◆食と農に重要な意味持つ国連宣言
国際連合が2012年を国際協同組合年に決定。このニュースに接して、国連に対する評価をグレードアップした読者もあったのではないか。総会宣言のタイミングも印象的だった。2009年12月の時点で宣言が採択されたことは、とくに食料と農業にとって重要な意味がある。
2007年から08年にかけて、世界の食料価格が高騰したことは記憶に新しい。未曾有の価格高騰の背景のひとつに、大量の投機的資金の食料市場への流入があった。2008年9月にはアメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズが破綻する。百年に一度などと形容される世界不況の引き金となったことも周知のとおりだ。
暴走を重ねた金融経済に引き起こされ、増幅された点で、食料価格の高騰と世界の同時不況は根っこのところでつながっている。価格高騰と同時不況の最大の犠牲者は、貧しい国々の貧しい人々であった。
2009年6月、国連食糧農業機関(FAO)は世界の栄養不足人口が10億2000万人に達するとの推計を公表した。2004年から6年の推計値が8億6000万人だったから、急増ぶりに注目が集まった。急増の原因は依然として高止まりの状態にあった食料価格と、途上国の経済にも深刻な影響をもたらした世界同時不況であった。
食料は、これなしには生きることができないという意味で、絶対的な必需品である。とくに健康な生活を送るのに必要なミニマムの食料の確保については、市場経済に過大な信認を置くことはできない。
事実、危機的な状況にある食料について、しばしば国際協力や国内の慈善団体の活動が決定的に重要な役割を果たしてきた。非営利の協同組合のスピリッツとパワーにも期待がかかる。国際協同組合同盟(ICA)傘下の協同組合だけで、世界の8億人が組織されているからだ。
◆日本のユニークな協同組合
日本には食と農をめぐるユニークな協同組合が存在する。食については消費生活協同組合であり、農については農業協同組合である。生協の事業は食品に特化しているわけではないが、総供給高の8割が食品だ。食の協同組合としての性格が強い。また、全世帯の3分の1が加入しており、日本最大のNPOでもある。
日本の生協のユニークな点は、いくつかの斬新な事業モデルを創案し、これを事業の柱に育てあげてきたところにある。具体的には、班の組織をベースにした共同購入方式があり、近年では個配のシステムを拡大した実績がある。農業生産の現場とのあいだに密接な関係を築きあげた産直の拡がりについても、生協陣営の頑張りによるところが大きい。
とは言え、生協の歩みが順風満帆だったわけではない。危機的な局面に立たされた経験も一度や二度ではない。最近では中国製冷凍ギョーザによる食中毒事件が記憶に新しい。大手の量販店や新手のディスカウント店などとの競合のなかで、店舗の閉鎖に苦渋の決断を強いられている生協も少なくない。
農協については、読者の多くが農協関係者である本紙で多くを述べる必要はなかろう。ただ、日本の農協の基本的なタイプが、農村のコミュニティに立脚している点は押さえておくべきだ。日本農業とりわけ水田農業には、長い歴史の中で培われた共同の力が生きている。村のメンバーは共同活動に参加することでコミュニティに貢献し、それぞれのメンバーはコミュニティによって支えられる。共助・共存の仕組みである。水利施設の維持管理や用水配分のルールを思い浮かべていただければよい。
伝統的な共同の力が根底にある点が日本の農協の強みだ。こう言って間違いない。もっとも現代の農村は、専業的な農家や法人経営から、兼業農家や高齢農家、あるいは定年帰農や元農家の世帯など、実に多彩な性格のメンバーによって構成されている。さらに、伝統色の強い農村にもさまざまな新風が吹き込んでいる。こうした中で、時代にマッチした共助・共存の仕組みを意識的に模索することが求められている。これはそのまま現代の農協運営の課題でもある。
(写真)08年大阪で開催された日本生協連の「たべる、たいせつフェスティバル2008」
◆協同組合の原点を見つめ直す
2012年に向けて、協同組合の原点を確認することが大切だ。協同組合は事業体である。当然のことながら、無駄なく能率的で、質の高い仕事が求められる。小規模な生産者や生活者が結集して規模の力を確保することも、協同組合に期待される重要な機能である。けれども、能率的で規模のメリットを確保した組織の力は、協同組合の目的に沿って活用されなければならない。この点に利益次第でビジネスの中身を問わない一般企業との違いがある。
もうひとつ大切な点、それは協同組合の力が自制的に行使されなければならないことである。
協同組合はメンバーの共助のための組織だ。けれども同時に協同組合は、メンバーの範囲を超えて、他者への配慮に立った行動を旨とする存在でもある。1995年のICA声明には「協同組合は他人への配慮という倫理的価値を信条とする」との一文がある。このような信条の延長上に、例えば生協陣営の平和運動への貢献がある。あるいは、産直の取り組みにもしばしば農協と生協の双方向の配慮を感じることができる。パワーを十分確保しつつ、協同組合の掲げる目的に沿って、なおかつ、他者の痛みや喜びへの共感とともに自制的に行使する。そんな態度がむしろ競合業態との差別化につながり、確かなパワーの結集に結びつく。
他者への思いは国境を越える。食と農の世界で、日本の協同組合が貢献できる領域は少なくない。海外との交流によって、日本の私たちが学ぶこともあるはずだ。とくにアジアの国々との交流が大切である。生業的な小規模家族経営をベースに、成長経済への難しい適応を遂げつつある点で、アジアの農業には共通項がある。苦い経験も含めて、日本の農協の取り組みは示唆に富んでいる。中国のように、そもそも農協の組織化自体が課題となっている国や地域があることも忘れてはならない。
アジアには国境を越えて食のネットワークが形成されつつある。日本からアジア諸国に向かう食料の輸出も次第に増えている。こんな中で、食の安全をめぐる日本の生協の取り組みから、これも苦い経験を含めて、多くの教訓を引き出せるはずだ。さらに、日本の生協がリードしてきた産直や各地の農協が取り組んでいる農産物の直売所は、アジアのフードシステムが成熟していく過程で、協同組合の特色を活かした事業として強い共感を呼ぶことであろう。
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国際的な文脈で協同組合について語り合うときに忘れることができない先達、それは賀川豊彦である。1936年の『友愛の政治経済学』の中で賀川は「資本主義は無限に自然資源がある間はまだよいが、私たちが自然の資源を使い果たしてくると、悲惨と貧困の恐ろしい状態が起こる」と喝破した。奇しくも国連が国際協同組合年を決定した2009年は、賀川が神戸で救貧活動に入った年を起点とする「賀川豊彦献身100年」にあたる。
【略歴】
(しょうげんじ・しんいち)
1951年愛知県生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒。農林水産省農事試験場研究員、北海道農業試験場研究員を経て、1987年東京大学農学部助教授、1996年同教授。2007年からは農学生命科学研究科長・農学部長。これまでに食料・農業・農村政策審議会委員(企画部会長・食糧部会長・畜産部会長・農村振興分科会長など)、日本フードシステム学会会長、農村計画学会会長などを務める。現在、日本学術会議会員、生協総合研究所理事長、国土審議会委員。最近の著書に『農業再建』岩波書店、『新版よくわかる食と農のはなし』家の光協会がある。