◆息づく創業理念
ふくばやし・けんじろう 1947年大阪府生まれ。71年大阪大学法学部卒業。同年住友化学工業(株)入社、04年執行役員。06年住友化学(株)(社名変更)執行役員、常務執行役員を経て代表取締役 常務執行役員。 |
――住友化学の歴史について少しお話下さい。
「四国の別子銅山で銅を精錬する時に発生する亜硫酸ガスの除去をねらって1913年に肥料製造会社を設立したのが始まりです。環境を悪化させないことを目的に事業を始めたわけです」
――環境保全と肥料づくりの一石二鳥をねらったのですね。
「肥料生産は農業生産の拡大に役立ちました。その後、事業を染料に広げ、昭和29年には農薬に参入、33年には石油化学事業へと進み、総合化学会社に発展しました。現在、事業部門は6つあります。5年後には創立100周年を迎えます」
――海外展開も活発ですね。
「石油化学部門としてはサウジアラビアのラービグにプラントを建設中で来年早々に、本格的に操業開始する予定です。石油精製と石油化学の総合コンプレックス計画で世界最大規模です。同国の経済発展にも寄与していきます」
――住友家の歴史は約400年です。創業理念は何ですか。
「『自利利他公私一如』という考えがあります。これは自社だけでなく社会も利するという社会貢献をうたった家訓で、住友グループ各社の共通精神です」
――社会貢献事業としてはどんなものがありますか。
「農業化学部門ではアフリカのマラリアを撲滅するために特殊な蚊帳を製造・販売しています。アフリカ(タンザニア)でも現地生産をしております。名称は『オリセットネット』といいます」
「除虫菊の成分と類似した殺虫剤を練り込んだポリエチレンの繊維で蚊帳をつくるのです。蚊が織り目をくぐろうとすると殺虫成分が体に付着して死に至ります。その効果は5年以上続くため長期残効型として、世界で初めて世界保健機構(WHO)の推薦を得ました」
「殺虫剤と合成樹脂の製造技術を活かした製品です。現地にジョイントベンチャーを立ち上げ、工場を建設して蚊帳を生産しているため、雇用と所得の創出に寄与しています」
――あちらのマラリア禍は相当にひどいのですか。
「世界中で感染者は年間5億人にのぼり、社会発展が妨げられています。うち死者は約100万人以上とされ、その90%は乳幼児です。しかし、オリセットネットの普及地域では感染者が大幅に減少しています」
◆販売網を自前に
「アフリカでの昨年の生産量は1000万張でしたが、今年末には倍増する目標です。また東アフリカだけでなく感染者の多い西部でも同じような取り組みをし、来年には全世界で年間6000万張の能力を達成したいと検討中です」
「米国がマラリア撲滅基金に拠出している関係から評判を聞いたブッシュ大統領が今年2月に各国訪問の途中、工場を見学したという話題もあります」
――蚊帳の売上げは?
