組合員の「協同活動」を支える「事業」の再構築を
◆農協批判と市場原理主義
――まず本書で北川先生が提起されたことからお聞かせいただけますか。
北川 いわゆる農協批判が再燃しているなかで、本書はこれに真っ向から反論しようという本ではありません。もちろん反論は大事ですが、もう一度JAの皆さんは足下を見つめ直してみることが大事ではないかということです。
JAという愛称が使われて20年近く、この愛称は広く浸透した一方で、「本名」である農業協同組合ということがどうも置き去りにされているような気がしてならないんですね。
農協批判は今に始まったことではなく、またかという感じもしますが、それは農協がきちんとした実践をし、それを伝えていないことにもあるのでないか。そこでもう一度、協同組合の特徴は何か、その特性を強みに変えるにはどうしたらいいのかをまとめてみようというのが執筆の動機です。
もちろん今回の農協批判自体、看過できないことは事実です。
行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会は、農協に関して当面の検討項目と中長期的な検討項目に分けています。
とくに問題なのは中長期的な検討項目のほうで、ここでは信用・共済事業分離論のほか、1人1票制の見直し、准組合員の廃止などを挙げていますが、これは農協そのものの崩壊に関わる問題ですからJAグループとしては理論武装する必要がありますね。
◆日本農業の将来像をどう描くか
北川 結局、この問題の根幹には、日本農業の将来展望をどう描くかということが関わっていると思います。
本書でも触れましたが80年代にNIRA提言(『農業自立戦略の研究』総合研究開発機構1981)が出て、その考え方が延々と生きているという問題があります。この提言は要は少数精鋭型の担い手農業者で構造改革を進め、効率的な農業を実現し国際競争力のある農業をつくれということです。
これを出発点にすると、平等主義の農協組織は非常に鬱陶しい存在となる。そこから少数精鋭の担い手農業者だけで農協をつくればいいではないか、という論理にもつながるわけです。
これが根底にある。ただ、そういう農業構造ではない日本農業の展望をJAグループはまだまだ描き切れていないのではないか。そこを描く必要があると思います。大規模農家だけではなく小さな農家もやはり大事でそういう人たちで日本の農業・農村を守っていくという将来像です。
柳楽 基本的に市場原理主義の考えと、協同組合主義との対比ですね。
農業に市場原理主義を持ち込めば、発展するという幻想をふりかざしている。市場原理主義がどれだけ地域を破壊し疲弊させてきたかという反省を抜きにして、農業は成長産業である、という議論です。
市場原理主義が世界を混乱に陥れたという歴史的な事実を基に主張していくことが必要です。同じ土俵で、まだ市場原理主義で新しい農業が築けるという人々を論破すべきです。象徴的なのは日本振興銀行が経営破綻し初のペイオフ発動となったわけですが、市場原理を唱える新自由主義者は追及されていないことです。
――市場原理主義は行き詰まっているのに、相変わらずその立場からの批判や改革論が繰り返されているということですね。
柳楽 そこがまさに国連がなぜ2012年を国際協同組合年と決めたことと関わる。先日も国連事務総長が世界の貧困問題解決について提言をしましたが、日本においても格差が広がり地域が疲弊していることをどう立て直していくのか、その視点をはっきりさせなければならないと思います。地域を支える砦がJAです。
北川 ただ、JAの事業自体もこの間、市場原理的になっていたことは反省しなければならないと思います。とくに経済事業改革で各事業ごとに採算を合わせなさいという方向のもと、市場競争主義に追随せざるを得なかったともいえますが、それに邁進してきた。そこはやはり立ち止まらなければいけないと思います。
◆JAをめぐる5つのキーワード
――では、JAはこれからどんな取り組みをすべきかお話いただけますか。
北川 今年はレイドロー報告から30年になりますが、やはりこの問題提起をかみ締めてみる必要があります。 彼は信頼の危機、経営の危機、そして今は思想の危機だといったわけです。思想の危機とは協同組合関係者が、協同組合とは何ぞやとか企業とは違う存在意義は何かいったことを真剣に考えていないということで、それを当時彼は嘆いた。
まさに今は、信頼、経営、思想的な危機が複合的に交錯し合っているのではないかということです。
それを克服するためにこの本では5つのキーワードを提起しました。「くらし」、「学び」、「つながり」、「地域」、「総合力」です。
「くらし」を強調すると農業協同組合なのに農業を横に置くのか、と言われそうですが、決してそうではなく農業を一生懸命やるのもやはりくらしを豊かにしたいというのが最終的な願いでしょう。だから「くらし」という言葉は万人に共通のキーワードだと思っているんです。
ロッチデール組合は産業革命以降の工業中心の経済がさまざまな社会問題を噴出させたとき、くらしに必要なものは自分たちで調達して分け合おうという仕組みとしてつくったわけです。協同組合とはそもそも「くらし」を良くしたいというところからスタートしたし、すべきだろうと思います。
「総合力」についてですが、これは今や総合事業を展開しているから発揮されるものではないと思います。現代的な総合力とは、学びも含めたいろいろな組合員の活動がありそれがたとえば事業に結びついたり新しい事業が生まれたりする、つまり、組合員の「協同活動」とJAの「事業」との連携力を発揮することが大事であって、それが総合力ではないか。
