◆日本から世界125か国へ市場展開
いしあい・ のぶまさ 1953年東京都生まれ。1978年〜1986年住友重機械工業プラントエンジニアリング事業部。1986年〜1992年バイエル社合成ゴム、樹脂事業部マーケティング&セールスマネージャー。1993年〜2002年ゼネラル・エレクトリック社の関連企業社長などを務める。2002年〜2005年Invensys Climate Controls上級副社長兼日本ランコ(株)社長&CEO、(株)デンセイラムダ取締役、東京経営者協会常任理事。2005年6月アリスタライフサイエンス(株)執行役員ライフサイエンス事業部グローバルヘッド。2007年1月同社取締役執行役員 日本・アジア・ライフサイエンス事業統括プレジデント。2008年3月〜同社上級執行役員日本・アジア・ライフサイエンス事業統括CEO |
――御社は旧トーメン(現:豊田通商)と旧ニチメン(現:双日)の農薬関連事業を統合してスタートされています。これは新しいビジネスモデルではないかと思いますが、そうしたことを含めて、御社の概略をお聞かせください。
「2001年(平成13年)に、トーメンとニチメンの農薬関連事業およびライフサイエンス関連事業を統合し、メーカー機能・販売機能を併せ持つグローバルな農薬事業会社として設立されました」
「当社は日本に本社を置く企業ですが、日本・アジア・ライフサイエンス事業本部以外に北アメリカ・オセアニア事業本部、ヨーロッパ・アフリカ・中東事業本部、南アメリカ事業本部があり、世界125か国を超える市場で事業を展開しています。現在はペルミラ・ファンドの子会社であるIEILが全株式を取得しています。そして代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)は英国人のクリストファー・リチャーズです」
――ほかの日本の農薬会社とは違うビジネスモデルで事業展開をされていますね。
「そうですね。当社のビジネスモデルの特徴の一つは、長期間にわたって資本を固定する創薬のための高コストな研究開発投資を行っていないことです。そして二つ目は、巨額の投資を必要とする原体の製造工場の建設も行っていないということです。農薬の製造権、開発権、販売権の買収、新規農薬の導入による自社ブランドの拡大に加え、品質が同等で安価なジェネリック品の導入および第三者製品の拡販を積極的に行うことで、製品の品揃えを図っています。また、中国とかインドなどの途上国の企業に製造の外注委託を行うことで製品の価格競争力を高めています」
――世界の農薬市場でベスト10に入っているんですね。
「はい、世界の農薬市場は大手の寡占体制にありますが、当社は競争が激しいトウモロコシなどの分野ではなく、付加価値の高い野菜・果樹・芝生・花きなどのニッチ分野に焦点を当てたことが功を奏していると思います。またもう一つは商社時代に築いてきた世界的な販売網を着実に発展させてきたことですね」
◆車はなくても生きられる農業の重要性を見直すときに
――GEをはじめ世界的な企業で活躍されて農薬会社に入られたわけですが、この分野は伸びると思いますか。
「農薬は私たちの生命の糧となる食と農に直接関わる重要な仕事です。農業は作付面積を大きくすることはなかなかできませんから、安全性を確保しながら単位面積当たりの生産効率を上げていく必要性があると思います。いま限られた食の生産に対して人口は増えていますから、農業の生産効率を上げること、又農業に携わる人の労働を楽にさせることは非常に大きな課題になってくると思っています」
――将来性はあるということですね。
「そうです。あとは農薬はネガティブなイメージが強いのでそれを払拭していかなければいけないと思います。そして、農業を重要な基盤をなす産業として重要視されなければならないと考えます。食べることは人が生きていくために毎日必要なことです。極端な言い方をすれば、車はなくても生きていけますが、食べずに生きていくことはできませんので、何が大事かが見直され改めて問われてくると思います」
――そういう考え方は社内ではどう受け止められていますか。
「みな同じような考え方に立って、日本農業のために役に立ちたいという人が集まっています。私はそういう人たちから啓蒙を受けているといえますね。そういうなかで、日本の果樹や園芸で手間暇をかけ愛情をもって生産されている生産者の方々に、天敵農薬という化学農薬とは違ったアプローチを行い、化学農薬と組み合わせることでお役に立てたらいいなと思っています」
――日本の果樹は世界一だと思いますね。
「私はいままで製造業で仕事をしてきましたので、コスト中心に考えてきました。しかし、食は人間にとってもっとも大事なものだと改めて思い知らされていますので、価格についても生産者の方々が胸を張って農業に誇りをもてるような説明があってもいいと思いますね」
◆東南アジアで農薬の社会的な意義を痛感する
――車などは日本で確立させた生産システムをもとに現地生産が活発化していますが農業でもということはありますか…
「気候が違いますし、例えばインドでは雑草は手でむしったほうが安いとか環境が違いますから、それぞれの生産地の状況に合わせた作り方の方がいいと思います」
――農薬に対する受け取り方も日本とアジアの国では違いますか。
「最近、インドネシアのバンドン周辺に行ってきましたが、ここでは売り方も大きな単位ではなく小さな袋に分けていましたし、“効くか効かないか”がものすごく大きな問題で、もし効かなければ農家の家計にとても大きな影響があるといわれました。また、ベトナムの農村では農薬を売っている店に、裸足の少女がお金を握り締めて農薬を買って大事に抱えて帰る姿をみて、本当に生活がかかっていることを実感しましたし、改めて農薬の持っている社会的な意義を痛感しました」
「日本の場合は、単なる食べ物としてだけではなく、もてなしとか、旬とか、日本が誇る総合的な食文化を創造する作物群をつくっていく農業に対する農薬のあり方というか安全性を考えた対応が必要ではないかと考えています」
◆天敵農薬を防除暦に組み入れ効果的な防除を
――いま中心となっている製品はどういうものですか。
「大きくは、化学農薬と生物農薬に分けられます。生物農薬は天敵と微生物です。化学農薬の代表的なものは今年で32年目になる殺虫剤のオルトランです。そして50年以上日本市場で展開しているキャプタン(オーソサイド水和剤)。バイエルから譲り受けた殺虫剤のトクチオンなどがあります」
生物農薬としては、アザミウマ類の天敵タイリクヒメカメムシ(タイリク)、アザミウマ類とタバココナジラミ類の天敵スワルスキーカブリダニ(スワルスキー)など12種の天敵殺虫剤があります。微生物殺虫剤としてはコナジラミ類やコナガに効果があるボタニガードなど4種が、微生物殺菌剤として灰色かび病などに効くボトキラー水和剤など6種類あります」
――生物農薬の将来性はどうですか。
「施設園芸の進んでいるオランダでは、全農薬の15%程度が生物農薬です。日本でも潜在的にはそういう可能性はあると思います。例えば、ダニ剤はたくさんありますが、3年くらい経つと抵抗性を持ちます。その時に天敵をいれれば抑えられますから後は化学農薬でというように、防除暦の手順に取り入れてもらうと防除効率があがります。すでに一部では実施されて効果をあげています」
――食料自給率の向上が国の課題になっていますが、これについてはどうお考えですか。
「自分たちの生活に根ざしたものは、自分たちの国の中の生産で満たしていくことは大事だと思います。とくに食に直結したものは、道具やモノとは違いますから…。生産者の方々へのお願いとして、おいしいものを安全にふんだんに食べられるようにしていただきたいですね。そして食べることによって癒されて心が豊かになり元気にしていただきたい」
――JAへのメッセージがありましたら…
「JAや生産者の方々には農業自体のありがたさとか大事さを今まで以上に自信をもって啓発・啓蒙していただきたいと願います」
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