「今年の売上げ予想は約150億円です。しかし、これは社会貢献事業ですから、収入の中で小学校や教員住宅をタンザニアなどに建設しています。すでに7校ほどをつくりました」
――社会貢献の面でも『グローバルカンパニー』ですね。事業展開はいかがですか。
「住化の中で農業化学部門の海外展開は割と早く、この部門の売上高は2300億円ですが、うち海外の比率は55%です。来年は60%を超えるでしよう。海外の販売拠点は27か所で販売先は120か国近くに広がりました」
「従来は海外の同業大手に販売してもらっていたのですが、各社が競合する剤をそれぞれ開発し、自社製品の販売を優先するようになったため自前の販売網を順次整備しました」
――最近は中国製食品の安全性をめぐっても農薬のマイナスイメージが強くなっています。
「それがマイナスかというと必ずしもそうではありません。より安全性の高い適切な農薬が使用されるようになれば、日本の農薬も再評価されてくるでしょう。また、世界の人口増加とともに食料需要が増え、加えてバイオ燃料の原料となる農産物需要も増えます」
――まだ農薬需要も増える…
「現実に海外では農薬の需要が増え、海外大手の上半期の業績は20〜40%伸びています。バイオ燃料用の小麦やトウモロコシの作付けが増えたためです。数量面での増加以上に原料高による価格転嫁が売上げを増加させる結果となっています」
「問題は資源ナショナリズムの台頭です。タイがコメ輸出を停めるなど、自国内の需給が崩れて農産物の輸出を制限する動きが各国で始まっています。日本も自給率を高めて食料安全保障を図らないと大変です」
――農薬の効率利用による単収増の対策も必要ですね。
「それと、バイオ技術を使ったより丈夫な種と苗、また植物のストレスを解消する植物成長調整剤といった剤の普及も必要と主張する学者もいます。将来的には高温や冷害や乾燥によるストレスに対しても、例えば砂漠でも植物が育つような剤の研究が進むだろうと思います」
◆強い研究開発力
「食料増産には肥料や農薬が必要です」
――御社の剤は例えば殺虫剤スミチオンなどは息が長いですね。
「上市からもう50年近くたち、世界中で使われています。1つの農薬をつくるには7〜10年、開発費にして100〜200億円余かかるといわれていますが、そのハードルは高くなる一方です。より環境に優しい剤が求められて規制が強化されてきたからです」
「そこで1社では持ちこたえられなくなり、統合で巨大企業が生まれました。この動きはしばらく停まっていますが、今後またどう動くかわかりません」
――農水省は作物残留試験の例数を現在の2例から8例に増やしたい考えですが…
「汎用的に使われて売上規模の大きい剤は別として、もし8例となればやっていけない会社も出て、結局は農家に迷惑が及びます。国際協調でいずれは8例になるとしても、今は段階的に見てほしいと思います。現在でも安全性は十分に担保されています」
――生物農薬の普及についてはいかがですか。
「米国大手医薬品会社の生物農薬部門を買収して設立した、米国シカゴに本社を置く100%子会社が約150億円の売上規模を持つなど、海外ではうまくいっています。しかし日本ではまだ使い方が難しいなどの面があります。
いま、この部門のシェアを上げていく課題に取り組んでいます」
「私どもの部門には(1)研究開発力が強い(2)家庭用殺虫剤などの生活環境分野も持つ(3)生物農薬も持っているという特徴があるので、これを活かしながら生物農薬を伸ばし、総合的な展開、ひいては事業の拡大につなげていきます」
――JA全農や住化などが出資する協友アグリ(株)(平成16年設立)の業績はどうですか。
「園芸用農薬の系統流通を強化することなどをねらい、園芸に強い私どもと全農さんが組んで発足しましたが、現状は生みの苦しみを経て筋肉質の体質になりました。今年あたりから業績も上向きになると思います」
◆地域貢献を考えて
――日本農業と農政についてはどう見ておられますか。
「担い手への農地集積には農地法とか水利権などいろいろなしがらみがあります。国はそこへメスを入れる必要があるのではないでしようか。経営として農業を考えていくべきです。生産とか販売が分業の形では経営は困難ですから農業生産法人や篤農家のグループの中には農産物流通の段階に入っていくプロジェクトもあります」
――JAについては?
「JAによって営農指導に大きな差がありますね。一方、JAと農家と行政が一緒に地産地消を進める例が増えました」
「私どもも特約店と一緒に何か地域農業の活性化に貢献できるようなプロジェクトを立ち上げたいと考えています」
「私どもの事業部門は、農薬、肥料だけではなく、灌水資材や種子といった農業資材はほぼすべて提供していますが、今後はそれらを有機的につなぐ形で農業者の問題解決に役立てるというトータルソリューション型ビジネスを展開していきます」
――最後に金融危機についてのご見解はいかがですか。
「私どもは輸出比率が高いので欧米の金融危機は相対的に円高が進む中で、短期的業績にダメージとなります。危機からの回復には時間がかかると思われますが、いずれにしてもこうした事業環境を踏まえて、今後、事業運営をしていく必要があります」
「一方、原材料高騰の中で肥料も農薬も、新製品の導入も踏まえた安定供給のためには適正な価格改定が必要ですので、ぜひご理解いただきたいと思っています」
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