科大学について加藤博樹氏(JA雲南)は、「農協運動の原点のような話が医師から聴けるとは思わなかった」と色平氏にエールを贈り、「JAは医療、介護・福祉でも職をつくっているし、ほかにもやれることはいっぱいある。複合的な事業の方向性をしっかり確立しない限り、今の世論のようなJAたたきはずっと続くだろうし、JAグループが経済原理主義に押しつぶされてしまう」と、危機感を述べた。
(写真)ボトムアップの人づくりが大切
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今村会長は2日間の発表や討議の内容を踏まえて、「地域農業を再構成するためにJAはどうするか。営農企画も、販売もばらばらになってしまったのをどう立て直すか。そういった課題について、今日の参加者の皆さんの方でぜひまとめて発表してほしい」とさらなる研鑽を期待し、「JAは人材の集積場だ。これからもボトムアップ路線で人材育成に努めてほしい」と呼びかけた。
今後の研究会の予定
第9回 10月8日〜9日
第10回 2011年1月21日〜22日
※研究会の活動内容は、インターネットHP「JA人づくり研究会」で閲覧できます。