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2012年国際協同組合年に向けて 協同組合が創る社会を

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【対談】「助け合い」「連帯」を見詰め直して  東京大学名誉教授・神野直彦氏―愛媛大学社会連携推進機構教授・村田 武氏(後編)

・農産物の価格破壊
・規模拡大は時代錯誤
・展望開く地産地消
・社会保障にも視点を

 対談の後編では農産物価格や農業経営の規模、社会保障について語り合っていただいた。

農業で地域空洞化にストップを


◆農産物の価格破壊


東京大学名誉教授・神野直彦氏 通貨の取引は物価の落ち込みを余り激しくしないという役割を果たしていますが、物価のクラッシュ(墜落)が起きないうちに産業構造を変えたり、例えば農業を知識産業化するといった手を打っておかないと、人間と自然の最適な分配を示さない市場のメカニズムが農業を支配してしまうことになります。
 するとギリシャのような破綻が起き、ユーロが暴落すれば、その反動で円高となり、日本経済は輸出産業が苦しみ、農業は安い輸入農産物に苦しむことになります。このメカニズムをどうするかを考えておかないといけません。
 村田 日本では貧困化とも結びついて農産物需要が落ち込んでおり、特に米価の低落がひどく、安い輸入品が溢れる中で、世界で唯一、農業恐慌的な局面にあります。ヨーロッパでは日本ほどの価格破壊は起こっていません。
 知識社会の議論でいいますと、私は住友化学の代表が日本経団連の会長になったことには意味があると思います。
 トヨタやキャノンに次いでバイオサイエンスに関わる分野の代表が前面に出てきたわけですよ。
 しかし財界トップは日本の経済社会や国民生活のことなどを余り語らなくなりましたね。
 神野 財界といわれる団体がマクロ的な視点を見失って、単に業界団体みたいな行動をし始めたという状況だと思います。
 村田 では次に、日本農業再生の基本的方向と協同組合の役割、それを支える政策のありようについてのご見解をお話下さい。
 先生はご著作『地域再生の経済学』で「農業のめざすべきは、成長輸出産業ではなく、地方圏の生産機能の空洞化・地域社会の崩壊をストップさせ、地域社会の個性的な生活に必要な地域産業としての再生であろう」とされていますが、その通りだと思います。
 日本の農村は水田農業を基盤にしてきました。国土保全にとって水田をどう保全するかが農業政策の根幹になければいけません。また、それは農村政策と一体化される必要があります。 その中で高齢化と少子化がいち早く農山村を襲ったため中山間地等直接支払制度が実施されました。
 これは政策で地域を支えないともうお手上げだという状況がきていたからだと思います。

 


◆規模拡大は時代錯誤

愛媛大学社会連携推進機構教授・村田 武氏
 しかしそれだけでは農村を支えきれません。農村で水田農業を支えているのは小農経済・家族経営です。これは利潤を目指す法人資本家経営と違って、自分の労働力の価値を実現することによって定住のファイトも意欲も後継者も生まれるという経済です。
 だから労働力の価値、生産費が補てんされる価格を実現することが農業政策の基本だと思います。
 過剰問題に悩み、穀物の構造調整のために直接支払いをやればよいヨーロッパと違って、日本の場合は生産費を補てんする目標価格をきちんと設定し、政策を総動員して労働力の価値を実現する必要があります。
 それでも輸入圧力に抗し切れなかった場合には所得補償をするというようにすれば予算も5000億円なんてかけなくてもやれます。
 だから価格を支えることを放棄して価格下落の補償をするという戸別所得補償制度に私は賛成できません。
 また今は、これまでのようにコスト削減とか国際競争力を高める規模拡大をいうことはアナクロニズムの段階にきています。
 地域を再生させる農業・農村政策に転換することが政府に問われています。地域社会の中での農業のあり方を説得力を持って説明すれば農協も農家の心をつかめると私は見ています。
 神野 インドには8000年続く水田があるとのことです。水が回っているためです。そのために必要なのは緑の保全です。緑は人間と自然との質量変換を最適にする役割を果たしています。
 そこで、また市場の話ですが、理論の上では、市場の機構に任せると、最も効率の良いものが選択されますが、現実は違います。
 日本では水田稲作が日本の気候風土を最も効率よく巧みに利用していますが、にもかかわらず、国際競争力では負けています。
 費用はモノをつくるために犠牲にしたもの、コストですね。しかし市場メカニズムはそれを価格、または費用として適切に計上できなくなっている状況です。
 重要な要因は通貨を市場で取引する変動為替相場制になって、犠牲にしたものを適切に示せなくなっているからです。
 ペットボトルの水がよい例です。日本の水はおいしくてきれいで、ただでも飲めます。それに比べてペットボトルの水は容器を作る費用もかかるから、とにかく非効率です。それでも海外から空輸までされて売れています。

 

