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「仮設的復興」にも取り組むべき 農漁業の復興の課題を考える「小研究会」開く  農業協同組合研究会

 農業協同組合研究会(会長:梶井功東京農工大学名誉教授)は8月5日、(社)農協協会事務所で「被災地の農漁業の復興と金融の課題」をテーマに小研究会を開いた。時事問題について取り上げ、考えを深めることを目的とした小研究会の開催は今回が初の試み。講師には農林中金総合研究所常務の鈴木利徳氏を迎え、非会員も含め約40人が参加した。
 鈴木氏は調査に訪れた被災地で農漁業者が抱えているさまざまな問題を報告し、再建に向かうための課題から復興への道筋をどう考えていくべきかを提起した。

◆「雇用の場」最優先に

農林中金総合研究所常務・鈴木利徳氏 鈴木氏は働く場がなければ家計も地域経済も回っていかないため、「雇用の場」の確保こそが復興を考えるうえでの最大の課題だと強調した。
 また、平成5年に北海道南西沖で発生した地震によって大規模な津波と火災の被害を受けた奥尻島の復興事例を挙げ、東日本大震災後の対応との比較から学ぶべき点について述べた。
 奥尻島の復興では、道職員が現場の状況を常に把握し、住民の意向を最大限汲み上げた復興計画がすすめられたことを特に評価した。
 一方、今回の復興計画では「水産復興特区」が持ち上がるなど、現場の意向を無視した計画が先行されていることを指摘。宮城県の震災復興会議委員の人選について、地元選出の委員が少ないことなどにも言及し、白紙に絵を描くような復興計画ではなく、住民の暮らしのビジョンを聞き入れて、国、県、市町村との整合性がとれたものにしていくべきだとした。
 そのほかにも、被災地の農漁業者の現状から、本格的な復興までの数年間をつなぐものとして「仮設的復興」ビジョンの必要性や、補正予算に盛り込まれている内容では共同利用施設だけが支援対象となっていることから、個人への支援も求められる課題だとした。
 現場の声を集約した報告からは、自宅も農地も作業施設も失いながら事業をスタートしなければならない農漁業者や水産加工業者の「2重債務問題」の深刻さが浮かびあがった。以下に鈴木氏が指摘した問題点の要旨をまとめた。


◆さまざまな2重債務問題

 被災地では再建に意欲がある農漁業者でも、出荷し収入を得るようになるまでの数カ月から数年間をどう食いつないでいくか、という問題があり、日当稼ぎのためのがれき撤去作業と事業再開のための労働のバランスをどうとるかが課題になっている。
 震災前に農業施設や機械をリースで調達している農漁業者が多いなかで、リースへの支援策が何も出されていないのも問題だ。そのためリースしたものを失っていながらリース代金を払い続けなければいけないという問題も出ている。これも2重債務問題だ。


◆担い手のつなぎとめを

 農業者の高齢化が進む地域では作業委託の体制ができあがっていたが、震災後、若いオペレーターが転職するケースが出ている。第一次補正に盛り込まれた「東日本大震災農業生産対策交付金」制度は、共同利用の施設や機械のみが支援の対象となっているため、オペレーター個人には何の補償も出ないからだ。このままの仕組みでは、今後農地が復旧しても担い手がいなくなってしまうという問題がある。
 地域農業の担い手を支援するためにも、個人に対して補助していく仕組みを作らなければ、若い人ほど職を求めて地域を離れてしまい、地域農業の復興はさらに難しくなるだろう。将来の地域再生に役立つような技術習得に補助金を出して生活を援助するなど、地域が空洞化しないための対策が求められる。


◆過去の復興策に学んでいるか?

