農業・農村・組合員を核とした営農事業改革を
◆「夢を語れる農協になれ」
研究会の今村奈良臣代表(東大名誉教授)は開会のあいさつで、JA大山町、JA馬路村、JAみっかび、JA富里市、北海道十勝地区の24JAといった小規模で未合併ながら営農事業を中心に先進的な活動をしているJAと、JA会津みどり、JA三次など広域合併したものの中山間地帯で優れた活動をしているJAとを比較し、これらの共通点を「地域の農業、農村、組合員をしっかり見て活動している」ことだと指摘。これからの農協運動と地域興しは、「地域の礎となる組合員の顔をしっかり思い出し、明日の夢を語れるような農協になってほしい」と呼びかけた。
JA全中の大西茂志常務理事は、JAグループの農政活動として総力を挙げてTPP交渉参加への反対運動を展開していることを紹介しつつ、その一方で「JAとして地域をどう創りだすかというのはもっとも大きな課題のひとつ」だとの認識を述べた。今秋開催を予定している第26回JA全国大会の議案では「農業を核に地域を作っていくための戦略を盛り込みたい」との考えを示し、「真の6次産業化は1次産業がしっかりした基盤になってはじめて実現する」として、研究会での活発な議論に期待した。
初日には「真の6次産業化」をテーマにJA大山町の矢羽田正豪代表理事組合長、JAふくおか八女の末崎照男前副組合長、JA馬路村の東谷望史代表理事組合長の3人が報告した(下記に解説記事)。
JC総研の小林元主任研究員は3人の報告を受けて、6次産業化がいま直面している課題として、「6次産業化の競争型市場化と、流通機能やリスクの内包化がすすんでいる」と指摘した。
競争型市場化が進んだことで、本来は地域づくりの拠点であったはずの農産物直売所がスーパーマーケット化しており、全国の直売所が設立5年後で一旦売上高の成長が止まる壁にぶつかっているのもそのためだと分析した。また、本来は卸や小売に求められていた分荷・商品化・リスクヘッジなどの機能が流通の川上にいるJAに求められるようになったため、JAのマネージメント機能の強化が必要になっていることも提言した。その上で、6次産業化をすすめる上でJAが克服しなければいけない課題として、営農・経済事業の縦割り化の解消、地域づくりの視点を欠いた加工・直売事業とそれへの過剰投資の見直し、コンプライアンス重視などによる営農指導員や企画部門の業務過多の解消と本来の業務の方向性への転換、を挙げた。
2日目には「地域農業戦略づくり」をテーマに、JA会津みどりの長谷川正市代表理事組合長、JA三次の新田靖副組合長、JAえちご上越の岩崎健二営農生活部園芸畜産課長の3人が報告した。
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14日の研究会終了後には、2012年度の総会を開き、今年度の活動計画や予算、規約の改正などの議案を承認した。
今年度の活動としては、9月に人材養成セミナーと第4回マーケティング研究会、12月に第32回公開研究会の開催を予定している。
また、規約の改正で新たに研究会活動の企画立案を行う企画会議とその構成員となる企画委員の設置が決まったほか、新たに7人の運営委員が決まった。
企画委員4人と新たな運営委員7人は次の通り。(敬称略)
【運営委員】
▽石崎明久(JA邑楽館林農畜産部長)▽矢沢定則(JA横浜常務理事)▽水島和夫(JA越後さんとう常務理事)▽岩崎健二(JAえちご上越営農生活部園芸畜産課課長)▽下村篤(JA上伊那前営農部長)▽川端均(JAおうみ冨士ファーマーズマーケット事業部長)▽高橋利広(JA島原雲仙営農部担い手対策課課長)
【企画委員】
▽海谷栄治(JA中野市営農部長)▽中原純一(JAちばみどり営農部営農顧問)▽前澤憲雄(信州きのこマイスター協会代表理事)▽松岡公明(JC総研常務理事)
(写真)
上:「地域の農業・農村・組合員をしっかり見て活動を」と呼びかける今村代表
下:(左から)今村奈良臣氏・JA-IT研究会代表委員、大西茂志氏・JA全中常務理事、小林元氏・JC総研主任研究員
真の6次産業化とはJAらしい「地域」づくりと「付加価値」づくり
JA富里市前常務理事・JA―IT研究会副代表委員 仲野隆三氏
◆2、3次産業主体での地域活性化はない
6次産業化とはかって今村奈良臣氏(JA―IT研究会代表委員)が大分県で「農業は、女性農業者からは儲からない」といったことに対し「知恵を絞れと提唱」したことにはじまる。
この意味は地域の農林水産物を資源として組合員自らが製品開発し、付加価値をつけ直接販売することにより「モノづくり」と「産地づくり」さらに「地域づくり」まで発展させることで、農業や地域の活性化を推し進めることにあった。