◆展望開く地産地消


 それは為替のせいです。比較生産費からいっても日本の農業は日本の輸出産業と競争しているのです。
 しかも、価格機構を通さない費用の部分を価格に乗っけないと、市場の機構が本当に私たちにとって最適なもの、効率の良いものを示すわけではないのです。
 市場を使うのだったら、市場に乗っからない費用を負担させないといけません。でないと効率的な選択を示さないのです。だから効率的選択を示すような市場に政府が介入して直していく必要があります。そういうことを原理的に認めないとダメなんです。
 村田 農業経済学会の議論でも、価格は市場に任せて、コストが下がった分は直接支払いでよいだろうという議論が中心になっています。
 このため、そうではないんだ、米などの戦略的作物には国がきちんと市場介入することを前提にして政策を組み立て直さないと日本農業の展望は開けないんだと私は主張しています。
 ここで、ちょっと振り返りますと、敗戦直後、GHQ支配のもとでアメリカの余剰麦・大豆を日本でさばくために非常に低い関税率を設定し、それを農基法農政が引き継ぎ、選択的拡大と称して麦・大豆・トウモロコシはアメリカからの輸入依存を前提としました。
 そうなると水田農業としては稲単作でいかざるを得ません。その矛盾をはらみながら遠隔地に青果や畜産の大産地をつくり、大量生産、大量流通を展開しました。
 当然、工業的なシステムを採用させることになりましたが、その矛盾が、ここにきてどの品目も価格が落ち込んで、大産地主義ではもう立ち行かないことが、はっきりしてきました。
 そこで地産地消が提案されてきたわけですが、最近はその言葉ではカバーし切れないような新しい動きも出てきています。
 愛媛では今まで例えば柑橘類の場合、高品質のものはすべて東京に出荷しましたが、最近は県内の産直とか県民向けのブランドも出てきました。
 産地としては今後、地元県民の食生活を支える農業として再生する以外に道はないということが相当見えてきたかなと思います。
 神野 同時にね。新しい農業農村のあり方が社会全体の社会保障を規定するという指摘もできるのです。
 ヨーロッパの農業は小農経営が共同して組合みたいなものつくっていくという形です。
 しかも、スウェーデンやデンマークでは自営の農業者たちが、一般の労働者たちとも団結して社会保障を統合しています。旗の色でいえば緑と赤の団結です。

 


◆社会保障にも視点を


 村田 新しい労農同盟ですね。具体的にはどんな統合ですか。
 神野 北欧では年金とか医療保険などの社会保障が統合されているのですよ。農と労が別々ではないのです。みんなで助け合う社会保障になっています。
 一方、ドイツやフランスは統合されておらず、またアングロサクソン系は農業そのものが大量の労働者を雇う緑の中に赤もいるという形です。そういうふうに農業のあり方が社会保障を規定しています。
 ドイツやフランスは農民層を社会保険にどう巻き込むか四苦八苦していますが、日本もそうですね。アメリカにはそもそも国民健康保険などがないという状況に陥っています。
 日本では民主党政権が「一元化」という言葉で社会保障の統合を重要な課題としています。しかし農協などの協同組合と労働組合は連帯の組織になっていないのではないですか。
 日本では社会全体として自発的、民主的に組織化をしていくことが下手なんだと思います。
 村田 面白いところを指摘されました。日本の農協は専門農協でなく、総合農協として農村部住民をまるごと組織しています。
 しかし農協法は正組合員を農業者に限定しているので准組合員という方便を使いながら食と農を中心とした地域協同組合として農村の課題を担わざるを得ない状況になっています。
 神野 といっても、地域住民が総合的に組織されているのではなく、分断されたような組織化ができ上がっている状況です。
 農協には農業者のまとまりと生活者のまとまりが混在しているところがあり、そこが良いところでもあります。
 医療とか介護とか葬祭とか色々なサービス事業をやっていますが、重要な点はそれらが自発的に組織化されていくことです。
 それを基盤に、それぞれのサービスに責任を持つのは地方自治体です。家族だけではできないようようなことは自発的に組合をつくって連帯してやっていく。それでも欠けているところは地方自治体が全部責任を持つということです。

【対談】「助け合い」「連帯」を見詰め直して

◇     ◇     ◇

 


 対談の中で語られた神野氏の農業に関する理論について、その著書から、ごく一部を参照のためピックアップしてみた。


農業に関する神野理論―(2)

地域社会の崩壊と食料自給率


 神野理論は、『地域再生の経済学・豊かさを問い直す』(中公新書、2002年)で、地域社会に特産物を中心に固有の地域産業が存在することの重要性を指摘する。
 つまり、農業が生活に必要な地域産業として存在することの重要性である。
 要約は次のとおり。
 「食の文化にもとづく食生活は地域社会の食の生産と結びついている。
 文化に誇りがあれば、食生活も地域に根付くものとなる。日本では食の文化は崩壊している。・・・地域社会に根差した食文化を失えば、食料自給率は急速に落ち込む。
 日本では食の文化を破壊して、食料自給率を落ち込ませてきたけれども、工業製品を輸出することで、食料の輸入を確保してきた。しかし、工業製品を製造する工場は、1990年代に海外にフライトし始めた。ということは、食料の輸入を可能にする工業製品の輸出が困難になり始めたことになる。
 それどころか地方都市に展開していた工場が海外にフライトしてしまえば、工業製品も輸入することになる」

 


対談を終えて

 7月12日午後に行われた神野教授との対談は、前日11日の参議院選挙の結果が与党民主党の大敗という結果をどうみるかで始めさせていただいた。地方の1人区での民主党の敗北の原因が政権獲得後の同党の地域主権・地域重視からの後退にあったのではないかというご指摘、また、民主党の「新成長戦略」をどのように評価すべきかをめぐっての、格差・貧困の解消につながらない経済成長は成長とはいえないとのご指摘はなるほどと思わされた。
 対談では、神野教授のご著書『地域再生の経済学』や『「分かち合い」の経済学』で提起されている地域崩壊と食料自給率の関係や、知識社会の産業構造と農業の問題について突っ込んでお話いただいた。一つは、地球温暖化にともなう気象変動とともに、知識社会を迎えている現代にあっては、農業は農基法農政いらいの「農業の工業化」から脱して、「かけがえのない自然を豊かにしていく」知識産業化が求められるということ。これに加えて、「農業・農村のあり方が社会全体の社会保障のあり方を規定するのだ」というとらえ方、そのうえで、農協など協同組合や労働組合は「連帯」の組織になっていないのではないかという神野教授の問いかけに、われわれは真摯に応えなければならないのではないか。
(村田)

前編はこちらから

【著者】第8回

(2010.08.30)