◆研究開発に力注ぐ
――昨年は肥料などの農業資材価格が高騰しましたが、業績のほうはいかがですか。
「上半期の売上げは伸びましたが、下半期は世界的な不況が響いて結局通期では横ばいとなり、農業化学品事業の売上高は約350億円(21年3月期決算)でした。今年も世界的に低迷が続いており、当社では今、昨年の在庫や為替を見直していますが、苦しい状況です」
――世界の農薬市場はどれくらいの規模なのですか。
「全世界の農薬使用金額は437億ドルです。上位5カ国は[1]米国[2]ブラジル[3]日本[4]中国[5]フランスの順です」
――農薬会社の販売金額トップはシンジェンタですか。
「そうです。売上高上位20社を3分類してみると、6位までは多国籍企業です。その次は、研究開発をしないで安価なオフパテント品を取り扱うジェネリック各社です。あとは研究開発をしている日本の会社です。当社は以前は16位でしたが、ジェネリックが伸びたため2008年には20位と順位を下げました」
「1990年代後半までは合従連衡やM&A(企業買収)で大きな会社ができて剤が余り、それをジェネリックが買って業績を伸ばしましたが、今はM&Aが一巡し、また登録行政が厳しくなり、剤の供給がタイトになったため、6社が強大となってきています」
――日本の会社は?
「売上規模は小さいけれど研究開発で新剤をつくりながら、6社と市場でどう競争していくかです。当社は毎年50億円ほどの研究開発費を使っています。これは売上高対比で14〜15%です。しかし新しい化合体を10万検体つくっても1つ当たるかどうか確率は低いのです」
◆世界市場を視野に
――国内市場の見通しは?
「農薬出荷額は3300億円前後で横ばいです。今後は国内だけを見た研究開発では立ちゆかなくなります。国内に加え米国、欧州、ブラジルで使えるような剤を開発しないといけません」
「新剤を出しても、ほ場試験や安全性評価、また登録の申請から取得までの期間を合わせると早くても7年はかかります。その間に国内の農薬使用はさらに減っているかも知れません。米価の下落や野菜の輸入量増加は避けられない事態です」
「それに3300億円という数字の中にはメーカー間の販売も含まれていますから、それを除いた農薬使用金額は実質ですでに2500億円ほどに減っているということも考えられます」
――海外を視野に入れたターゲットはどんな作物ですか。
「果樹・園芸を中心とした特徴ある事業展開を目指します。面積的には小麦、大豆、トウモロコシですね。そして野菜。それに柑橘や欧州のブドウです」
――製品のラインアップは?
「充実を図って積極的にM&Aの機会をとらえていきます。6年前にはベクルートという殺菌剤の原体を持っていた大日本インキの農薬事業を買収してプラスになっています」
――新剤の開発や導入状況はどうですか。
「トマト、イチゴ、ナスの灰色カビ病を防除する生物農薬の『アグロケア水和剤』を来年2月以降に上市します。茶の葉から見つかった微生物を利用しました。売上目標は大きくありませんが、総合的防除(IPM)の中ではこういう剤もそろえていきます」
――水稲の分野は?