その点では今回の農協批判は農協の事業だけを見ているとも言えるわけです。農協とは、事業の下に組合員の活動が学習活動も含めて据えられていて、そのうえで事業が成り立っているんだということが理解されていない、あるいは農協もそこがきちんとできていないということです。
柳楽 協同組合とはもともと人的結合組織です。とりわけ今、地域が疲弊しているなかで、JAによっては地域の高齢者福祉活動や地域貢献、助け合い活動で地域を支えています。それは事業というよりも組合員の活動で支えているわけですね。企業は採算が合わなければ撤退しますが、農協はそれはできない。そこのところをもっと農協は伝えていく必要がある。企業とは大きな違いです。
北川 今おっしゃったように事業から撤退できない、それはイコール地域から撤退できないということだと思います。ということは現代的な総合力について、先ほどは事業と活動の連携と言いましたが、もうひとつは地域とつながっている必要があるということです。
地域には公益という側面があります。原則として協同組合は組合員に対する共同の利益を追求しますが、この追求で事足れりするのではなく、たとえば地域の資源や環境を守る、地域住民を含めて「くらし」を守らざるを得ないという面があるわけですね。その意味で「活動」と「事業」、「公益」と「共益」、ここを縦横に支えるのが農協だと思います。
ただし、地域との関わりにはいろいろなパターンがあって、すべてをJAが抱える必要はない。ボランティア団体とつながっていくということでもいい。まさに新たな協同の創造です。
そのときに准組合員になってもらうなどJAの応援団として位置づけていく。直売所に来る利用者や農や食に関心を持っている人たちなどにも働きかける。そういうかたちで准組合員制度を活用していけば、もっと協同組合らしい農協になると思います。
◆小さな協同をたくさん創る
柳楽 北川先生はこの本のなかで、大きくなった組織に小さな協同をたくさんつくる、ということを提言されていますが、家の光協会も「グループづくり」を提唱していて、実際に現場ではグループづくりがはじまっています。直売所の利用者グループもあるだろうし、食農教育ではアグリスクールといった場での地域住民とのつながりなどですね。
つい大きな組織になってくると大上段に振りかぶってしまいますが、掘り起こし活動といいますか、小さな協同をつくることで組織力を強化していくJAが芽吹いており、広がっています。
北川 「事業」の適正規模という点では信用にしても共済にしてもそれは大きくならざるを得ない。メリットを出す必要がありますから。ところが「活動」の適正規模とはそんなに大きいものではなくて、集落や小学校区、支所・支店単位といった大きさだと思います。その規模での協同の仕組みをつくっておくことが、実は将来的にJAの事業を支えたり新規に農業を始めるという人も出てくることにつながる。そういう形での日本農業、農村の姿を描く必要があると思います。
柳楽 地域とのつながりを求めている組織の外からの人は意外と多いですね。たとえば、定年退職をしてやっと地域に帰ってきたけれども地域とのつながりはないと、はたと気がついた、といった話はよく聞きます。そして自分がこれまでに身に着けてきた技術や知識を地域のみんなと分かち合っていきたいという人もいます。北川先生のキーワードであるくらし、学び、つながりという視点から地域みんなが考える。それを担うのが組合員でありJAがそれを支えるのだと思います。
そういう点で家の光協会もJAの教育文化活動を支援してきたわけですが、やはりここで協同組合の原点は何だったのかと考える必要がある。事業だけではなく組合員の活動にもっと焦点を当てる必要があるのではないか。
◆教育文化活動はJAの要
柳楽 教育文化活動のなかでは組合員組織の育成活動が最大の課題だと捉えています。人的結合体である協同組合がその強みを発揮するためには、組合員をはじめとする教育が重要な役割を果たす、ということです。
よくいわれるように教育なくして協同組合なし、であり、協同組合は教育に始まり教育に終わるという、この繰り返しの学びがない限りはただ組合員は顧客だということになり、一方通行となります。
参加・参画できる義務と責任を維持せず、ただ不満を言うだけではなく、もっと自分たちもJA経営に参画しもの申すことができるんだという取り組みができていけば、JAの組織力も再興できるし総合力も発揮できると思います。
北川 要は教育、文化、活動ということですから、地域の資源や文化を活用しながら学び、活動につなげていくということであって、いろいろな取り組みがあっていい。そのことを通じて、組合員、仲間を増やしていくという、まさに地域を掘り起こしていきましょうということでしょう。それがひいては事業と結びつき地域に貢献するということになると思います。
◆国際協同組合年に向けて何をすべきか
―― 最後に2012年に向けてこれから何をすべきかお聞かせください。
北川 ローカルなレベルでたとえば都道府県、JAの現場で国際協同組合年ということを受け止めて、さまざまな立場で協同に携わる人たちが、私たちのくらし、地域の将来を語り合う取り組みをしてほしいと思います。
柳楽 2012年はひとつの中間点であって協同組合を発展させる取り組みが必要で、協同組合の力を持続性を持って伝えていかなければならないと思っています。
そういう点では協同組合が果たしている役割や貢献している領域についてもっともっと広く市民、消費者を巻き込んだ取り組みを進めていきたいと思っています。
【略歴】
きたがわ・たいち
福井県立大学経済学部教授。1959年兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程単位取得退学。主な著書に、『新時代の地域協同組合 教育文化活動がJAを変える』(家の光協会)、『農業協同組合論』(編著、JA全中)などがある。