◆震災で価値観に変化
東日本大震災は農林水産業が地域社会を支えている東北地方に大打撃を与えたばかりか、地震被害がほぼなかった大都市圏でも一時的に食料供給が不足した。 さらに原発事故は出荷制限・作付制限をもたらし、地域・国内生産を基本とした持続可能な農業の重要性や、食の安全・安心の大切さが広く再認識されるようになっている。
また、食料だけでなくエネルギー、交通、通信なども含め「安全・安心な暮らし」がいかに大切であるかや、被災地のみならず、「人と人とのつながり」、「絆」といった助け合いの大切さも強調されるようになった。
提言は、こうした「価値観の変化」をふまえ、農業復権に向けては効率化や競争力の強化といったこれまでの発想を大きく転換させる必要があることを強調した。
◆復旧・復興に全力を
JAグループの提言は、当初、政府が6月にもTPP参加の是非と農業改革の基本方針を示すことをにらんでまとめる予定だった。しかし大震災の発生でTPPの参加判断や農業改革の基本方針づくりは先送りされる見込みとなり、近く政府としての方針が示されることになっている。また、復興に向けては、新たなに設置された復興構想会議が示す提言を受けて具体策が検討されることになっている。
こうした情勢変化を受けて、提言では「今は震災からの復旧・復興に全力を尽くすべきであり」、「復興に焦点をあてたわが国の農業政策については、政府一体となって官民の叡智を集めて検討・実践すべき」とした。
その際、農業政策の検討は「TPP参加の是非をめぐる議論とは切り離して行うべき」ことを改めて強調した。
◆TPPは復興の足枷
しかし、一方で東日本大大震災の発生を機に、復興に向けてTPP参加が重要課題になっているとの主張が日本経団連や大手主要紙などに見られる。
JAグループはこうした主張に対して、「被災地域の重要産業である農林水産業にさらに大きな損失をもたらすもの」、「被災地域の農林漁業者の復興への努力や気持ちをくじき、復興への足かせにしかならない」と厳しく批判。震災と原発事故を受けて、安心して暮らせる地域社会、安全で安心できる食料確保を多くの国民が求めているなか、「従来の自由貿易至上主義の延長でしかないTPPへの参加検討は、時代錯誤」と断じたうえで、例外なき関税撤廃を原則とするTPP参加と農業振興は到底両立できるものではなく「参加に向けた検討は直ちに中止すべきである」と強調した。
◆復興対策の大前提
こうした基本的な考え方のもとに提言の具的な内容は3月に提示された組織協議案と同様、▽農業と地域経済・社会の将来像、▽JAグループの果たす役割と取り組み、▽将来像実現に向けた取り組みを支える政策、の3本柱で構成されている。
農業の将来像のうち、水田農業については集落で20〜30ha規模の1つの「担い手経営体」をつくることをめざす。その際、ベテラン農家や兼業農家、定年帰農農家なども「担い手経営体」を支え、集落全体の営農や、コミュニティ維持の役割を発揮するよう位置づけるのが基本的な考え方。この基本をもとに各地域で担い手経営体の規模や経営形態については検討を進めることになる。
こうした将来像を実現するためのJAグループの果たす役割は、すべての集落に集落営農ビジョンの策定を支援する担当者を配置することや、農地利用集積円滑化事業に取り組むことなどを掲げた。 また、助け合いを軸とした高齢者生活支援活動や、介護・医療活動など「地域住民のライフライン」としてのJAの役割発揮も目標とした。担い手経営体のニーズに応える販売戦略策定などJAの経済事業改革も取り組み課題とした。
これらの取り組みを支える政策支援としては▽すべての農地を対象にした新たな直接支払い制度の創設、▽新規就農者への経済支援などを求めている。
提言ではそのほか品目別にJAグループの取り組みと政策提言も盛り込まれているほか、24年度に予定されている介護保険報酬の改訂についての提言などもある。
震災からの復興対策については、「東日本大震災復興・再建対策JAグループ中央本部」が4月上旬に設置されてすでに第一次要請を行った。今後、政府の復興構想や第二次補正予算の検討に向けては同中央本部が提言や要請などを行っていくが、その際の大前提となる考え方が今回決めた「提言」と位置づけ、JAグループは今後、さまざまな運動を展開していく。
また、さらに具体化や検討が必要な問題については、2012年に開催される第26回JA全国大会議案の検討に引き継がれる。