 奥尻島の復興体制で特徴的だったのは北海道庁の支援が手厚く、早かったことだ。
 道は生活福祉部や農林水産関係部門などを含んだ横断的な支援チームを作って復興計画の素案をいち早く提示し、町と頻繁な協議を行って復興計画を練り上げた。住民との対話を繰り返して、被災1カ月後にはすでに基本方向ができ上がっており、仮設住宅も9割が完成していた。
 復興は時間との勝負。スピード感がなによりも大事になってくる。そのため、奥尻島では国の事業が始まる前に道単独で進められた例もあった。国の計画や予算を待っていては復興は進まない。先走ってでも復興計画を進めていくべきだ。


◆2段階で復興計画を考える

 住民との対話集会を何度も行い、住民の具体的な意向を汲み上げた計画作りに努めたことも特徴だ。仮設住宅への入居も、地域のコミュニティを維持するために集落単位で行われた。ここでも今回の入居体制との違いが見られる。
 また「仮設的な計画」と「本計画」の2本立てによる復興対応も学ぶべき重要な点だ。「支援」中心から「地域経済」中心へと徐々に移行していくために、仮設的な復興ビジョンを考える必要がある。本格的な施設が完成するまでの期間、地域の雇用を生み出すという点からも仮設の施設や工場、商店などを作っていくことが必要だ。


◆被災県の体制にみる格差

 同じ被災地でも県によって復興への取り組みに格差も感じる。岩手県と宮城県では復興委員の選定が最大の違いだろう。
 岩手県の復興委員は地元の人たちで構成されているのに対して、宮城県は都内の大学教授や企業の役員など中央の人間が中心となっている。復興委員会の開催数も岩手のほうが多く、宮城県は東京での開催もある。これには疑問を感じる。
 水産業復興への方針でも、岩手県は「漁協を核とした『共同利用システム』」などを掲げているが、宮城県の方針には「漁協」という言葉が一つもない。漁業形態に違いがあるとしても「漁協」を核とした復興計画を打ち立てることが必要なのではないか。
 宮城県には土地利用規制が厳しく敷かれているため、復興したくてもできないという壁もある。こういった点で、宮城県の復興は特に遅れるのではないか。
 現地に行っても県と市町村との連携に差がある印象を受ける。


◆地域振興を大原則として

 政府の復興構想会議が打ち出した「水産特区構想」の問題点には▽漁協以外の管理体制が存在することによる対立・混乱、▽漁業者のきずなの分断による復興の遅れ、▽魚価の状況によっては企業の安易な撤退が予想されること、などが挙げられる。また、漁業の衰退について高齢化や後継者不足を問題にする声があるが、安い水産物の大量輸入など経済構造が原因なのであって、特区の導入は高齢化などの解決には結びつかない。
 特区構想は民間の資金欲しさに浜の意見を聞き入れずして強引に進められてきたが、復興計画は地域振興こそが大前提だ。企業の参入で儲かるのは誰なのかをきちんと考えるべき。今後も地元の意向を無視した計画が進められる懸念が強いが、住民や漁業者の意向を尊重した漁村振興が大原則であり、反論していく必要がある。


◆縦割りの「管轄」がもたらす壁

 漁業復興の課題としてあげられるのは、加工や冷蔵、流通など、すべてがセットとなったインフラの回復である。漁業が再開しても加工業が復興しなければ魚価が取れないことから水産加工業者の復興も漁業再建に不可欠となる。水産加工業者は、再建に莫大な費用が必要な状況であるにもかかわらず、一次補正の「水産業共同利用施設復旧支援事業」の支援が受けられない。また水産加工業は水産庁ではなく中小企業庁の管轄であることも対応を遅くしている要因であり、漁業全体の再建を遅らせる障害となっている。
 この点でいえば、シイタケ栽培にも大きな震災被害が出ているが、管轄が農業ではなく林業に分類されているため、農業と同じ支援が受けられていない。
 こういった状況を考えると、それぞれが現在の管轄の枠内で対策をとるのではなく、復興庁のようなものをいち早く立ち上げて、横断的な対応がとれるような体制を構築すべきだったのではないか。

(2011.08.09)