◆「クモ類」など天敵を指標に調査法開発
このプロジェクトでは、「環境保全型農業の効果を計るための指標とその評価法を開発」することを目的に進められてきたが、平成20年〜21年度の2年間の成果として「農業に有用な生物(天敵など)を中心に、農法による影響を受けやすい生物種について、『指標の候補』を選抜した」。
そして22年度〜24年度は次の方針で進行中だ。それは
▽簡便な調査手法の開発→指標候補に絞り調査法を統一して調査、指標として妥当であるか検証など
▽標準的な評価手法の開発→対象種の個体数などに基づいた指数化(スコア化)など
▽マニュアルの作成
(農業環境技術研究所・田中幸一氏の報告)だ。
「指標の候補」とは、「全国共通」の「水田域」には、「クモ類」(アシナガグモ類、コモリグモ類)、「野菜・果樹など」では『地上徘徊性コウチュウ類、クモ類」が選抜された。
さらに、全国を北日本・関東・中部・近畿・中国四国・九州にわけ、各地域ごとの「指標候補種」を選抜し、全国共通に加えて、調査する地域の状況に応じて調査対象を選択することにしている。
例えば水田域の各地区の指標候補は、北日本では水生カメムシ類だけだが、関東ではトンボ類、カエル類、テントウムシ類、水生コウチュウ類と多い。九州ではトンボ類となっている。
なぜ、天敵生物が指標種かといえば、稀少種では「共通の指標種として広く使用することができない」ことと、農家の立場・農業生産の立場からみた場合、病害虫の防除に役立つし、農作物を作り売って生計を立てている農家を説得しやすいからだと九州大学の上野高敏准教授は説明した。
さらにどのように指標生物数を調査するかや活用事例などが報告された。
◆保全すべき環境とはどういう環境なのか?
このような研究に水を差す気持ちはないが、いくつかの疑問を抱かざるをえなかった。
その第一は、「保全すべき(農業)環境とは何か」ということだ。農水省などの説明を聞くと「化学農薬や化学肥料を慣行栽培より減らして使用するか、有機栽培をする」農業が「環境保全型農業」だという。しかしこれでは守るべき「環境」とはどういう環境かの答えにはならないのではないだろうか。
また、農薬が環境に負荷を与えていると多くの文書で書かれているが、どのように負荷を与え環境を破壊しているのかを、最新の科学的なデータで立証したものはあるのだろうか。寡聞にして知らない。
本紙ではかつて「農薬の安全性を考える」というシリーズで、農水省という一つの役所が、農薬登録について司り、その一方で農薬を「悪」とし「環境保全型農業」を提唱するという「ダブルスタンダード」が国民を惑わしていると指摘した。
また、各都道府県のエコファーマー認証制度で、なぜ農薬の使用は「慣行の2分の1以下」にしなければならないのかを、その地域の農業に即して科学的に説明できる人はいるのかということも指摘した。
◆農地はなんのためにあるのか?
次の疑問は「農地における生物多様性とはどういうことか」ということだ。
農地とは、食料を生産するための場所だ。生産される食料の量と品質を守るためにそれを侵す病害虫や雑草から作物を守るのは当然だろう。そのために天敵を使うのは、農薬を使うのと同じで、一つの選択肢だ。IPMのように、その時々の状況に合わせて有効な方法を組み合わせて防除することもできる。
シンポの報告の中で「農薬の使用回数を減らした環境保全型に移行すると天敵の多様性は急激に増加する」という主旨の話があった。冷静に考えてもらいたい。農薬の使用回数を減らせば、その作物に害をなす虫が増えるのは当たり前で、その虫を餌として好む天敵が増えるのもごく自然の成り行きだといえる。
農薬をそれほど使わなくても収穫できるときは「生物多様性」保たれるが、病害虫が甚大な被害をおよぼすほど発生したときには、食料を確保するために農薬を使わざるをえない。
そうすると「生物多様性」は失われる。ウンカの大発生で西日本を襲った「享保の大飢饉」のとき、農薬はなかったのだから天敵はたくさんいたはずだ。しかし米は収穫できず多くの人が飢えに苦しんだ。農地は食料を生産する場であり、こうした悲劇を繰り返さないために、あらゆる方法を駆使して防除する必要があるのだ。
◆科学的な根拠に基づいた検証を
よく例示されるコウノトリの絶滅について、科学ライターの松永和紀氏は「コウノトリの生息数の推移と農薬使用には時期的にずれがあり」「農薬が絶滅の主因ではないのは明らか」と指摘している。トキでも似たような話があるが、環境保全型農業の推進者はこれにどう答えるのか。
一生懸命に「指標生物」候補を決め調査法を開発する人たちの労は多とするが、もう一度、食料を生産する農業について、そして農業にとって保全するべき環境は何かを明確にする必要があるのではないだろうか。