シリーズ

この人と語る21世紀のアグリビジネス

一覧に戻る

松本茂氏

 電気化学工業を中核とするデンカグループは、合成樹脂、合成ゴムや最先端の電子材料などさまざまな製品で知られているが、その創業は大正5年に石灰窒素を生産したことに始る。以後、石灰窒素を中心にようりんなど土づくり資材を供給し続けることで、日本の農業そして食料供給に大きく貢献してきた。最近の土づくりの状況を含めて同社の松本茂執行役員化学品事業部長に聞いた。聞き手は本紙論説委員坂田正通。

優れた土づくり資材の提供で

日本農業に貢献

◇肥料と農薬の両方の効果がある資材

電気化学工業(株)執行役員化学品事業本部化学品事業部長 松本 茂氏 ――御社は大正4年の創立ですが、石灰窒素を生産され始めたのはその時からですか。
 「当社は自社資源でカーバイドから石炭窒素を開発、翌年の大正5年に福岡県の大牟田工場で、その後、新潟県糸魚川市の青海工場で大正11年から生産をしています」
 ――石灰窒素はそれから今日まで使われているわけですね。
 「窒素肥料としては硫安と並び一番歴史が古いと思います」
 ――石灰窒素のよさはどういうところにあるのでしょうか。
 「一言でいうと肥料効果と農薬効果があるので、昔ながらのファンが多いですね」
 ――農薬効果というのは昔から分かっていたのですか。
 「昔から作物に薬害の現象も発生することが知られていたそうですが、戦前から国の試験場などが農薬効果の試験を始めています。そして戦後、農家が肥料としてだけではなく農薬効果があるということで広く使われ始めました。とくに、よいところは農薬として残留しないことです」
 ――農薬として登録されたのはいつですか。
 「昭和32年からです。そしていまでも適用拡大をしています」

◇プロ農業者に愛される石灰窒素

 ――どういう農薬効果がありますか。
 「水田や畑地の一年生雑草の除草、センチュウ類やスクミリンゴガイの防除などに効果があります。夏に有機物と石灰窒素を施用して全面マルチを行うと、太陽熱による“熱消毒”と石灰窒素による土づくりのダブル効果をえることもできます」
 ――優れた肥料なのになぜ需要が減っているとお考えですか。
 「プロの農業者には石灰窒素が大好きな人が多いのですが、石灰窒素を散布してから移植するまでには1週間ほど時間が必要です。その1週間を待てない、1日ですませたいということがあります」
 「日本石灰窒素工業会では、石灰窒素の具体的な効果を伝えるためのDVDなどもつくり、JAグループと一緒に理解と普及を訴えています」

◇JAグループの智恵活かし充実した品揃え

 ――最近は化学工業メーカーでは、肥料事業を分社化する傾向にありますが、御社の場合はどうですか。
 「肥料ビジネスは、一般化学品とは異なり、周辺を含めて専門的知識が必要で、それに応える人材を確保するために分社化を各社が考えるのだと思います」
 「当社が分社化しないのは、石灰窒素という歴史がある商品を中心に、土づくり資材である“ようりん”があり、最近では根の活性化と地力の維持向上に効果がある“アヅミン”を付け加えるなど商品群を拡充してきています。人材もそれに合わせて強化できたことが大きいと思います。土づくり資材が人も育ててきたといえるかもしれませんね」
 ――最近のようりんの需要はどうですか。
 「減っていますね。そこで当社では、ケイ酸吸収の高い肥料として“とれ太郎”を平成13年に開発しましたが、施肥労力の軽減もできることから好評です」
 ――これに続く製品開発は考えられているのですか。
 「土壌改良剤については一定のラインアップを持っていますから、その特徴を活かして、土づくり分野でどういう貢献ができるかということを考えています。それにはJAや県本部を含めて全農からも智恵をいただき、充実したラインアップにしていきたいと考えています」

◇耕作放棄地を有効活用する施策を

 ――肥料は全体的には沈滞していますから、嬉しい話ですね。
 「なぜ肥料というか農業は沈滞しているかですね。昨年あたりから農業に追い風が吹いているようですが、加工品価格は上がっても一次産品の価格は米も含めて上がっていませんから、農家の収入につながっていないからだと思います」
 「肥料原料価格が高騰した分を価格に反映してと農家の方々にお願いしても、その分が一次産品価格に反映されないと、健全にはならないと思いますし、自給率向上も掛け声倒れになってしまうのではないでしょうか」
 ――自給率向上のためには耕作放棄地をもっと活用する必要がありますね。
 「新潟の工場に行くために新幹線から見ていると休耕地がまだら模様にあり、悲しくなります。平場と棚田では特性が違いますが、それぞれの特性に合わせて集約化するために、作物や換地の補助をうまくできないかなと思いますね」
 ――社会問題ですね。
 「農地法改正は方向性としてはいいと思いますが、もう少し血の通ったものにしていかないと具体性が見えません。数人の仲間と会社をつくって農業をしながら会社経営をするのは容易ではありませんから、経営面を支援するとかする必要があると思いますね」

◇これからも土づくりの普及にまい進

 ――最後に今後、御社はどういう方向に進むのかをお話ください。
 「当社は、土づくり・土壌改良を標榜していますから、今後も土づくりの普及・PR活動のために、土づくりの良いところを理解していただく資料やデータを収集し、それを伝えていくことを一所懸命やっていきます」
 「それと実際に使っている方の要望を全農の協力も得て製品などに反映していくことを続けていきます」

 

【略歴】
(まつもと・しげる)
昭和26年東京生まれ。昭和49年慶應義塾大学商学部卒業、電気化学工業(株)入社。同年本社海外部へ配属。同55年米国へ駐在。同63年本社企画部へ異動。平成4年有機化学品事業部・海外営業部へ異動。同12年有機化学品事業部長。同20年現職へ

 

インタビューを終えて

 松本執行役員・化学品事業部長は、肥料担当まだ1年というので、渡辺肥料部長とご一緒にインタビュー。東京出身の松本さんは江戸時代まで系譜をさかのぼれる。1600年代「砂村ねぎ」を生産する農家だった。先祖の姉は、小松菜や練馬大根の生産農家に嫁いだと記されている。昔の関東の農家の土地は広かった。その近郊8軒の農地を提供し昭和に成増飛行場になった。石灰チッソのデンカグループは「土つくり」肥料メーカーとして生き残る方針。珪酸を含むりん酸肥料「とれ太郎」がネーミングの良さもありヒット商品になった。水稲にも野菜にも効く。松本さん・渡辺さん共通の趣味はゴルフ。景気も底打ちムードで休日には河川敷ゴルフに出るぐらいは許されるようになった。ウオーキング・サイクリングそれに古典芸能観賞。落語・歌舞伎を観る。奥様はテニスが趣味で競合しないという。(坂田)

【著者】インタビュアー坂田正通(本紙論説委員)
           電気化学工業(株) 執行役員化学品事業本部 化学品事業部長 松本 茂氏

(2009.09.04)