(写真)ディスカッションではTPP問題に話題が集中した
◆TPP反対を地域でどう広める?
3つの報告を受けたディスカッションは、政府の参加判断が近いとされた時期の研究会開催となったため、やはりTPP問題に集中した。
参加者からは野田総理に参加を断念させるための運動のあり方やマスコミの論調などへの意見が相次いだ。
伊藤組合長はJAグループが中心となった1千万人署名について未成年層や高齢者が署名をしていないことを考えると「国民の2割がTPP反対と署名したといっていい。まだまだ運動を展開していかなければならない」と強調した。
田代教授は「消費者のなかでも食の安全性が損なわれかねないとの懸念から関心を持つ人も増えてきた」と話し、農業者やJAが中心になって地域で広く反対運動をつくっていくことの重要さを指摘した。また、地方紙では反対や慎重に考えるべきだとの論調が主であることも指摘された。所得補償が十分にされれば日本農業も生き残れるのではないかとの指摘もあるが、梶井会長は「中国での米の国内価格は60kg3000円。これが輸入価格のベースになる」と話し、関税ゼロで農業を守るには膨大な財政支出が必要になることを指摘した。
そのほか今後の課題として原発事故を契機にJAグループもエネルギー政策を提起していくべきだとの意見などがあった。司会はJA全農元専務の岡阿彌靖正氏がつとめた。
(写真)JA松本ハイランドからは「農家組合」とその活動についての報告もあった
報告1の概要
「農業者戸別所得補償制度はどうなるか」
梶井功・東京農工大学名誉教授
◆バラマキ批判はあたらず
戸別所得補償制度は日本の農政にもっとも必要な制度だ。バラマキという批判はあたらない。
対象は生産数量目標に従って生産する農家としているし、販売価格と生産費の差額を補償するという点で交付内容もはっきりしている。
しかし、この制度の行方があやしくなってきた。それを象徴するのが前原前外務大臣のTPP参加を念頭においた「GDPで1.5%の農業を守るために98.5%が犠牲になっている」との発言である。
さらに自民党と公明党との3党合意で政策効果を検証してこの制度を見直すということになった。ただし、まったく具体的な協議が行われていない。
◆算定基準の差に疑問
その一方で戸別所得補償制度では24年度予算で規模拡大加算に加えて、農地の集約化を進めるため農地の「出し手」への交付金交付も盛り込んだ。
これは何を意味するのか。
当初は自給率向上のためには規模の大小を問わず対象にするという考え方だったが、担い手に限定する選別的助成に舵を切るということだろうか。これでは自民党時代の農政に戻ることになり、特定層を優遇するのではなく、生産数量目標に従う生産者すべてを対象にするという最大の取り柄を壊してしまうことになる。
もちろん現行制度にも問題はある。
そのひとつが米と畑作物で補償額の算定基準が違うということ。米では経営費+家族労働費の8割としその額は60kg1万2972円(07年度)である。一方、畑作物は全参入生産費とした。
これを米に当てはめて考えると1万6412円となる(同)。なぜ、米と畑作物で算定基準が違うのかの説明はない。
◆政府にもっと注文を
実際、補てん基準価格を下げたことによって昨年のモデル対策の検証結果では、経営費も家族労働費もまかなえたのは経営規模2ha以上層のみとなったことが農水省の分析で明らかになっている(関連記事)。
そのほか全国一律の単価でいいのかという問題やなによりも法制化されていないという問題もある。農業団体も、もっと立法化に取り組めと注文をつけるべきだろう。
報告2の概要
「TPP・東日本大震災・地域農業振興」
田代洋一・大妻女子大学教授
◆TPPの本質と火事場泥棒資本主義
FTA(自由貿易協定)は10年で9割以上の品目で関税撤廃する協定だが、2国間交渉で例外品目を設けることができる。しかし、TPPは例外なき関税撤廃という「丸裸のFTA」である。
米国の狙いは二つ。一つは、高度成長し、東・南シナ海の領有権も主張し始めている中国の封じ込め、同地域におけるアメリカの権益確保にある。
さらには米国流の弱肉強食の自由競争ルールでアジア太平洋地域の経済を仕切ることにある。カナダの女性ジャーナリスト、ナオミ・クラインは米国の戦略は「ショック・ドクトリン」だと指摘している。これは精神病者に電気ショックを与えて頭の中を白紙にして幼児に戻し、そこに新しい人格を注入するという治療を応用したもので、CIAが世界各地で拷問に使った。