「水稲は別として除草剤ではゴルフ場の芝生用に『コンクルート』という剤を8月に上市し、効果の継続性が好評です。高麗芝が対象で年間10億円くらいの売上げを期待しています」
◆ロングセラー商品
――日曹といえば殺菌剤の『トップジンM』が40年前からのロングセラーです。
「おかげで世界中の畑で使われています。ちなみに中国では1100tほどを販売していますが、それに匹敵する1000tほどのコピー商品が出回っているとのことです(苦笑)」
――殺虫剤の『モスピラン』も上市は15年前ですね。
「今は約100カ国に出回っています。欧州では同じカテゴリーに属する他の剤はハチに悪影響があると騒がれていますが、モスピランだけは影響がないということで登録を取る動きが活発になっています」
――トップジンMはブラジルで現地生産していますね。
「12年前からブラジルの農薬メーカーに原体の製造ライセンスを供与し、同社を通じて一貫生産をしています。販売は同国内だけでなく、周辺地域でも強化を図っています」
「主な対象作物は大豆です。ブラジルの大豆は安かろう悪かろうで農薬を余り使わなかったのですが、使い始めると面積がけた外れですからすごい量になっています」
――ロングセラーの要因は何ですか。
「1つの作物や病害虫を防除対象にしてきたのでなく、現場のみなさんの努力で、いろんな対象を探し出し、それらに効くようにという対応をしてきました。同じ作物でも出てくる病気の特徴は地域によって違うのです。現場の努力で維持されてきたと申し上げたい。モスピランでも同じことがいえます」
――抵抗性が出るとか問題になる虫が新たに出てくるなどで防除対象が変わってくるんですよね。外来種もあるし・・・・
「登録行政で剤が使えなくなる、もしくは新しい虫や病気が出てくるというのが研究開発の1つのモチベーションです」
◆食料危機見据えて
――農業者戸別所得補償などを掲げた民主党農政についてはどうお考えですか。
「日本の農産物は外国の影響をうけて、将来は下落せざるを得ないでしよう。農業生産もボリュームはともかく生産額では低下すると思います」
「しかし食料安全保障のために日本農業は残さないといけません。世界の人口は増えていきますから当然おカネを払っても食料を売ってくれない時代が来ると思うからです」
「だから日本農業は生き残っていく道をしっかりつくっていくべきでしよう。戸別補償以外にもいろんな政策の組み合わせを考えて全体の中でバランスをとっていく必要があります。課題はどこでバランスをとるかです」
――農薬への影響の見通しはいかがですか。
「ありていにいえば農薬は地域ごとに農家が支払える価格で販売していますから今後、農産物価格が下落すれば農薬価格も全体として低下せざるを得ません。研究開発も現在の価格レベルに基づいたテーマではいけないわけです。市場の変化を読み込んだ研究開発が必要です」
――最後に合従連衡の見通しはどうですか。
「農薬の販売額は実質2500億円ほどに減少しているのではないかと申しましたが、今後それがさらに500億円ほど落ち込むとすれば1社ないしは2社の売上げがなくなるわけです。そうなれば自ずとまた合従連衡が起こるだろうと思います」
【会社概要】
日本曹達(東京・大手町)▽創立1920年2月▽資本金291億円▽従業員数1264人(09年3月末現在)▽09年3月期決算(単独)売上高945億円、営業利益47億円、経常利益56億円、当期純利益4億円。
【略歴】
(いとう・えいじ)
昭和23年11月、北海道生まれ、61歳。同46年北海道大学理学部卒・日本曹達(株)入社、平成9年NOVUS INTERNATIONAL INC.取締役、13年農業化学品事業部PMグループリーダー、17年農業化学品事業部副事業部長、19年農業化学品事業部事業部長。
インタビューを終えて
伊藤常務インタビューに先立って、世界の農薬概況・日曹株式会社の現状を映像スライドで見せてくれた。準備は普及部担当部長・農学博士 高橋英光氏。世界の農薬マーケットは約437億ドル、大手6社が健在、その周辺にジェネリック薬品等を扱う農薬メーカー、それに対抗する日本の農薬メーカーが追随する。日曹は世界で20番目という。伊藤常務の専門は化学分野、会社方針でM&Aを手がけた事から研究・管理部門から事業部へ。研究開発費に売上高対比の14〜15%を投じ、安全登録に7〜8年かけても10万検体に1剤がヒットすればよい方だという。お話の内容はアカデミズムが漂う。趣味は囲碁。JAには囲碁の強い人が多いとコメント。横浜在住。(坂田)
【著者】インタビュアー坂田正通(本紙論説委員)日本曹達(株) 常務取締役・事業部長