しかし、この考えは平成20年の農商工連携促進法や平成23年の6次産業化法の制定に結びつくが、その実態は流通販売などのサービス業(3次産業)や加工製造業(2次産業)の再生に重きが置かれ、本来の農林水産業(1次産業)の価値創造と利益還元など地域の活性化には結びついていないのではないか、と疑問視されていた。
組合員の高齢化と新規就農者の減少などにより農林水産業と地域の活性化が失われつつある中で、農山村再生にむけた営農経済事業の今後をどのように探るか。真の6次産業化を通じたJAらしい「地域興しと付加価値づくり」を実践しているJAトップリーダーから貴重な報告を聞くことが出来たと考え、そのレポートをここに記したい。
◆JA合併しても進まない地域興し
3人の報告者に共通する部分を整理してみたい。
1つめは「農地の少ない狭小な中山間地域」JAであること。2つめは「地域資源はこれまで組合員が培ってきたもの」であり、郷土の加工品や食文化としての料理であること。3つめは地域の高齢化率が高く人口減少に歯止めがきかない地域性にある。4つめは信用共済事業が全国の平均的なJAと比較して極めて小さいことだ。
全国のJA数は710となり大型化しているが、JAらしい地域興しによる活性化が今一歩進んでいないことを考えると、JAの経営規模が問題ではないことがうかがえる。この点は公開研究会に参加した多くのJA役職員が意識改革できたのではないか。
(写真)
上:JA馬路村の加工工場。地域の雇用創出にも一役買っている
下:星野村の茶畑で働く女性たち。末崎氏は「地域の名人を掘り起こせ」と提言した
◆バリューチェーンの構築戦略が必要
では、何が秘訣なのか、実践報告をひも解いてみたい。
世の東西を問わずイノベーション(改革や変革、創造)を起こすのは人材と考える。優れた人材がいても強力なリーダーがいなければ地域興しはできない。JA大山町の矢羽田正豪組合長は、昭和36年の八幡治美前組合長の「梅栗運動」の教えに学び、時代変化に対応した「新たな発想」を理念として地域農業の6次産業化に取り組んできた。JA馬路村の営農指導員であった東谷望史組合長も森林率96%の山間地で唯一の果樹であるユズを卸会社にまかせず搾汁し、ユズの皮や種子の化粧品まで商品開発してバリューチエーン(価値連鎖)の構築に取り組んできた。
農産物の6次産業化は簡単ではない。柚子果汁のビジネス・バリューチエーンをどのようにデザインするか、原材料の生産確保から加工製造、そして物流・販売サービスをどのように企画、設計、開発するか、さらにターゲット(顧客目標)をどこに定めるか、その品質やデザインさらにネーミング、包装、価格(原価や利益率)、流通(ネット販売や直販など)、そして販売促進などの戦略が必要となる。
この日発表のあった3JAは、営農指導と販売開発など小規模JA故に少人数のスタッフで取り組まなければならず、それぞれのトップが販促などで全国の百貨店を駆けずりながら6次産業化プランナーとして加工施設の設置や商品開発に組合員とともに取り組んできたと考える。
◆人事異動が障害になることも…
東谷氏の取り組みの軌跡を見ると、商品開発における多様な人々との交流経験から価値創造の能力が育ち、事業推進者として役員説得に苦労したことでトップリーダーの信頼を得たことが成功の秘訣だったのではないだろうか?
彼の逸話から、外部デザイナーと年間契約を締結することで2度理事会に諮り「一年やってみいや」と認められたこと、また組合長に定年までやれと背中をおされたことが今日の「ごっくん馬路村」となり、村ごと商品名として売りに出す戦略につながつている。
狭小な山間地で平坦な農地はなく、古木のユズが栽培されていたが農薬を使わないため市場性はなく、残された道はユズの6次産業化と価値創造であったと考える。
大山町の中山間地域における農産物直売所を基点とした少量多品目と地産地消や加工事業と郷土料理レストランの6次産業化も含め「モノづくり」、「産地づくり」、「地域づくり」、の3づくりはその地域のJAでしかなしえないものと考える。
今回のJA―IT研究会における6次産業化の実践報告のまとめとして、そのカギを握っているのはJAであり、6次産業化プランナーの人材育成が喫緊の課題だと考えるとともに、地域農業振興や活性化の取り組みはJAトップリーダーの、担当者に対する強い信頼性にあるものと考える。最後に東谷氏の「人事異動があったら馬路村の6次産業化はなかったかもしれない」との一言は、今後のJA事業における人事異動に一石を投げかけたと感じた。
(写真・左から)
矢羽田正豪氏・JA大山町組合長、東谷望史氏・JA馬路村組合長、末崎照男氏・JAふくおか八女前副組合長
自らの手で集落ビジョンをつくり「政策」を利用する
水田農業の戦略をどう打ち出すか
◆集落への支援体制が鍵