これを経済政策にも活用したのが新自由主義の経済学で、「災害資本主義」いわば火事場泥棒資本主義である。クーデタ、爆撃、災害等で国の規制などを取り払って「更地」にし、そこに米国流の経済ルールを導入、多国籍企業が儲けられるようにするのが狙いだ。日本がTPPに参加すれば自給率は13%に下がるが、これは日本農業の更地化だ。東日本大震災に対しても、TPPに対しても同じように大規模経営への集約化、株式会社の農漁業への進出促進という「災害資本主義」が処方箋になっている。
TPPは、農業だけではなく日本の国民生活・社会経済そのものがターゲットになっていることを認識する必要がある。牛肉の輸入制限、残留農薬の基準値の世界標準化など食の安全のほか、医療、金融、共済、郵貯・簡保なども対象になるだけでなく、最大の問題は投資家が不利益を被ったときには投資先国家を国際機関に提訴できる条項が入ることだ。こうなると国は国民経済や国民生活は護れなくなり、アメリカ資本の自由競争に曝される。
◆アジア重視の戦略を
TPPは米国の工業品関税1.9%をゼロにしてもらうかわりに、日本の農産物関税12.5%をゼロにするというもので、日本農業は壊滅する。しかし、工業分野にとってはメリットになるかといえば、1.9%の関税をゼロにしても1.9%ドル安円高にすれば効果は相殺される。現実には3月末に対して今日は円がドルに対して150%、1.5倍も高くなっている。1.9%どころの話ではない。
日本の貿易量は米国からアジアへとシフトしており、TPP参加国よりもTPPに参加しないアジアとの関係を重視したほうが財界にとっても得なはずである。
◆TPPをどう跳ね返すか
農業・農協だけが反対しているという孤立化作戦を跳ね返し、全国民的な問題であることを訴える必要がある。
また、日本農業再建の道筋を明確にすることも必要になる。世代交代期にある日本農業の担い手育成を集落営農も含めて考えることなどだ。
世界の穀物在庫率は21世紀に入り安定水準の18%すれすれの状態になった。20世紀の過剰時代から21世紀の不足時代に転換したのだ。その時、自給率13%の日本はどうなるのかを考えてもらうことが重要だ。
報告3の概要
集落活動・組織活動の後押しを
伊藤茂・JA松本ハイランド組合長
◆農家組合活動を支援
JAとして重点的に取り組んでいることのひとつに農家組合活動への支援がある。農家組合は集落を単位に営農や生活すべてに関わる活動を自主的に行う横の組織。JAの面的基盤組織として位置づけ各集落で活発な組織となるよう力を入れてきた。
その活動をサポートする担当職員を配置しているほか、農家組合長や班長への手当や会議開催費、活動経費などを助成している。
17年度からは1支所1モデル農家組合を選定し活動を支援、366農家組合のうち、延べ166農家組合が取り組みを行った。
活動テーマは自由だが、集落内のコミュニケーションを深めることが目的で、伝統のしめ縄づくりや、そば打ち講習会、親子で参加する畑づくりなどがある。
◆女性による販促活動
一昨年には農産物の販売促進活動を行う「おいしさ届け隊」を発足をさせた。揃いのユニフォームを作りJAの農畜産物を店頭でPR。女性参画センターと女性職員43名で構成し、金融窓口しか経験のない職員も「JA職員」であることを実感したとの声が出ている。
一方で、男性の農業後継者に出会いの場をつくる青年部の婚活事業「みどりの風プロジェクト」も行っている。参加女性には野菜づくりに挑戦してもらい、青年部員と力を合わせて農作業を体験する。青年部員は農業に誇りを持つようになり、5年間で15組が成婚した。
◆地域の特性を生かす
私たちは農産物販売額230億円に挑戦している。課題は果樹・野菜の生産拡大と労力の軽減とともに農業者の所得向上である。
取り組みの一つにリンゴの新わい化栽培がある。この品種は脚立に上らずにすみ、地上での作業が大幅に増えることから収穫作業がスピードアップするし、農作業の安全性も高まる。単収も増加する。25年度には10万本を供給する。
そのほかハウスのリース事業や白ネギ生産拡大プロジェクトも進めている。5年後、10年後の農業をイメージし地域の特性を生かした儲かる農業の実践に取り組んでいきたい。