農政・農協ニュース

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新世紀JA研究会が福島の被災地を視察

 東日本大震災の支援にJAとして何ができるか―。全国のJA組合長や幹部職員の相互研鑽、情報交換を目的とする新世紀JA研究会(鈴木昭雄代表=福島県JA東西しらかわ代表理事組合長、参加JA約40)は5月2日、福島県のJAと被災地を視察した。同県は地震・津波・原発事故・風評被害と"4重苦"に遭い、特に放射能汚染と風評被害では、いまだ先の見えない苦しい闘いを強いられている。同研究会は大震災後、JAグループとしてのほか政府やJAの全国組織に対して独自の要請や提案を行っており、視察結果を基に具体的な支援策を考える。研究会の視察に同行した。

土台だけ残して跡形もなくなった住宅地(相馬市で)(写真)
土台だけ残して跡形もなくなった住宅地(相馬市で)

◆長期化が確実となった被災地JA相馬を視察

 意見交換であいさつする鈴木昭雄代表(左)(JAそうまで)津波被害の大きい相馬市では、被災地に近づくにつれ、みんな黙りこくってしまった。屋根をブルーシートで覆った家がいくつかあるものの穏やかな新緑の農村風景が、海岸に近づくにつれて一変する。水田に瓦礫(がれき)となった家屋や家具、車、農機具のほか、大きな船までが流れ込み、どこまでが水田で、どこに家があったのかさえ見分けられない。港の近くでは高さ7、8mの道路標識には太いワイヤーが食い込み、津波の凄まじさが分かる。
 現地視察に参加したのは新世紀JA研究会会員JAの組合長や役員、幹部職員、さらに研究会顧問の東京農大・白石正彦名誉教授、特別参加の東京大学・鈴木宣弘教授など約20人。午前中はJA福島中央会で被害状況を聞き、JAグループの対策などについて意見交換し、管内に警戒区域(20km圏内)、緊急時避難準備区域(30km圏内)、さらに計画的避難区域を含み、津波の被害も大きいJAそうまの被災地をマイクロバスで回った。
 JAそうまの鈴木良重組合長(左)に出雲大社のお守りを贈るJA島根中央会の萬代宣雄会長(南相馬市で)同研究会は地震発生後、4月4日に幹部役員が政府、JAの全国組織に緊急要請を行い、燃料不足への対策、JAの法人税の免除、放射能汚染で生乳を出荷できない畜産農家への緊急融資などを求めた。今回の被災地視察は、長期化が確実となったこれからの支援策を探ろうとしたものである。

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上:意見交換であいさつする鈴木昭雄代表(左)(JAそうまで)
下:JAそうまの鈴木良重組合長(左)に出雲大社のお守りを贈るJA島根中央会の萬代宣雄会長(南相馬市で)

◆JAグループは県と一緒に具体的な政策実現を

 午前中はJA福島中央会を訪問し、庄條【徳】一・JA福島五連会長などと意見交換した。地震と津波による同県の被害は、農地(約6000ha)および関連施設で4358カ所、約2300億円(4月27日現在、福島県調べ)に上る。このほか、いまだ先の見えない原発事故による立ち入り禁止や作付制限地区の作付分、風評による買い控え、価格の下落分などを加えると、被害額はこの数倍になるのは確実だ。
 JA福島中央会で震災の情報収集と意見交換(福島市で)庄條会長は「我々は安全・安心な福島県産農産物のブランドを守るために出荷停止や自粛の指示に応じてきた。だがこれらの損害賠償がまったく進んでいない。風評被害もある。現場と霞ヶ関・永田町の間に乖離が大きい」と、現場の状況に対する政府の認識不足と対応の遅れに不満を示す。
 また、JAグループが取り組む課題については「復興の第一歩は、この大地で農業生産を継続することだと考えている。作物を作れるところでは作る。風評被害があれば、その後で請求していく。全国のJAの励ましを受け、全力を挙げて取り組む」と、農業生産回復についての決意を述べた。
 出荷制限や風評被害などの被害では茨城、栃木県などが月ごとにまとめ東京電力に損害賠償を請求しており、福島県も同様に算定の作業を進めている。白石名誉教授は放射能汚染、風評問題について、「現場でなければ分からないことが多い。積極的に情報発信するとともに、JAグループは県と一緒に具体的な政策提言して欲しい」と激励した。

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JA福島中央会で震災の情報収集と意見交換(福島市で)

◆営農を継続することが農家の自信とプライド取り戻す

 意見交換のなかでは、新世紀JA研究会の鈴木会長が風評被害の打破について、「放射能汚染されていないことを数値で示し、消費者の不安を取り除くと同時に栽培面で放射性物質を防ぐ方法を考えるべきだ」と提案。原発による規制区域からは離れているが、風評被害を蒙っている同JAは、風評を打破には、JAや農家自らが科学的な知識を得る必要があると考え、放射性物質と農畜産物についての研究会を開いてきた。
 高さ7、8mの道路標識にくい込んだワイヤー(相馬市で)そのなかで、鉱物のゼオライト(沸石)が放射性物質を吸着させる性質を持つという知見を得た。土壌中の放射性物質を取り込むことで植物への吸収を抑えることができるという。
 また放射性物質のセシウム、ストロンチウムと拮抗するカリ、カルシウムを施用すると、やはり植物への吸収を抑えることが分かっている。風評被害の賠償請求と併せ、栽培面で具体的な対策を示し、営農を継続することで、農家の自信とプライドを取り戻すことができるのではないかという期待がある。
 午後にはJAそうまを訪ねた。南相馬市に入ると、一見なにごともないようだが、通りは人や車の数が少なく、よくみると、あちこち道路や地面のコンクリートが盛り上がったり、ひび割れたりしている。管内には立ち入りできない区域や米の作付制限区域があり、水稲の作付予定面積は約8000haだが、実際は2000haを割ると予想。集荷は40万俵の計画に対して7、8万俵にとどまりそうだ。

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高さ7、8mの道路標識にくい込んだワイヤー(相馬市で)

◆農産物の安全性を伝える情報発信が重要

 農家の元気を取り戻すためには、営農を継続することが最も重要だと同JAは考えている。鈴木良重組合長は「だめなところは仕方ない。だが放射線の検査地点を増やして、どこなら作れるかを細かく示して欲しい。我々のそこで農産物を作る」と、営農継続を望む農家の心情を訴えた。
 こうした農家の気持ちに応えるには、福島県産の農産物が売れなければならない。「がんばる福島」のスローガンで県内のJAによる即売のほか、首都圏のスーパーなどで、福島県産の農産物即売、あるいは企業の食堂などで優先的に仕入れるなどの支援の輪が広がっている。
 原発事故はいまだ収束のめどが立たず、福島県の農業が元通りになるには長い時間がかかる。農家やJAに対する精神的な支援と同時に、県外のJAには販売面での継続した支援が必要だ。視察ではこのことを確認し、新世紀JA研究会が毎年2回開いているセミナー(次回は7月、神奈川県JAはだので予定)などで、具体的な方策を検討する。

※【 】内の字は正式には旧字体です。

(2011.05.19)