研究会2日目のテーマは「水田地帯における地域農業戦略づくり」。とくに平成17年の農政改革大綱(経営所得安定対策大綱)で政策支援の対象となったことから取り組みが進められた「集落営農組織」づくりを核とした地域水田農業ビジョンの策定とその実践、到達点などが報告された。
JA会津みどり(福島県)では、全323集落で農家自らが集落ビジョンを策定した。報告した長谷川政市組合長によると、この取り組みにあたって▽補助金の受け皿づくりを目的にしない▽JA・市町村・県が一体となって集落を支援する仕組みもつくる▽各集落で全員参加による話し合いの場をつくる、などの基本方針を決めたという。
こうした集落の取り組みを支援するためJAは総合支店に集落営農相談員とJA職員OBを起用した地域営農マネージャーを配置、「常に誰かが相談に乗れる体制」をつくった。 この集落で合意形成する場を「1階部分」とし、この1階部分の上に地域の実情に合わせて担い手組織をつくってきた。
現在、担い手組織は特定農業団体1つと5つの法人が育成された。組織は1集落1農場タイプから大規模専業農家が集落を担う1戸法人タイプ、さらには専業農家が結合して法人をつくったケースもある。そのほかJA出資型法人や廃校をライスセンターや育苗施設に再利用するなど行政との連携で立ち上げた法人も。
こうして集落ビジョンが着実に実践されている地域も出てきたが、一方で条件のいい平坦部では危機感がなく「未来の羅針盤としてビジョンが機能していない」との課題も。また、立ち上がった法人に対する経営安定のための支援なども必要だという。「集落は自分たちで守る」との課題にさらにチャレンジが必要な現場の実態が報告された。
(写真)
長谷川政市氏・JA会津みどり組合長、新田靖氏・JA三次副組合長、岩崎健二氏・JAえちご上越園芸畜産課
◆ネットワークによる戦略づくり
JA三次(広島県)は集落法人の設立に力を入れてきた。JAの組織基盤は集落であり集落崩壊はJA崩壊につながるとの問題意識からだ。集落内の話し合いで全戸参加型、オペレーター中心型など形態別に現在29が設立され、水田作付け比率では39%をカバーしている。集落法人のうち16がJA出資型法人だという。
JA三次集落法人グループという協議会も設立し、アスパラガスなど新品目の栽培や水田放牧、農産加工など経営安定に向けた共通の課題に取り組んできたが、とくに注目されるのが法人間連携活動だ。たとえば「大豆ネットワーク」は機械を共同利用することで、装備を持たない法人も経営品目に取り入れることができている。生産量を確保して三次産大豆ブランドとして確立できてきたという。
農産加工や機械利用でもこの様にネットワークを立ち上げ経営の安定を図る。1集落が20〜25haでは「経営努力しても苦しい」(新田靖副組合長)規模のため、今後は集落法人が連携して機械利用組合をつくりコストダウンを図るなどの展開をめざしている。
集落の合意形成が1階部分、集落法人が2階部分とするなら、ネットワークによる機械利用組合などの設立は3階部分をつくるということになる。一方、販売力の強化ではJAとの連携も課題とする。集落営農の進化の方向のひとつが示された報告だった。
◆産業政策と地域政策の結合を
研究会で強調されたのは集落ビジョンづくりが「政策の鋳型の合わせた補助金の受け皿づくり化」(JC総研・小林元主任研究員)してはならないこと。
むしろ農政が昨秋閣議決定した「再生のための基本方針」にみられるように経営体育成を強調するなか、地域づくりをも合わせて実践するような集落ビジョンづくりが求められる。
たとえば、6次産業化も地域づくりとしての営農ビジョンに位置づけるべきで、各種の政策や補助金もその視点から利用することが大切になることが強調された。現場で「政策を読み替える力」(小林主任研究員)をいかに活かすかが問われそうだ。
◆園芸への挑戦も
そのほか、「米単作地帯における園芸産地づくりへの挑戦」と題してJAえちご上越からの報告もあった。同JAは販売額の8割を米が占める。しかし米価の下落で農業所得は年々減少。この課題に応えるひとつの挑戦が園芸品目の直売所事業。平成18年に開設し23年度は約5億円の売上げにまで成長した。
最大の課題は冬場の出荷品。発見したのが農家が雪の下で栽培している野菜。糖度が高く評判となって「雪下畑の仲間たち」との商標登録も申請中で定着化させて市場出荷も視野に入れていることや、将来を見据えて若い出荷者の組織化をはかっていることなどが報告された。
新潟県でほぼ通年営業の直売所が実現したことは注目度も高くメディアにも再三取り上げられてきたという。雪下の野菜、という地域資源の掘り起こしが地域農業の新たな道を拓きつつある。
(写真)
JAえちご上越の直売所「あるるん畑」。米単作地帯でも野菜の生産を増やしている